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アーミッシュの村を一時的に離れ、母親と都会を訪問することになった寡黙な少年サミュエルは、大きな駅での乗り換え時間に利用したトイレで殺人事件を目撃してしまいます。ハリソン・フォード扮する精悍な刑事ジョン・ブックが犯人を捜すためにこの母子を、色々いかがわしい場所に連れまわすことから、物語はスタートします。
母親役のケリー・マクギリスと刑事ジョン・ブックの内に秘めた愛と別れ、少年一家その他のアーミッシュの信仰をもつ人々が暮らすペンシルベニア州ランカスターの村(ここに、命を狙われ負傷したジョン・ブックが何週間も身を潜めます)の風景と暮らしぶりなど、登場人物の心理描写と生き方が丁寧に描かれています。サスペンスとユーモアを巧みに織り交ぜた構成が見事で、アカデミー賞脚本賞と編集賞を受賞しているのもうなずけます。
私はこの作品を三十数年前の公開当時に映画館で観て、アーミッシュの存在を初めて知りました。当時、本作に触れた多くの日本人もそうだったのではないでしょうか。現代に生活しながら電化製品を一切使わず、ダンスや歌といった娯楽を避け、移動手段は馬車。食物も自給自足でしょうし、大工仕事も自分たちでやります。村人総出で新婚夫婦のために小屋を建てるシーンでは、「よそ者」のハリソン・フォードが、にわか大工を手慣れた手つきで演じます。彼はデビュー後しばらく俳優として目が出なくて、大工仕事で身を立てることを真剣に考えていた時期があり、その時の経験が役立ったようです。
映画のパンフレットにウィアー監督の次の言葉が載っており、目の付け所に感心します。「300年前、米国に渡って来て、野を耕し、考えをめぐらした人々と、ほぼ同様の生活をしている人たちがこの地におり、今でも変わっていないという事実が私の興味をそそった。……アーミッシュはいわば白人の民族社会で、宗教は彼らにとって文化であり、それは日曜ごとに教会に行くといった類のものではない。……このとてつもないタイムスリップは、1985年の“メディア時代”にとって、映画にドラマにうってつけの題材と言える。以前に、それが試みられていないことに私は驚いている」。
本作は、ハリソン・フォードの傑作であるのみならず、アーミッシュの暮らしを丹念に描いている点で興味尽きない映画です。
JELA事務局長
森川 博己
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