2018/05/07

【信仰書あれこれ】日本人向けに書かれたユニークな聖書物語

中川健一『日本人に贈る聖書ものがたり――族長たちの巻』(2003年、文芸社)をとりあげます。全4巻2400頁の最初の巻です。各巻二分冊、全八分冊の文庫 にもなっています。

本書のユニークさは、「日本史からの事例(家康、竜馬など)を随所に引用しつつ、アブラハムからイサク、ヤコブ、ヨセフの四代にわたるヘブル人の歴史を解説している」(帯文)点にあります。以下にいくつか具体例を紹介します。引用されるのは日本史に限りません。

◇◆◇

私が示す地へ行け」 という天の声をアブラムが聞く場面への導入として、アルベール・シュバイツァー (1875~1965年)の体験が挿入されます。

  • シュバイツァーが幻に捉えられたのは、1905年のことであった。……ある夜、彼は書斎で翌日の講義の準備をしていた。……不要なものを屑かごに放り込んでいたその時、一冊の雑誌が――なんとその雑誌は誤配されたものだったという――、彼の手をすり抜けるようにして床に落ちた。開かれたページに目をやると、そこにはこうあった。「コンゴはあなたの助けを必要としている」。彼は何気なくその記事を読み始めた。そして、次の言葉が彼の心に終生消えることのない火を灯した。「中央コンゴのギボン州 では、働き人が不足している。必要は山ほどあるのに、労する者がいない。私はこの記事を書きながら、祈っている。神が、すでにこの働き人のために選んでおられるその人物の上に手を置いてくださるようにと」。……その時から、彼は自分の人生をコンゴのために捧げた。生活のすべての要素がその目的のために統合され、管理されていった。……彼は1911年に結婚し、1912年に医学博士となり、1913年に看護婦の妻とともにフランス領赤道アフリカに渡った。(30~31頁)


ある箇所はつぎのように始まります。

  • この項は、長い挿入句だと思ってお読みいただきたい。筆者はここに来るまで意図的に「神」という言葉を避けてきた。……「神」という言葉のどこに問題があるか。それを解明するためには、日本語聖書の翻訳の歴史をひもとく必要がある。専門的な議論はなるべく避け、主要な点にだけ光を当ててみたいと思う。(76頁)


これに続く10頁が、次のような事柄の説明に費やされます。(76~85頁)

  • ザビエルが日本で伝道する際に、聖書の創造主という概念をどのように当時の日本人に伝えたか。
  • 初の日本語聖書(ギュツラフ訳聖書 )と新共同訳との比較。特に、ヨハネ福音書冒頭部分の「言」(キリス)と「神」をどう訳しているか。

「初めに言があった。言は神と共にあった」(新共同訳)
「ハジマリニ カシコイモノゴザル、コノカシコイモノ ゴクラクトモニゴザル」(ギュツラフ訳)

  • 日本語訳聖書に「神」という語が採用されるようになった経緯。それへの中国語訳聖書の影響。中国語訳聖書には三種類の訳語(天主、上帝、神)があり、日本がそれらから訳語を採用する際に、日本で奉仕していた宣教師の教派的伝統が与えた影響。


アブラムは妻サライとエジプトに入るに際して、エジプト王パロがサライを気に入り、夫である自分を殺すのでないかと恐れ、サライが妹だと偽ります。このような環境下で、パロから後宮に呼ばれるまでサライがどんな思いでいたかを、著者は安土桃山時代のキリシタン女性、細川ガラシア豊臣秀吉の逸話によって説明します。

  • 朝鮮の役で多くの大名たちが外征していた。その隙に、秀吉はそれらの大名の妻や娘たちをしきりと誘ったことがある。……要は食指を伸ばしたということである。絶世の美女との誉れの高かった細川ガラシアも、内謁を申し付けられた。……その時彼女は死を覚悟し、正装した下に白装束を着け殿中に上った。帯の間には、密かに短刀を忍ばせ、両手をついて平伏した瞬間にそれが抜けて畳の上に落ちるように仕組んだ。……さすがの秀吉も彼女の決意を察知し、そのまま彼女を帰したという。サライも同じことを考えた。(145~146頁)


日本の歴史物語が好きな人には、本書はうってつけの聖書入門書でしょう。ただし、まだ信仰が与えられていない方は、著者の次の言葉を心にとめてください。

  • 聖書を読めば神の存在が証明されるのではないかと考えて、読み始める人がいる。しかし、その試みはほとんどの場合、挫折で終わる。なぜなのか。聖書が神の存在を証明する本ではないからだ。聖書とは、神が存在することを前提にした本である。最初の書である創世記の書き出しからしてそうである。「初めに、神が天と地を創造した」。そこには、神とは誰なのかという紹介も、どういう方法で天と地を創造したのかという説明もない。宇宙がそこに存在している。それだけで、創造主がいるという証明になっている。それが、聖書の論理である。(40頁)


JELA事務局長
森川 博己

◆◇◆

【関連リンク】