2024/09/08

【米国ワークキャンプ2024】参加者レポート13(本多 希望さん)

  JELAは、2001年からアメリカで開催される家屋修繕の中高生ボランティアワークキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本の中高生を派遣しています。コロナ禍で2019年を最後に同キャンプを延期していましたが、今年7月に5年ぶりとなるワークキャンプを再開することができました!

 今回は全国各地から17名の中高生が集まり、ミシガン州はミッドランド市で開催されたキャンプに参加しました。(※キャンプの様子を取り上げたブログ記事を毎日更新していました!キャンプ初日の速報はこちら

 キャンプ終了後に参加者から寄せられた感想レポートを掲載して参りますので、ぜひご覧ください!!

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「アイスクリーム」
 
本多 希望(高校1年生)
 
 人生で一度あるかないかという経験をしたことがある。719日の午後、アメリカに行こうと飛行機に乗った私は三時間ほど機内に閉じ込められることとなった。あの世界的システム障害とぶつかってしまったのである。閉じ込められても私は友人とゲームをしたり寝たり楽しく過ごしていた。ちなみにこの友人とそのご尊父が強く勧めて私は参加を決めたのだ。気が進まなかったのにどうして行く気になったのか、今でも分からない。CAさんから緊急で配られたお菓子が嬉しかった。

とうとう降ろされることになった。もう日は傾いている。地方から来ている子もいる。さすがに困った。私たちは色々な方のご厚意で羽田に一泊し、蒲田教会にお邪魔することになった。蒲田での三日間はとても楽しかった。他の子たちと仲を深められたからだ。教会の皆さんもよくして下さった。飛行機が飛ばなかったのはこの三日間を過ごすためではないかと思えた程だ。722日、上機嫌で蒲田を出た私は羽田空港へと向かった。そして三人掛けの真ん中に座り十三時間後、アメリカのデトロイトにいた。

アクシデントにもめげずに最後まで走り抜けました!

空港はアメリカの洗礼だった。飲み水の味は違うし、駐車場は香水と甘い匂いが立ち込めている。アメリカンサイズのバスに乗り、やっと着いた宿泊先の高校では深夜にも関わらず多くのスタッフさんが出迎えてくれた。みんなハイテンションである。私たちには男女別に寝泊まりする教室が割り振られ、翌日からワークが始まった。

 ワークでは修理を頼んだ人の家に行き何かを作ったりペンキを塗ったりする。そしてワークの間にも朝晩にもディボーションという神様と自分について考える時間があった。昼のディボーションでは有志で自分の体験や考えを話し、朝晩は話を聞いて考えたり讃美歌を歌ったりする。何度も同じ歌を歌い、意味が分かったときには興奮した。昼は信仰熱心な人の話を聞くうちにいままでぼんやりしていたクリスチャンの考え方が「ラッキーだったことを神様の恵みと思う」というのが近いのかもしれないと思った。蒲田に行けたのもそうだ。また日本の宗教に対する価値観とアメリカのそれは根本的に異なる気がした。アメリカの方が厚くてさりげない。

ワークメンバーとのランチの様子(一番右が本田さん)

一度ワークの帰りにアイスクリーム店に寄った。海外で一人で食べ物を注文するということもやってみたかったのだが、ワークの引率者の方が一括で頼んで驕ってくださるというので今回は甘えることにした。少しでも甘さ控えめのものをと思いコーヒー味を選んだのだがこれはいざ食べてみるとキャラメル入りでえらく甘かった。そのうえシングルだったのだがなんと日本の五倍ほど入っているのだ。半分くらいから食べるのがつらくなってきて店の裏手へと広がる芝生を眺めていた。どうにか甘さが消えないものかとカップをかき混ぜていると引率者の方に「これがアメリカンサイズでテキサスサイズはさらに倍ほどある。It’s American joke!」と言われた。全く笑えなかった。私が入った店は外に椅子と机がありそこがイートインスペースの代わりとなっていた。机の上は、最後の掃除はいつだったのだろうアイスクリームでベタベタしていた。蟻が栄華を誇っているわけである。

もっと驚く話もある。下世話な話なので苦手な方は次の次の段落まで読み飛ばしてほしい。その店で私ははじめにお手洗いを借りようと思った。しかしそれらしきものは店から離れた仮設しかない。さすがにあれは不法投棄のごみか何かだろうと思い引率者の方にも聞いてみたのだが仮設しかないらしい。グッドラックと言われた。嫌な予感がした。ピンクのプラスチック製でチョコスプレーやクリームなど胃もたれしそうなものばかり描いてある。おもちゃでも昨今はもっと立派だろうと思うほどのちゃっちい扉を開けると案の定中は見たことがないほど酷かった。それはもう、ここには書けないほどだ。逆に紙があるのが奇跡に思えるような空間だった。我慢して五感をすべて消し、流すボタンを探すもない。つまみさえ機能しない。水道には「これは飲み水ではありません。飲まないでください」と書いてあった。ちなみにこの水道にも蛇口は存在しない。黒い棒が伸びているだけだ。まさかのまさかの思わぬところから水が出てくるタイプの自動式水道かと思ったがどこに手をかざしても水は出てこない。そもそもこのちゃっちいプラスチックにセンサーなど務まるわけがないのだ。さて、ここまで読めば想像はおつきだろうか。このお手洗いは水が流れていなかったのである。脱出すると駐車場の入り口には幸せへの道と書いてあった。

大切な仲間との思い出も増えました(右が本多さん)

設備もサイズも驚いたが今思えば笑い話である。否、私はその日高校に戻るともう、怒りながらもどうやって笑い話にして元を取ろうかと考えていたのだ。浅ましい限りである。とはいえ昔の私なら巨大のアイスに目を輝かせていたものを、と思うと時の流れを感じる。笑えない。
ジャーナルというものも書いた。感じたことを一日ごとに書き、JELAのスタッフに見てもらうというものだ。迷いも赤裸々に書くとそれに対してでさえ肯定的なコメントが返ってきて少し安心した。優しいコメントが返ってくるのも神様の愛が人の中にあるからだと思う。
 
ワークキャンプが終わるとホームステイが始まる。なんと一日二食の家で驚いた。キャンプ中も常に思っていたが文化の違いを乗り越えるというのは大切なことでいてとても難しい。互いに歩み寄ることが文化の違いを越えるために大切だと思った。最も私は出来そうにない。
ちなみにホームステイ先ではもう一度、ホストファミリーとそのご友人と同じホームステイ先の友人と四人でアイスクリーム店に行った。このお店は驚くことにアイスクリームだけでざっと四十ほどは種類があった。今度は砂糖不使用脂質ゼロというアイスのベビーサイズを頼んだのだがこれも日本のシングルの三倍ほどある。友人と半分ずつ食べるのでさえ一仕事だった。さて、今回も自分で注文しようとしたのだがホストファミリーのご友人が代わりに頼んでくださった。私はついぞ一人で注文する機会がなかった。

キャンプに行って他の人でも信仰を持つのに紆余曲折があることが分かった。トラブルで蒲田エマージェンシーキャンプも出来た。仲良くなる自信などなかったのに新たな友人も出来た。カルチャーショックは枚挙にいとまがない。楽しかったと思う。ワークキャンプは私に始めの想像とは全く異なる経験をさせてくれた。その予想外さは巨大アイスクリームを食べに行ったことや異常に種類の多かったアイスクリームと似ている。