19~20世紀に生きた神秘主義研究の泰斗、イブリン・アンダーヒルの『内なる生』(金子麻里訳、2017年、新教出版社)をとりあげます。
この本は、1926年に英国国教会リバプール教区の司祭たちに向けて、アンダーヒル女史が行った三つの講話を文字化したものです。英国国教会の聖職者(当時は男性のみ)に向けて女性の平信徒が霊的生活について語った初めてのケースであり(本書136頁)、この分野で女史の信望がいかに厚かったかがわかります。
以下に中身を少しご紹介します。
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- 神秘主義と実践的宗教との関係
人は神秘主義について、あたかも実践的宗教とは異なるもののように語ります。しかし、現実問題としては、神秘主義はすべての実践的宗教に奥深く激しく脈打つ心臓であり、そこに僅かながらでも触れたことのない人は誰も、人の魂を感化し、神へと勝ち取ることはできません。神秘主義とは何か。それは最も広い意味において、宗教の中心的関心であるこうした「永遠的実在」と触れるべく「魂が外へと向かうこと」です。そして神秘的生とは、こうした信仰の対象を「生きた現実」へと変える、「愛と祈り」によって徹底された生活です。その「愛と祈り」は、神へと向けられた神ご自身のためのものであり、私たちの何らかの利害のためではありません。それゆえに、すべての真なる聖職者の内的生のうちに、何からの神秘的な要素が確実になければなりません。(41頁)
- 聖職者にとって最重要な事柄
明白な事実から始めましょう。職業的に、宗教の真理を教え体現し、神の知識を広め、他の魂に寄り添うことに関わる者として、自らの個人的な霊的生活の問題こそが、皆さんにとって最も突出した重要な重みをもつという事実です。……宗教の伝道者として、まず何よりも必要なことは、自身の内なる生活が健全に保たれ、自らの神とのふれあいが堅実で、真実であるべきだということです。(中略)他の誰よりも宗教に関わる者こそが、ジョージ・フォックスのいう「万物を普遍なる光のうちに見る」わざを学び、それを習慣の水準へと高めていかなければなりません。(11~12頁)
- 聖職者が一般信徒に与える影響の大きさ
あなたがいかなる人物であり、神との関係がいかなるものであるか、そのことが、あなたが訪ね、説教し、共に祈り、そして聖餐を授ける人びとすべてに影響を与えるべきであり、また与えることになるでしょう。というのも、そのことが、教会に参列する人びとにとって「霊的経験である礼拝」と、「慣れきった言葉が形式的に並べられた礼拝」との間に違いを生み出すからです。……皆さんがいかなる人物であるかは、ご自身の祈りによる密やかな生活によるものです。つまり、「神の実在」にしっかり向いているか。それが問われるのです。(19頁)
- 神の愛の感染
私が意味する「内なる生の質」とは、過酷な集中や緊張によって特徴づけられるものではありません。むしろ、聖人たちの中でも、最も愛情深い人びとのうちに見出だされるような、謙虚で穏やかな献身のことをいうのです。またそれは、感染力のあるキリスト教徒を生み出す質を意味します。つまり、皆さんから人びとに、神の愛が「うつる」ようにさせる質です。なぜなら、皆さんが神の愛に感染しているならば、つまり、皆さん自身がその愛、歓喜、平安を、そしてその聖別された生の究極の喜びを感じているならば――教会における礼拝のあらゆる儀式的行為が、皆さんの魂からの自由かつ自発的な賛美に満たされるほどまでに感じているならば、人びとはその神の愛をもらわずにはいられないからです。(20頁)
アンダーヒルの著作のうち日本語で読めるものが他に二冊あります。『実践する神秘主義――普通の人たちに贈る小さな本』(金子麻里訳、2015年、新教出版社)と『神秘主義――超越的世界へ至る途』(門脇由紀子他訳、1990年、シャプラン出版)です。前者は、本書と同じ訳者による全訳ですが、後者は四人の学者が原書の約半分を訳したものです。
森川 博己
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