2015/03/31

【ブラジル子ども支援】日本人音楽教師を呼んで、特別プログラムを実施

JELAはブラジル子ども支援として、日系人を中心とする現地のサンパウロ教会(牧師=徳弘浩隆JELC派遣宣教師)が推進する、子どもたちへの音楽教育プロジェクト「AMILU」に必要な楽器購入のために財的支援をしています。徳弘宣教師から新たな活動報告が届きましたのでご紹介いたします。

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3月27日、Espirito Santo州から日本人音楽教師を呼んで、「Melo先生とあゆ子先生の集中音楽教室」を実施しました。あゆ子先生は、私が先月ポルトガル語研修で授業を受けたり、しばらく滞在してお世話になったお宅の方です。


彼女は、青年海外協力隊(JICA主催)の日本語教師として2年間ブラジルに派遣され、独学でポルトガル語を習得しました。その後は音楽大学に入学し、卒業後は高校の音楽教師や日系人協会で音楽や合唱指導をしています。

彼女の指導するブラジル人が浴衣を着て日本の歌を歌うコーラスが、NHKのTV番組「海外の外国人が日本の歌を歌うと」という企画で取り上げられ、放送されたこともありました。

出身大学が同じだったこともあり話が弾み、音楽教育の意義について意気投合し、教会に来ていただいて「Melo先生とあゆ子先生の集中音楽教室」を組ませてもらいました。

彼女は、貧しい地域の子どもたちに音楽を教え、人間成長を図るという企画をすでに実践しており、市のプログラムに採用されています。いわばこの道の先駆者で経験も豊富です。

発声指導中のMelo先生(左)
15年ほどブラジルに住み、ブラジル人とも結婚していますが、日本人ならではの気配りや教え方ができる女性です。このプロジェクトに関わっていただくことでMelo先生にも気配りなどを伝授してもらい、よりよい成果を出せればと思った次第です。

集中講座、体験教室、そして発表会。その発表会に生徒の友人や家族にも来てもらい、音楽教室に関心を持ってもらうことで、その中から生徒になる者が生まれるという、リズムのある年間計画も立てました。

私の受けたポルトガル語研修でも、こんな副産物(?)の出会いや成果がありました。神様は、どこでどんな準備をしておられるか、私たちには分かりませんね。


 徳弘浩隆



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締切り迫る! 2015米国グループ・ワークキャンプ参加者募集中

グループ・ワークキャンプの参加者を5~10名前後募集しています。申込期限は4月末日(必着)ですので、参加ご希望の方はお急ぎください。
*このキャンプは米国の「グループ」というキリスト教団体が主催しているため、グループ・ワークキャンプと呼ばれます。


◆ 派遣期間:2015年7月23日(木)~8月5日(水)
◆ 内  容:ニューヨーク州(またはその近辺の州)でのホームステイとワークキャンプ(家屋修繕、聖書の学び等を通して信仰的・人間的成長を促すプログラム)に参加。
◆ 参加費用:20万円 *値下げしました。
上記の参加費とは別に、以下の費用が個人負担となります。
「パスポート・ビザ取得費用、海外旅行保険費用、派遣確定者説明会会場及び出発・帰国時の集合場所(成田空港)から居住地までの交通費、前泊・後泊する場合の宿泊費用」
◆ 問合せ・申込用紙請求先:
   JELAアメリカ・ワークキャンプ係り(窓口:星崎、奈良部)
   電話:03-3447-1521/ファクス:03-3447-1523E-mail: jela@jela.or.jp



皆様のご参加をお待ちしています。



【ブラジル子ども支援】音楽教育プロジェクトが本格始動

JELAは2015年度のブラジル子ども支援として、日系人を中心とする現地のサンパウロ教会(牧師=徳弘浩隆JELC派遣宣教師)が推進する、子どもたちへの音楽教育プロジェクトに必要な楽器の購入のために財的支援をしています。徳弘宣教師から最新情報が届きましたのでご紹介いたします。

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サンパウロ教会を一緒に牧会しているMelo先生を中心とする音楽教育プログラムの活動を広げるため、何かわかりやすい名前で、ロゴ入りのグッズ(ペンやバインダー、エコバッグ等)を作った方がいいだろうとの意見があり、プログラム名を「AMILU」と命名。「AMILU」とは、Aula de Musica da Igreja Luterana(ルーテル教会音楽教室)の略です。

友だちを意味する「AMIGO」にも似ており、「もうあなたはAMILUのAMIGO?」とのキャッチコピーも決め、すでにパンフや申込用紙、登録票も作りました。ペンや名入りエコバッグなどのグッズも準備中です。いくつかの機材や 楽器も買いそろえはじめました。楽器などにはJELAからの支援金が充てられます。

Melo牧師だけでは教室運営が大変なので、教会員の佐野アリス姉に事務を引き受けてもらいました。生徒が子どもの場合は、保護者への説明や登録、緊急時の連絡方法などに心を配ります。月謝を受け取るので会計の仕事もあります。

通常会員と、貧しい家庭の子どもたちとは月謝の設定を変え、通いやすくしています。子どもの生徒も増えてきました。大人についても、体験教室やイベントで少しずつ増やしていこうと計画中です。

 徳弘浩隆




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2015/03/26

【インド・ワークキャンプ2015】参加者のレポート(その15)

2月12日に成田を出発してインドでワークキャンプに参加したメンバー16名は2月22日に無事に帰国しました。皆様のお祈りを感謝いたします。

参加者の針田真由子さんからレポートが届きましたので、以下にご紹介します。
レポートの内容は、JELA事務局が一部編集したものです。

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針田 真由子
(大学生)

10日間のインドでの生活は、とても新鮮でした。私たちはキャンプを通して、何十人もの方の義足を作りました。事故で、あるいは病気で足を失ってしまったなどの理由から、男女を問わず多くの人が義足を必要としていました。その人たちの体の一部となる義足を作るのはとても重大なことであり、自分が役に立つことができる素晴らしい機会でした。


義足が完成するまで、待っている人々と交流できる時間もあり、言葉は通じなくても、話の内容となるものを指で指したり、互いの言語を教えあったり、歌を歌ったりと、楽しい時を過ごしました。贈呈式では、新しい義足をもらい人々がうれしそうな表情を浮かべているのを見て、とてもうれしくなり感動しました。


キャンプの主な目的は義足作りでしたが、その他にもたくさんのことを学び、たくさんの出会いがあり、たくさんの発見がありました。
このワークキャンプで得たことの中で三つについて書きます。

 一つ目は、貧困について。CRHPから出てすぐの村は、私がイメージしていたような貧しい村でした。そこで暮らしている人はみんな裸足で、埃にまみれ、一日一日が精一杯のように見えました。でも、私が一番貧困というものを感じたのはスラム街を回ったときです。

日本から来た私たちがみんなで歩いていると、物珍しそうに数人の
少年が後からついて来ていました。私は列の一番後ろを歩いていたので、その少年たちと話していました。スラムツアーが終わろうとするとき、少年の一人が私の近くまで寄って来て「マネーマネー」と言いました。私はどうしていいかわからず、その場を離れました。小学生くらいの年齢の子どもがお金に困っている現状を、私ひとりではどうすることも出来ませんが、どうにかしなければいけない問題なのかと思いました。

二つ目は、20歳前後での結婚と妊娠です。ちょうど、ヘルスワーカーさんが案内してくれた村に、19歳で妊娠している女性がいました。数日後が出産予定日でとてもおなかが大きくなっていました。インドでは10代の結婚が普通のことなのですが、私の身近ではあまりないことなので少し驚きました。

10代は大学に入って、まだまだ友達と遊んだり、旅行に行ったり、親と一緒に家でお話をしたりしたいです。もし結婚して妊娠をしても、自分で生計を立てていくことはできないし、子どもをちゃんと育てていく自信もありません。インドの10代の女性にも将来の夢や目標があるかもしれないのに、結婚や妊娠を強制するのはどうなのかと少し思いました。しかし、彼女の目はとても強くて、生まれてきた子どもを育てる自信に満ち溢れていて、私と同い年には思えませんでした。インドの女性の強さはすごいものなのだ、と実感しました。

最後にキリスト教についてです。インドで毎朝、礼拝に出席することができました。毎日だいたい同じ人が礼拝に来ているのですが、日曜の主日礼拝には普段よりも多くの人が訪れていました。インドはヒンドゥー教なので、その礼拝に来ている人の中にはクリスチャンではない人がきっと多くいたのだろうと思います。

しかし、みんなで同じ礼拝を持ち、祝福され、私はこれらのすべて人の中に平等に神様がいるのだということに改めて気づき、実感しました。自分がどのような状況に置かれても、たとえ宗教が異なっていても、神様を信じていれば守ってくれると気づきました。私は今後いつ洗礼を受けるか全くわかりません。しかし、神様を信じるという心はいつまでも決して変わりません。




 自分の目で見て、肌で感じて、実際に体験して学んだことを今後どのように生かせるのかまだわかりません。しかし、このキャンプで大きな収穫を得たに違いありません。この経験を忘れず、インドで暮らす人々のことを心に留めて、これからのことを考えていけたらと思います。

2015/03/25

【インド・ワークキャンプ2015】参加者のレポート(その14)

2月12日に成田を出発してインドでワークキャンプに参加したメンバー16名は2月22日に無事に帰国しました。皆様のお祈りを感謝いたします。

参加者の勝部久子さんからレポートが届きましたので、以下にご紹介します。
レポートの内容は、JELA事務局が一部編集したものです。

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                                          勝部 久子
(主 婦)

3月も半ばとなりインドでの経験も少しずつ薄れていく今日この頃です。義足作りの折に発症した金属アレルギーも快復し、帰国後、インドでの洗濯物を干すときに、日本の太陽はインドのあの燃えるような灼熱の太陽と同じなのかと疑いたくなるような、暖かく、ポカポカと心地よいものでした。 けれど今はあの暑さが懐かしくさえあります。

着火剤を作る勝部さん
一杯のコップの水でする歯磨きや、バケツ一杯のお湯で、洗髪とほこりまみれの身体を洗う入浴。それも水が充分でないインドではぜいたくなことでした。トイレに行き水を流すことも気おくれがしたこと等々、日本とはかけ離れた不便な生活でしたが、それでもインドでは恵まれた十日間で、私にとっては貴重な日々でした。

朝食の後の祈りから始まる日課は三班に分かれての作業でした。義足作りでは、男女多くの人が順番待ちです。メジャーで足のサイズを測り、アルミを切り、つなぎ、たたき、のりづけをする。作業ではモーセさんを中心に、シュバさんが慣れていない私たちに手ぶり、身ぶりを混じえ教えてくれました。

幼稚園の保育室の内壁にスライドを使って下書きした、ゾウ、キリン、ニワトリ、シマウマ等々の動物たちに色を塗るのですが、ペンキが垂れてくるのをシンナーで拭き落しながらの作業です。最後までやりたいと思いながら時間が来ると次の仕事場への移動でした。途中でバトンタッチした色塗りも次のメンバーが上手に仕上げてくれ、思った以上の出来映えを見ると、一人でやり遂げたよりもお互いが連携して仕上げていく喜びの方が大きかったです。

着火剤作りは、新聞紙を細かくちぎり、木くずと水でこねたものを筒型に入れ、成型したものを型からはずすとき、二人が息を合わせ上手に抜けると喚声をあげて喜び、きつい仕事でも力を合わせることで次々と出来上がる喜びを覚えました。

 作業の合間のチャイのなんとおいしかったこと。14:30~15:30のお話の時間。HIVを夫からうつされたラトナマラさんの話。生活のため、盗みを働いていた折、警察官に見つかり逃げる際に足を傷つけられ切断した男性の話。カーストが低いため苦労した保健婦のラランバイさんの話。それらの人たちが今ではここCRHPを通して一人の人間として変化してゆく暮しの姿にインドの実情が少し分かりました。

それでも隣りにあるスラムの現実も確かです。CRHPの幼稚園の働きとして、教諭のミーナさんが各家庭からピックアップした子どもたちに二度の食事を与えたり、カーストの身分が異なっていても手をつないで歌を歌う姿は、今では見慣れた光景だそうです。これからもこれらの小さな働きの場がインドにとって大きな存在になることを祈ります。

 一日の作業を終えて、チャプレン棟での分かち合いは、疲れの中で聖書の御言葉を聞き、その日の出来事で良かったことと残念だったことを話し合い、喜び、感動、反省、共感のひとときでした。
CRHPの貴重な働きに参加出来たことを感謝しています。

2015/03/23

【世界の子ども支援】パナソニックから新たに500台のソーラーランタンを寄贈していただきました

パナソニック株式会社からJELAのインド支援地に対して、500台のソーラーランタンを無償で寄贈いただきました。

壇上で目録を受けるJELAのグリテベック博士(右から2人目)
ご寄贈いただいたソーラーランタンは、インドの支援先の一つCRHP(Comprehensive Rural Heath Project=病院を基盤として総合的に人々の健康維持に取り組む非営利組織)経由で、現地の人々の生活向上に役立てられます。

3月20日、インドの首都デリーにてパナソニック主催による「”100 Thousand Solar Lanterns Project” Contribution to India 2014-15 (10万台ソーラーランタンプロジェクト 2014-15年インド寄贈式)」が開かれ、JELAの奈良部慎平職員とJELAシニア・アドバイザーのローウェル・グリテベック博士が出席しました。グリテベック博士は、壇上で寄贈目録を受け取り、感謝の挨拶を述べました。
JELA奈良部職員(左)とグリテベック博士

JELAはこれまでに、インドとカンボジアの両国で累計1,422台のソーラーランタンをパナソニックから寄贈していただいております。

JELAでは、ソーラーランタンが現地の人々の生活向上にどのように役立っているかを明らかにするために、受贈者にインタビュー調査等を行っており、その結果をパナソニックの担当者と共有しています。ソーラーランタン寄贈効果に関するこの調査は今後も継続的に行い、データが十分にそろった段階で、何らかの学術的な会合で発表することを目指しています。



【写真ギャラリー】
CRHPに届いたソーラーランタン
数を確認するグリテベック博士


CRHP責任者ショウバ・アローレ博士(右)
アローレ博士らとJELA奈良部職員

パナソニック担当者(中央)とJELA関係者
パナソニックCSR責任者(右)と記念撮影


壇上で挨拶するグリテベック博士

【関連リンク】
パナソニックとJELAの関連ニュース
日本福音ルーテル社団(JELA)

【インド・ワークキャンプ2015】参加者のレポート(その13)

2月12日に成田を出発してインドでワークキャンプに参加したメンバー16名は2月22日に無事に帰国しました。皆様のお祈りを感謝いたします。

JELA職員の星崎ポールの報告を掲載します。

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星崎ポール
(JELA職員)

初めてこのキャンプに参加して、数多くの貴重な体験をした中から、いくつか印象に残ったことを紹介します。

1)70足以上の義足の製作と贈呈
限られたスペースの義足製作場で、参加者は限られた道具を交代で使いながら、現地の職人から各工程を学びました。全行程を大まかにこなした参加者たちでしたが、ほとんどの者が義足作りは初めてだったため、行程を間違ったりする場面がありました。それでも職人たちの力を借りながら、70人分の義足を完成することができました。

義足をつくる星崎職員
CRHPが義足プログラムを始めた1970年当初は、贈呈対象者の多くは病気(糖尿病、ハンセン病など)により足を失っていました。その他には、蛇にかまれたり、農作業でのけがや事故が足を失くす原因でした。最近では、政府の協力もあってCRHPが長年健康管理への意識を高めてきた結果、病気が原因ではなく、交通事故で足を失う人の数が増えています。

今回、新しい義足を求めて近隣や遠方から集まった方に対して、それが完成するまでの一週間、CHRPが無料で宿と食事を提供しました。その間に私たちボランティアも義足利用者と交流の時を持つことができ、話を聞くことができました。その中の一人、アシャさん(40代女性)は12歳の時、工場の機械に右足を挟まれて膝から下を失いました。当時は義足を買うお金もなく、3年間は松葉杖を使っていたそうです。15歳の時にCRHPの義足プログラムのことを聞き、以来CRHPから提供してもらっています。政府の援助もあり、両足で踏むミシンを使って洋服を仕立てる仕事を続けています。「義足のおかげで仕事も人生も立ち直れました」とアシャさんは喜んでいました。

2)ヘルスケアワーカーのプシュパさん
CRHPから車で約10分の所にあるパダリ村に住むヘルスワーカーのプシュパさんと会いました。CRHPでトレーニングを受けた彼女は、村の住民のあらゆる健康面のお世話をしています。糖尿病の住民の世話もしていました。

プシュパさんの巡回に同行した際に、患者さんの尿検査を行いました。患者さんの家の玄関先で、尿が入った試験管に検査用の成分を混ぜながら、木炭で沸騰させるという、日本では考えられない検査の方法でしたが、その場にある物、与えられた資材をうまく利用して、患者さんとの信頼関係を築きながら、健康状態を確認のうえ記録して管理しています。先進国では「ぜいたく病」とも呼ばれる糖尿病ですが、インドの貧困地域でもまん延する病気だということを目の当たりにしました。

3)CRHPの支援を受けている村と受けていないスラム
CRHPに支援申請をしているパダリ村では、プシュパさんのように、その村の方がCRHPでトレーニングを受けて村全体の健診を担当しています。しかし、CRHPの施設から目と鼻の先にできたスラムは、いろいろな地域から集まって来た人々が、自然発生的にコミュニティ(村のような集合体)を作ったため、近隣との関係をはじめ、自治体としても機能していません。そのため近所であるにも関わらずCRHPへの支援申請はしていないようでした。

政府はこのスラムの存在を認識しており、支援を行いましたが、予算を使い切ってしまった時点でそれをストップしました。例えば、スラム入口の道路は数百メートルに渡って舗装されているのですが、側溝の工事は打ち切られ、排水が溜まり、感染病や害虫のもととなっています。

スラムに建つ学校
また、スラムの近くに巨大な学校施設が建設されましたが、教師をはじめ、人材や机・椅子等が提供されていなかったため、2年間放置状態でした。最近ようやく教師などがそろったものの、数百人収容可能な校舎には現在70人弱の学生しか通っていません。

CRHPは、スラムからの支援要請を待たずに、この学校への支援を行っています。具体的には、政府の供給だけでは足りない部分の水をCRHPが供給しているのです。ここ数年は干ばつのため、CRHPはムンバイなどから水を購入して搬送する必要があります。また、CRHP施設の幼稚園でも、毎朝スラムの子どもたちを集めて、一日2回の給食を与えながら衛生教育を行っています。CRHPの病院でトレーニングを受けている幼稚園の先生は、保育とともに、子どもたちの健康状態を把握して、必要に応じて病院での治療を促しています。

このように地域住民の人権を守り、教育を与えて自立を促すCRHPは、それぞれの人が何を必要としているかを見極めながら、キリストの愛で接しています。

【リラ・プレカリア(祈りのたて琴)】公開講座4月9日「罪guiltと恥shame」のポイント

リラ・プレカリア(祈りのたて琴)公開講座はその名の通り、一般に開かれた講座です。多くの皆様のご興味と関心に合致した内容をご提供できればと思っています。

49日の「罪guiltと恥shame」大柴譲治講師にご自分の講座の聴きどころをお寄せいただきましたのでご紹介します。

~~罪guiltと恥shame~~
キリスト教では「罪の自覚」というものが大切にされてきました。その際、「罪責感情guilt」は強く意識されてきましたが、「羞恥感情shame」はこれまであまり意識されてきませんでした。
講師の大柴先生

私自身は「罪guilt」を「行為の次元における痛みであり悔い」、「恥shame」を「存在の次元における痛みであり悔い」として捉えています。何か悪いことをしてしまったときには私たちはguilty feelingに苦しみますが、自分の無力さや破れがさらされてしまったときにはashamed feelingに苦しみます。

実はguiltとshameとは区別すべき別個の感情であり、対処も異なります。「罪責感情」からの解放には確かに「赦し」が必要ですが、「羞恥感情」からの解放には、ルカ15章の放蕩息子のたとえにあるように、「弱さを抱えた自分がありのままで受容されること」が必要となります。

主は十字架を通して私たちを「罪」だけでなく「恥」からも解放して下さったと信じています。リラプレカリアは死にゆく人々に接してゆく実践的なプログラムですが、そのためにもshameに対する感覚を磨く必要があると考えています。

大柴譲治


2015年の公開講座の概要】
場所:恵比寿ジェラ(JELA)・ミッションセンター1階ホール
150-0013 東京都渋谷区恵比寿1-20-26電話03-3447-1521時間:午前10301200費用:1,000円(事前申し込み不要。当日受付で頂戴します)

詳細は、こちらをクリックしてご確認ください。
リラ・プレカリア(祈りのたて琴)とは、ハープと歌の祈りを届けるボランティアを養成する講座です。

公開講座の関連ブログ記事はこちらをクリックしてご確認ください。

【東日本大震災被災者支援】仙台と石巻の被支援者を訪問

JELAは2011年3月11日の東日本大震災発生直後に、被災した高校生3名と大学生1名の学費や(学校往復のための)交通費などを、卒業時まで支援することを決定しました。
松野さんのご家族

当時高校3年生だった松野朱莉さんのご両親は、石巻で経営されていた割烹を津波で流されました。最近、別の場所に新たな割烹を開店なさっていることがわかり、3月17日に店を訪問しました。仙台から石巻には電車がまだ通っておらず、別の被支援者のお母様に車で現地まで往復していただきました。高速を利用して片道1時間半かかる距離でした。

JELA森川事務局長(右2人目)と松野さんのご家族
石巻のお店はきれいでゆったりした造りで、1階と2階を合わせて50名前後が食事できるスペースでしたが、松野ご夫妻によると、震災前の店の半分の規模だということです。店内の特別室で新鮮な海産物盛りだくさんの料理をいただきました。魚は石巻ではなく塩釜からの水揚げが多いとのことです。

翌18日には尚絅学院大学の卒業式が仙台でありました。大学入学時から四年間JELAが支援してきた佐藤和香さんが卒業なさるので、ご本人とご家族に会ってお祝いの言葉を述べようと列席しました。仙台サンプラザホールという大きなホールが会場でした。大学は入学式と卒業式はいつもこのホールを利用しているらしいのですが、大震災の年の入学式は、一か月遅れの5月に、大学内の教室で学科ごとに分かれて実施されたそうです。多難な船出でしたが、卒業してゆく学生たちはみんな、晴れやかな笑顔でした。
森川事務局長(左)と佐藤さん親子

佐藤さんは大学では子ども学科で幼児保育を学び、学内オーケストラのフルートパートを受け持つなど、活発に学生生活を過ごされたようです。希望していた幼稚園教諭の仕事も決まり、4月からは副担任として社会人生活第一歩を踏み出されます。

卒業式に列席されたお母様は福島県南相馬市にお住まいで、ご苦労の絶えない毎日でしょうが、お子様の門出を大変喜んでおられました。4月に発行するジェラニュースには、夢が叶った喜びを佐藤和香さんが自分の言葉で報告してくださっています。


JELAが支援に携わることができたお一人お一人が、今後の人生を力強く歩まれるようにと願っています。

JELA事務局長
森川博己

2015/03/16

機関紙「ジェラニュース」36号 間もなくお届け

JELAの活動をお伝えする機関紙「ジェラニュース36号ですが、皆様のお手元には4月中旬頃お届けできると思います。楽しみにお待ちください。

【内容の一部】
・牧師になる決心をした短期宣教師(J3)キャロリン・
キーナンさんからの便り
・今年の世界の子ども支援チャリティコンサートの演奏者と日程
・JELAの奨学金で大学を卒業し保育園で働くことに
なった、東日本大震災被災地の女性
・第3回川柳ひろば入選句及び選外佳作の発表
・インド・ワークキャンンプ参加者の帰国第一報
・カトリック教会の社会教説と難民保護
・大阪LOVEコンサートの模様  など

ジェラニュース(フルカラー/8ページ)は年3回発行しています。JELAの活動をわかりやすく掘り下げて取り上げ、 ホームページやブログでは伝えきれない情報も満載です。

 
創刊号からのバックナンバーは以下リンクからご覧いただけます。
バックナンバー「ジェラニュース」一覧


 
印刷された「ジェラニュース」をご希望の方は、下記までご連絡ください。

【メール】 宛先:jela@jela.or.jp
・件名に「ジェラニュース希望」と明記してください。
・住所(郵便番号、アパート等の場合は建物名と部屋番号もお願いします)
・氏名(フルネーム、よみ方もお書きください)
・電話(携帯電話も可です)
・希望部数
・クリスチャンの方は所属教会をお教えいただければ幸いです。
電話・FAXでも受け付けいます。
 
電話:03-3447-1521
 FAX
の送信先は、03-3447-1523までお願いいたします。

なお、お送りいただきました個人情報につきましては、JELAの案内等にのみ使用させていただきます。
【関連リンク】

2015/03/13

【リラ・プレカリア(祈りのたて琴)】修了生からの便り

2014年3月に2年間のJELAリラ・プレカリア(祈りのたて琴)研修講座を修了し、北海道に戻られた小野崎良子さんから便りが届きました。所属されているカトリック教会での出来事です。


♪ ♪ ♪

3月1日はわたしの所属する小野幌(このっぽろ)教会での初めてのリラ・プレカリアでした。何人かの方々には実際にお聴かせしていましたが、ほとんどの人は初めてでした。「楽しみに待っている」と多くの方がおっしゃってくださり、緊張のうちに50〜60人の前で演奏しました。演奏が終わってからと、1週間後の8日に感想を寄せてくださったので、そのご報告をいたします。


キャロルさんからアドバイスいただいたように、演奏前にリラの本来の働き方を説明し、目を閉じリラックスしてこころの旅をしてくださいとお願いしました。ろうそくを灯し、電気を消して演奏しました。使用したのは以下の曲です。

1) Corde
2) Kyrie MOF
3) Agnus Dei
4) Jesus remember me


Corde はクリスマスの方がよいかもしれませんが、「おん父のみ心から生まれた、人類への愛の贈り物」の尊さを思いながら、四旬節(Lent)を過ごせるようにと、えらびました。Jesus remember meは英語と日本語で歌いました。以下、寄せられた感想です。



●「いや〜、よかった。グレゴリア聖歌は呼吸に合うから、一体になれる。普通のコンサートだと、演奏者と聴く者との間にかべがあるんだけれど、これは一体になれるね。選曲がいいね!」(教会音楽に詳しい70代の男性) 
― 15曲しか弾けませんので、とこたえましたが、リラで習う曲が選び抜かれているということだと思います。

●「♫たて琴を奏で、楽の音にあわせて〜♪って、まさに詩編に歌われているとおりで、すばらしい。ミサの時にも弾いてほしいね」(教会音楽や典礼に詳しくラテン語がわかる60代の男性)
— ハープの手ほどきをしてほしいと言われたので、今年の3月退職なのでリラ6期生に応募するようおすすめし、リーフレットを差し上げました。

●「日本の古い音楽、踊りのときに使われる音楽(雅楽?)の
ように感じたの」(70代のクラシック音楽が好きな女性)

●「音が上から降りてきて、包まれる感じだった」(女性)

●「ふわーっと、どこかに連れて行かれるような感じになった」(女性)

●「泣きそうになって、自分が疲れているなって気づいたの」
(幼児二人を子育て中のおかあさん)

●「こころの旅をして、いろんな人のところに行きました」(女性)

●「ハープの音って、高音もキーンとしないで柔らかいのね」
(女性)

●「“ジーザス”という、あの言葉がよかった、うん、“ジーザス”と
いうのがこころに響いたの」(女性)

●「こども、小さいこどもにも聴かせたい、ゴロゴロしながら」
(50代男性:幼稚園の事務局長)

他にも、たくさんの方々からよかった、ありがとうと感謝の言葉をいただきました。臨終のときにはぜひお願いしたいという人も多く、予約受け付けました(smile)。また、呼吸から「風・プネウマ・ルーアッハ」、「ちりに息を吹き込まれて生きるものとなった」ことにも話が及び、四旬節(Lent)にふさわしい時間となりました。お祈りにこころから感謝します。聖霊がやさしく吹き込んだのだと思います。

主のご復活にむけて、よい準備ができますように、お互いの祈りのうちに。

                                 小野崎良子

♪ ♪ ♪






2015/03/11

【インド・ワークキャンプ2015】参加者のレポート(その12)

2月12日に成田を出発してインドでワークキャンプに参加したメンバー16名は2月22日に無事に帰国しました。皆様のお祈りを感謝いたします。

参加者のマイク・シェロさんからレポートが届きましたので、以下にご紹介します。
レポートのオリジナルは英語ですが、JELA事務局が翻訳と編集をしました。

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マイク・シェロ
(青山学院大学宗教主任・宣教師)

キャンプに参加すると決めた時点では、このキャンプが自分にどれほど大きな影響を与えるか、考えも及びませんでした。帰国した今言えるのは、私は自分の心の一部をインドにおいて来た、ということです。
インドの子どもたちとマイクさん

CRHPの方々との奉仕活動は、とても深く充実したものでした。毎日、さまざまな愛の行為を目にしました。キャンプ期間中に自分が愛を実践している一員になれて、喜びをおぼえました。CRHPの取り組み、持続的な開発事業と人々の健康増進のための働きから、多くのことを学びました。単に困った人を助けているだけではないのです。CRHPは、肉体や社会の問題を少しずつ穏やかな方法で癒す努力をしています。それを愛の心で、人々が自らの問題に自分で対処できるようになるように取り組んでいます。

ある日、人口1400人の小さな村を訪問しました。村の保健衛生士と一緒でした。2か所で、糖尿病の血糖値検査と妊娠9カ月の妊婦の出生前診断に立ち会いました。保健衛生士は、出身地域から選ばれて、CRHPで訓練を受けます。選ばれるのは通常、カースト制度上は低い地位にある女性か寡婦です。ところが、彼女たちが訓練を受けて、地域の保健維持にための初歩的な働きができるようになると、社会的地位は著しく高まります。存在価値が認められ尊敬されるようになるからです。これは、カースト制度を切り崩す一つの方策です。

保健制度を整備する上で、CRHPは地域で手に入る資源を重視します。血糖値検査を例に取れば、専門器具を用いるのが良いと思うかもしれませんが、それはどこにでもある物ではなく、また安く手に入る物でもないのです。実際は、診断用の管、少量の尿、そして、ある化学溶液を数滴たらせば、十分に検査の用をなすのです。台所から熱い石炭を持ってきて、たらした溶液を温めると、検査結果は得られます。初心者であっても、学んで身に着けたこのような技術によって地域に貢献できるということです。

出生前診断の場合、資格のある看護師か産婆が立ち会いますが、訪問のアレンジをするのは保健衛生士です。地域で信頼されているからです。保健衛生士は、村の初歩的な保健ケアとCRHP病院でのレベルの高い医療の間の橋渡しをする重要な役目を担っています。彼女が間に入っているからこそ、出生時に産婆を呼んでくることが容易になります。保健衛生士を間に入れるという、配慮のゆきとどいた制度は、人間どうしの信頼関係を強め、公衆衛生や健康を向上させるのに効果を発揮しています。

これまで書いたことは、CRHPの素晴らしい働きを示す好例です。彼らは人々の病や、体や精神の状態を癒すことに終始せず、あらゆる領域における壊れた状態を癒すように努めています。これこそ、人間を全体としてとらえた新しい社会を構築する道です。

CRHPの働きに接して、私は謙遜にさせられ、目が開かれました。彼らは激貧の人々に注目し、極めて困難な環境の中でも明るさを失わずに奉仕しているのです。何人かと話しながらスラム街を歩いたとき、そこに住む人々の生活の貧窮度を聞かされた私は涙を禁じ得ませんでした。心が震えました。そこに住む人も自分も同じ人間だという思いに突き動かされたからです。住んでいる世界は大きく異なっても、この貧しい地域の一人ひとりは私の兄弟姉妹だと感じました。地理的には遠く離れていても、私たちは人間としては一つの家族なのです。家族なら、互いのために、互いを思いやる心で、自分の全力を振り絞って助け合うべきです。

私は日本に住んでいて、日本が大好きです。日本は私の「家」であり、ここに私の心もあります。でも、今は違います。私の心のひとかけらはインドにあるからです。実際のところ、世界の貧困地を訪問すればするほど、私は自分の心の一部分がそこにある感覚を持ちます。それを思うと、時には悲しくなり、泣くことすらあります。しかし、これは悪いことでないのです。こうあってこそ人間と言えるからです。

私は日本に20年以上住み、ここに家族もいます。日本の美しい文化、平和、安全、そして何でも手に入る環境にとても感謝しています。この恵まれた環境に住む日本の青年を一人でも多く、人間性回復の奉仕の旅に連れて行きたいというのが私の夢です。CRHPは、その訪問候補地リストのトップにあります。

2015/03/10

【インド・ワークキャンプ2015】参加者のレポート(その11)

2月12日に成田を出発してインドでワークキャンプに参加したメンバー16名は2月22日に無事に帰国しました。皆様のお祈りを感謝いたします。

参加者の井上祐子さんからレポートが届きましたので、以下にご紹介します。
レポートの内容は、JELA事務局が一部編集したものです。

◇◆◇
井上祐子
(主 婦)

昔の青年会の仲間と共に体験することを目的としたインドキャンプは、始めから終わりまで私には未知の素晴らしい経験の連続でした。灼熱の大地に女性たちの色とりどりのサリー姿は美しく、それは乾いた大地に咲く大輪の花びらのように見えました。
義足をつくる井上さん

CRHPのことを何も知らず飛び込んだキャンプでしたが、実際に見て体験しその活動の説明を受け、また、パンフレットを読んでその活動の深さ、広さ、考え方の素晴らしさに胸打たれました。

一緒に行った仲間たちは皆素晴らしく、すぐに現地の人たちに溶け込み、歌や踊りやパフォーマンスでキャンプを盛り上げていました。毎夕、徳野先生との祈りの一時も得難い経験でした。日本にいると雑事に追われ、つい聖書を開くことを忘れてしまう私ですが、朝晩み言葉を聞き、祈ることができたのも恵みでした。最も忘れがたいことは「赦すこと」の大切さと「与えることの素晴らしさ」について学んだことです。

ラトナマラさん
日曜日の午後、農場に見学に行き、農場のマネージャーをしているラトナマラさんのお話を聞くチャンスがありました。彼女は12歳で学校教育を終え、15歳で嫁ぎ、一児にも恵まれ、幸せだったのですが、あるとき夫が急に元気がなくなりました。病院に連れて行ったらエイズであることがわかりました。そして懸命の介護にも拘わらず夫は死亡しました。

彼女は実家に帰りましたが、夫がエイズであったことがわかると子どもと共に追い出されました。その後子どももエイズのために死に、自分も生死の間をさまよっていました。そんなときにCRHPに助けられました。

住む所と農場の仕事とを与えられ、栄養を十分に取るように教えられました。そして元気に回復し、人並みに働けるようになりました。それを知った実家の人々は彼女を訪ねて来るようになりましたが、彼女はどうしても彼らを赦すことができませんでした。自分が最も愛と、食物と、着る物と、住む所とお金を必要としていたときに自分を捨てたからです。

そのことをDrs.アローレに相談しました。彼女は私に「赦しなさい」と言いました。彼女は家族と和解し、妹の娘を養女にしました。その娘は今、薬剤師として働いています。そして彼女は今、この農場でとても幸福に暮らしています。「赦す」ことを通して得た「平安」で、彼女は輝いていました。

もう一人、ミーナ先生からは「与えることの素晴らしさ」について教えられました。ミーナ先生は幼稚園の園長です。先生は毎朝9時にスラムに園児をお迎えに行きます。そこで、保護者の方といろいろ話をしながら、その家庭で困っていることや必要なことを見つけ、アドバイスし、援助の手をさしのべています。子どもたちは安心してミーナ先生に頼っています。まるで現代版「マザー・テレサ」のような人です。

そんなミーナ先生と一緒に幼稚園の壁に動物の絵を描くチャンスがありました。「ここはどんなふうに描いたらいいですか?」などとお話をしているうちに、ミーナ先生は私のことを「4,5年前に亡くなった自分の母にそっくり」と話してくれました。お互いに家族のことを話しあったりして、だんだん親しくなりました。

井上さんご夫妻
ミーナ先生の腕にはまっていたブレスレットがとっても素敵だったので、「私もこんなのを買いたいのですが、どんなふうにサイズを決めるのですか?」とお尋ねしました。先生はすぐ自分の腕からブレスレットを外して私の腕に嵌めて「とらないでいいのよ、そのままにしておいて」と言いました。私はもうびっくりでした。水も電気も物資も日本ほど豊かでない国の方が見ず知らずの私に下さるなんて! 何にも持っていなかった私は、とてもドギマギしてイヤリングを外し、もらっていただきました。
最後の日には私たち全員をお茶に招待してくださいました。お台所と一間だけの簡素なお家でしたが、おいしいチャイとビスケットをご馳走になりました。また、幼稚園の前の石畳には私たちのために「Good by! 」と「We love you!」のメッセージで囲まれた2メートルぐらいの大きな素敵な花柄の模様を二つ描いて待っていてくださいました。一つは私たちのために、もう一つはベルギーから来ていつもミーナ先生と一緒に行動し、彼女を支えていたケイトさんのために。ミーナ先生の温かい心に触れることができて私はとても幸福でした。

素晴らしいプランで私たちをインドに連れて行ってくださったスタッフの皆様、本当にありがとうございました。