2016年4月11日月曜日

【リラ・プレカリア(祈りのたて琴)】刑務所でのパストラル・ハープ その3

以下は、キャロル・サック宣教師によるレポートの最終回です。

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私は、神様がこの方々の心になさった働きに畏れをおぼえました。私たちが用いる音楽は単純なものですから、何かが起こったとすれば音楽の巧みさではなく、神様の恵みによるものだということは明らかです。

一人の受刑者の反応について紹介したいのですが、そこにいた受刑者の方はみんな日本人で、日本はクリスチャン人口が1%に満たない国です。そして、私は曲の説明をせずに外国語で歌いました。

私の右側にいた男性が言いました。「罪を度々犯すようになる前、時々教会に行って、讃美歌を聴いていたんだ。今の演奏で、その時のことを思い出したよ。まるで教会の椅子に座っていた時
のような気分だった。あそこに戻らなくちゃね。今のような音楽をずっと教会で聴いてたら、悪いことをすることなんかないんだろうがね。また聖書を読みたい、みんなキリストの愛が必要なんだ……」。

私はびっくりしてしまいました。彼はこうも言いました。教会、聖書、キリストの愛は彼だけのものではなく、受刑者みんなの希望なのだと。なんだか、力と権威ある言葉で語られる本物の宣教師の話を聞いているような気分にさせられました。話の途中に自分の無意味な解説を挟まないでよかったです。受刑者の一人であるこの方こそ、宣教師である私の代弁者そのものだったからです。

この男性が私の思いの正しさを証明してくれて嬉しかったです。そうです。どんな状況にあろうと、キリストの愛がそこにある穴(傷口)に注がれるとき、その人を、そして社会を変える力を発揮するのです。少なくとも、この男性は変えられました。イエスがこの人を救うために他の99人に手がかけられなかったとしても、それは十分に意味のあることだと私は思います。
キャロル・サック

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