「シェアたま」と「リラ・プレカリア」
リラ・プレカリア4期修了生 小野崎良子
私は今の仕事が辛いです。毎日怒られています。人の命を救いたいと思って始めたのに、毎日怒られるために仕事に行っているような気持ちになっていました。良子さんは2年前にハープを始めたと教えてくれました。2年前のことは分かりませんが、8日に聞いたとき、すごく上手でした。感動しました。演奏を聞いて泣いたのは初めてです。きっとすごく練習したのだと思いました。私は配属されてから1年が経ちました。もう1年、頑張ってみようと心から思いました。僕は心が救われました。本当にありがとうございます。聞いているとき、私が思い浮かべたのは、リビングで良子さんと話をした日々です。いつもいつも助けてくださり、ありがとうございます。文章が下手ですみません。とにかく感謝している気持ちが伝わっていてくれれば幸いです。・・・」
札幌へ帰った私の旅行かばんのポケットに入っていた手紙は消防士1年目のトシオ君からのものだった。
私は2年間を、田園都市線たまプラーザ駅ちかくのシェアハウスで過ごした。ハープと歌の練習が出来て、リラ・プレカリアの受講会場である恵比寿と三鷹に通いやすく、生活必需品が整っていて、しかも手頃な家賃。そんな条件にぴったりだったのが、アーチストの卵達が集う60人暮らしのシェア・デザイナーズ・カレッジ・たまプラーザ、略して「シェアたま」だった。私自身は日々の課題をこなし、食事をし、お風呂に入って寝る、そんな生活をただ淡々とこなしていく予定・・・だった。しかし、夢に向かって黙々と、あるいは悩みながら邁進する若者たちの感性は私を一人ぽっちにしておかなかった。かなり年長の私を友達として、先輩として大切に扱ってくれていた。“通り過ぎる人”だけではいけない、ちゃんと付き合おうと思った。
シェアたまでは、いろいろなイベントが頻繁に行われる。一人ひとりの誕生日を祝うイベントも、その一つだが、リラ・プレカリアの教科書の一冊『いま、ここに生きる』(ヘンリ・ナウエン著)から「誕生日を祝う」というメッセージを贈ったことがあった。
シェアたま キャンパス日記(抜粋)から
「さて、今日は特別な日の話をしたいと思います。
一年に一度、誰にでも訪れる特別な日・・・そう、誕生日です。
60人という人数をものすごく多く感じることは日常の中で実はあんまりなかったりするのですが、この「誕生日を祝う」というイベントが立て続けに起きるとそれをしみじみ実感したりします。・・・しかも当人にバレないようにケーキやらなにやらを作らなくてはならない為、祝う方はチームワークが必要になってきます。実は毎回たくさんのドタバタエピソードがあったりします。
さて、なんでうちの住人たちはこんなにかりたてられ、誕生日に燃えるのか?というのを考えてみました。そんな時、シェアたま住人の良子さんが誕生日の時に教えてくださった言葉がとても素敵でいいなーと思ったので、ここに書かせて頂きます。
「誕生日を祝うことは、いのちそのものを称賛し、喜ぶことです。誰かの誕生日に、『あなたがしたこと、語ったこと、成し遂げたことのゆえに感謝します』とはいいません。そうではなく『あなたが生まれたことを感謝します。そして、私たちと一緒にいてくれてありがとう』と言うのです。」
“一緒にいてくれてありがとう。日々を共に過ごしてくれてありがとう。”
多分それが伝えたくて、私たちはドタバタしながらギャーギャー言いながら住人達の誕生日を祝うのだと思います。」
シェアたまを出る日が近づいて来た。「リョウコさん、最後に私たちに演奏を聞かせてください。」リラでは演奏会というスタイルはとらないけれど、私を大切にしてくれたみんなへの感謝を伝えたいと思い、願いに応えることにした。2年間、リラで共に学んだ仲間にお願いして助けてもらった。みんなは手作りのごちそうと、バースデーケーキ作りで腕を上げたアヤちゃんを中心に「ハープのケーキ」を作って祝ってくれた。
演奏からのメッセージ、つまり天のお父さんからの「あなたはわたしの愛する子」という呼びかけは、トシオやアヤちゃんだけでなく、みんなの心の奥深くに届いたようだった。それを受けとめる瑞々しい感受性が若者たちにはあった。平和に満たされた一人ひとりの顔が物語っていた。
ペルソナPersona(人間)とは他者と共鳴する存在だと、ある方から教えてもらった。 (per:〜のために、〜をとおして sona:奏でる、鳴る、響かせる)
たて琴が響き、心の琴線が震え、他者と共鳴し、平和が生まれた。そんなひとときだった。
小野崎さん(中央・右)とシェアたまの皆さん |