2018/10/16

【信仰書あれこれ】聖書の味わい方


高橋重幸著『聖書を味わう』(2010年、オリエンス宗教研究所)をとりあげます。

この本は三部に分かれていますが、第一部の聖書をグループで学ぶための手引き部分が有益なのでご紹介します。

なお、著者はカトリックの厳律シトー会(トラピスト)司祭です。1950年代半ばから10年近くローマに留学し、グレゴリアン大学と教皇庁立聖書研究所で神学と聖書学の修士号を取得。新共同訳聖書の翻訳・編集にも携わっておられます。

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祈りの大切さ・神のことばを愛する態度
  • 学問的な研究を積み重ねただけで、神のことばの深みを百パーセント解明することができると考えましたら、それこそ大間違いです。なぜなら、神の語りかけは、人間の知識を遥かに超える「秘儀」であって、信仰だけがそれを正しくとらえることができるからです。……何よりも先に強調しておきたいことは、聖書を味わうためには、まず「神のことばを愛する」という心構えが絶対に必要である、ということです。(11~12頁)

聖書の真の読み方
  • 私たちの聖書朗読が、イエスへと導き、イエスと一致させ、いわばイエスの中に私たちを移しかえ、そこに根づかせる時にのみ、真の「読み方」になるのです。イエスのように、兄弟に仕える者の姿をとらせ、従順を学ばせ、万事において父の御旨を行わせ、父の喜びを私たちに通じるものとする読み方こそ、本物なのです。(26頁)

信徒間の霊的な語らいの不足
  • 神のことばは、交わりによって他の人に伝えられます<一ヨハネ1:3~4>。この交わりは、単なるおしゃべりや表面的な会話、まして自己主張といった類いのものではなく、神から受けた賜物を分かち合い、イエスをそこに臨在させることです。私たちの間では、このような霊的な語らいがあまりに少ないのではないでしょうか。(37頁)

聖書の共同研究のための準備・そこから得られるもの
  • 聖書思想事典』を使って行う共同研究のやり方についてお話しいたしましょう。共同研究のテーマは、最初にごく身近なものから出発すること、たとえば、「食物」<聖書思想事典554~556頁>のような生活と密接したテーマを選ぶことが肝要です。このページを開きますと、まずテーマの一般的な導入があり、続いて、「Ⅰ物質的な食べ物、Ⅱ霊的な食べ物、Ⅲ神の子らの食べ物」という三つの小項目に分かれています。それで参加者は、自分の分担として一小項目を選びます。(40~41頁)
  • 各々は、自分の選んだ担当部分を入念に研究します。……大型のノートを求め、それを開いて、左側のページに、項目に出てくる聖書の参照箇所の本文を全部書き取ります。……そしてそうしながら、心に浮かんだ思想や頭にひらめいたヒントや思いつき、印象、感想などといったものをノートの右ページに書き留めておきます。……こうしてゆっくりと項目を研究していきますと、次第に「食べ物」についての聖書の思想が分かってきます。つまり、食べ物は神の祝福であること、人間はそれを感謝をもって使用する代わりに、飽食とか泥酔とかまたは施しの拒否や貧しい人たちを搾取すること等によって悪用できること、しかし他方では、「食べ物」を分かち合い、人々との交わりを深め、一致を実現するものとして活用できること、そして天の父は私たちの願いに応えてすべての必要なものを自ら整えてくださるので子どものような信頼を御父に対して持つべきこと、などという、希望を養い、警戒を促す聖書思想を理解し、深く分け入ることができるのです。(41~43頁)

聖書の共同研究と分かち合いの意義
  • 私たちが聖書の中に読みとらなければならないことは、神の恵みの深さであり、罪のゆるしを得るためには回心が必要であり、またイエス・キリストが私たちの近くにおられて、神の子としての喜びと平和、教会に対する愛、他の人に奉仕する熱意を注いでくださること、一言で言えば、神と人に自分の全てを注ぎだして、恵みに満ちたキリスト教的生活を送るということです。十字架につけられ、そして三日目に復活されたイエスに結ばれ、このイエスを通して聖書を読むとき、私たちの罪ですら光り輝くものとなり、一切は讃美の源となります。聖書の共同研究と分かち合いは、単なるおけいこ事や学習ではなく、復活された主イエスを中心に、聖書のこの喜ばしいメッセージを生きることだ、と言えるでしょう。(47~48頁)

共同研究の例で引用されるレオン・デュフール師編集『聖書思想事典』(1973年、三省堂)は私も持っていて、いつか共同研究に役立てたいと思っています。

JELA事務局長
森川 博己

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