2018/03/12

【ジェラニュース】第45号をただいま編集中です

4月発行予定のジェラニュースの編集・レイアウト作業に入りました。以下のような記事が掲載されます。

◇◆◇

<リラ・プレカリア(祈りのたて琴)>特集
リラ・プレカリア(祈りのたて琴)研修講座が3月1日の第6期生の修了証書授与式をもって12年間の歴史に幕を閉じました。講座修了者総数は38名。多くの方たちが病院・ホスピス・施設などでパストラル・ハープの奉仕にたずさわっておられます。講師陣と修了生の寄稿文や記念イベントの紹介を6頁にわたって特集しています。

<難民支援>
難民シェルター「ジェラハウス」の建て替え。連載記事「難民認定審査が甘いとどうなる?」(山本哲史)ほか。

川柳ひろば
お待ちかねの第11回入選句と佳作を発表します。

<青少年育成>
2018年アメリカ・グループ・ワークキャンプ参加者募集

<チャリティコンサート>
第15回世界の子ども支援チャリティコンサートの会場・演奏者の紹介

<求人>
JELAでは、財務・経理の職員を募集しています

ほかにも、読者からいただく多数のお便りの紹介など、盛りだくさんの内容です。

◆◇◆

 ジェラニュース(フルカラー)は年3回(4・8・12月)発行しています。JELAの活動をわかりやすく掘り下げて取り上げ、 ホームページやブログでは伝えきれない情報も満載です。

 創刊号からのバックナンバーは以下リンクからご覧いただけます。
バックナンバー「ジェラニュース」一覧

 印刷された「ジェラニュース」をご希望の方は、下記までご連絡ください。
 【メール】 宛先:jela@jela.or.jp

・件名に「ジェラニュース希望」と明記してください。
・住所(郵便番号、アパート等の場合は建物名と部屋番号もお願いします)
・氏名(フルネーム、よみ方もお書きください)
・生年月日(月・日だけでも結構です)
・電話(携帯電話も可です)
・希望部数
・クリスチャンの方は所属教会をお教えいただければ幸いです。

※電話・FAXでも受け付けています。
電話:03-3447-1521
FAX:03-3447-1523

なお、お送りいただきました個人情報につきましては、JELAの案内等にのみ使用させていただきます。

【関連リンク】
日本福音ルーテル社団(JELA)

2018/03/09

【カンボジア・ワークキャンプ2018】参加者のレポート一覧(まとめ)

2月14日に羽田を出発したカンボジア・ワークキャンプ2018の参加者7人と引率者2人は、2月24日に無事に帰国しました。皆様のお祈りに感謝いたします。

以下はキャンプ参加者によるレポートへのリンク一覧です。レポートの内容は、JELA事務局が一部編集しました。
  1.  内田奈七(JELC田園調布教会
  2.  針田真由子(JELCむさしの教会)
  3.  森一樹(JELC市ヶ谷教会)
  4.  安藤淑子(JELC蒲田教会)
  5.  小泉愛里花(JELCシオン教会柳井チャペル)
  6.  廣瀬知登(JELC大江教会)
  7.  河田礼生(JELC三鷹教会)



2018/03/08

【企業との連携】パナソニックのHPで意見を述べるJELA関係者

パナソニックは創業百周年の一環として「ソーラーランタン10万台プロジェクト」を実施しました。2012年から始めて2018(創業百周年の年)までに、アジアとアフリカの無電化地帯にソーラーランタンを合計10万台届けるというものです。

2013年からJELAはこのプロジェクトに協力し、パナソニックから寄贈していただいたソーラーランタンを、カンボジアとインドの電力が行き渡らない地域に多数配布することで、「愛の光(希望)」を届けてきました。

国際エネルギー機関(IEA)によると、世界の約126億人が電気を使えない状態であり、これらの人々が直面している社会的課題を解決するためにパナソニックは、ソーラーランタン10万台プロジェクトを推進してきました。

プロジェクトは完了し、パナソニックが「ソーラーランタン10万台プロジェクト」総括として自社のHPに掲載した動画(6分間)には、JELAシニア・アドバイザーのローウェル・グリテベック博士が登場します。グリテベック博士のシーンは、3:383:48で、この112JELAミッションセンターで撮影されたものです。



JELAがパナソニックと協力して支援先へ贈ったソーラーランタンの総数は3218台で、内訳は次の通りです。

■インド
計:1400
2014 250台、2015 500台、2016 300台、2017 350台)
寄贈先の内訳
Lutheran World Service India TrustLWSIT2014年・2016年・2017年の内200
The Comprehensive Rural Health ProjectCRHP2015
Lutheran Partners in Global MinistryLPGM2017年の内150

■カンボジア
計:1818台 ※仲介してパートナー「Life with DignityLWD=意味:尊厳ある生活」へ
2013 222台、2014 450台、2015402台、2016342台、2017 402台)

【関連リンク】
パナソニックとJELAの関連ニュース
日本福音ルーテル社団(JELA)

【カンボジア・ワークキャンプ2018】参加者レポート⑦(河田礼生さん)

JELAは2月14~24日にカンボジアでワークキャンプを行いました。

引率2名を含む9名の参加者たちは、JELAが支援して建設されたプレスクール(幼稚園)用のトイレ敷設工事その他のボランティア活動を行いました。また、現地の学校の子どもたちと遊び、カンボジア・ルーテル教会の青年会や礼拝に参加して他国からのボランティアと交流を深めました。


カンボジアの歴史と文化を知るためは、キリングフィールド、拷問博物館、地雷博物館などの見学や世界遺産アンコールワット遺跡の観光も体験することができました。


以下は、河田礼生さん(ルーテル三鷹教会)のレポートです。


◇◆◇

今回のカンボジア・ワークキャンプに参加させていただけたことに心から感謝します。一つ一つの奉仕活動を行ったこと、キリングフィールドや地雷博物館、毎日のデボーションを通してたくさんの学び、経験が与えられました。

私はカンボジアの子どもたちを「助けたい」という思いを持って、このキャンプに参加しました。しかし最初に行った、トイレのための穴を掘るというワークの中で、現地のカンボジアのワーカーに比べて、不慣れなこともあってもたついてしまい、わずかしか助けになれない自分の無力さを感じました。
プレスクールのトイレ敷設工事を手伝う河田さん
子どもたちと遊ぶ機会は多くありました。彼らを取り巻く学校環境は、日本でのそれとは大きく異なります。当然空調の設備などなく、音楽室などの特別教室もなく、水道水ひとつとってもタンクからの水で私たちには飲むことができないなど、衛生的にもとても良い環境とは言えないところでした。


しかし、そこで私たちと遊んでくれた子どもたちは、とても生き生きしていました。日本で育った私の価値観からはかわいそうに感じてしまいましたが、彼らはとても楽しそうでした。子どもたちと遊んだことで、助けになれなかったと悲観的になってしまっている自分がちっぽけだと感じました。そのとき、微々たるものだったかもしれないけどそれがちゃんと助けになってるんだとデボーションで杉本牧師が言ってくれた意味を理解しました。


私ひとりの力でカンボジアの子どもたちを助けること(salvation)はできるはずもなく、私が本当にやるべきだったのは、カンボジアの子どもたちのために行動すること(service)だったのだと感じました。


キリングフィールドや地雷博物館でもまた、多くのことを考えさせられました。虐殺を受けた人々、地雷被害に苦しむ人々を思うと、とても苦しくなりました。同時に、国のいう正義や、やらなければ殺される恐怖のなかで傷つける側になってしまうのではないかという不安にも苦しめられました。



カンボジアでの虐殺のことは今回初めて学んだことでした。こうした悲しみが繰り返されないように、ここで感じた苦しさをずっと覚え、またこうした事実を多くの人に伝えたいです。
アンコール・ワット遺跡にて

カンボジアでのすべての出会い・経験が、私にとってとても有意義なものでした。こういった活動に今後はもっと積極的に参加したいです。そして、日本で生活するなかでも微々たる力を尽くし、人に仕えることができるようになろうと思いました。


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【カンボジア・ワークキャンプ2018】参加者レポート⑥(廣瀬知登さん)

JELAは2月14~24日にカンボジアでワークキャンプを行いました。

引率2名を含む9名の参加者たちは、JELAが支援して建設されたプレスクール(幼稚園)用のトイレ敷設工事その他のボランティア活動を行いました。また、現地の学校の子どもたちと遊び、カンボジア・ルーテル教会の青年会や礼拝に参加して他国からのボランティアと交流を深めました

カンボジアの歴史と文化を知るためは、キリングフィールド、拷問博物館、地雷博物館などの見学や世界遺産アンコールワット遺跡の観光も体験することができました。

以下は、廣瀬知登さん(ルーテル大江教会)のレポートです。
◇◆◇

カンボジアのワークキャンプに参加して、いろいろなことを経験でき多くの人と出会うなかで、大きく自分を成長させてもらったと感じています。

日本から行く際には、ワークをしてカンボジアの人の役に立てればいいと思っていました。しかし、子どもたちと遊んだりカンボジアでいろいろな人たちに出会ってくなかで、その考えは少しずつ変わっていきました。

カンボジアは日本より発展してないから、不自由で窮屈な生活をしていると思っていました。しかし、遊んでいるときに子どもたちの笑顔を見ていると、この子たちは希望にあふれていると感じました。
子どもたちと風船で遊ぶ廣瀬さん
 
大きな勘違いをしていました。与える側だと思い込んでいた私は、子どもたちに対して何も与えられずに、自分がとても無力だと感じました。子どもたちの笑顔から学ばせてもらったのに何も返せない自分がとても無力に感じ、もっと勉強し経験をつみ、またこの地に来たいと思いました。


同じ年代のクリスチャンの青年と交流を持てたことは、とてもいい経験でした。国も違うし言葉も文化も違うけれど、一緒に交わりの時を持ち祈りの時を持てたことで、同じ神様につながっているということを強く感じることができました。ルーテル教会の主日礼拝に参加させてもらった際に、二十人を超える人が洗礼を受ける姿を見ました。言葉も通じないし、日本から遠く離れている地であっても、こうして神様を信じる家族が増える瞬間に立ち会えたことは本当にうれしかったです。
キノコ栽培のための袋を運ぶ廣瀬さん(左)と森さん。
後方は、オーストラリア人のボランティア。
夜の分かち合いでも成長させてもらいました。杉本牧師の話にはとても支えられました。ワークキャンプ中には多くの困難にぶつかりましたが、杉本先生の言葉に支えられ、また、一緒に行ったキャンパーのみんなに支えられて困難を乗り越えていけました。この経験を自分だけのものにするのでなく多くの人に分かち合うことができたら、自分が行った意味があるのかなと思います。

カンボジアで得たものは大きな、大きなものでした。ここで得た経験をこれからどう生かしていくかは自分次第だと思います。この経験をいい思い出でとどめるのではなく、しっかりと生かしていきたいです。

今回のキャンプで多くの経験ができたのは、一緒に行ってくれたキャンパーのみんなと引率のポールさん、杉本先生のおかげであると感じています。とても居心地がよく、家族みたいな存在になりました。本当にみんなには感謝です。

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【信仰書あれこれ】日本に初めてキリスト教を伝えた人物のパッション

1549年にフランシスコ・ザビエル が日本に初めてキリスト教を伝えたことは、多くの方がご存知でしょう。

彼はどんな信仰を持っていたのでしょう。私がそれを知ったのは、『聖フランシスコ・ザビエル全書簡』(河野純徳訳、1985年、平凡社。同訳者・同タイトルで東洋文庫からも四分冊で刊行されています)を数年前に読んだ時です。700頁以上の大著ながら無類におもしろい。

この書簡集は、1535年から1552年にかけてザビエルがアジアの宣教地からローマのイグナチオ・デ・ロヨラなどに宛てた手紙137通(いずれも長い。この中には日本宣教時代<154952>の19通が含まれる)を訳出したものです。

以下に、ザビエルの燃える信仰が伝わってくる数か所をご紹介します。〔 〕内は、意味が通るように訳者が補ったものです。

◇◆◇

  ローマのイエズス会員たち宛て/1542920日/ゴア
主なるキリストの十字架を喜んで負う人々は、このようなさまざまな苦しみの中に心の安らぎを感じるもので、この苦しみから逃れたり、苦労なしに生活すれば、生き甲斐を感じられなくなるものと私は信じています。キリストを知っていながら、〔もしも〕自分の意見や執着心に従うために、キリストを捨てて生活するとなれば、死ぬ〔よりもひどい〕心の苦しみの中で生活しなければならないことでしょう。これに等しい苦しみは他にありません。その反対に、自分が愛着することに逆らって、イエズス・キリストの他には自分の利益を求めず、日々死ぬことによって〔霊的に〕生きることは、どれほど大きな慰めでしょう。(87頁)

  ポルトガルのシモン・ロドリゲス神父宛て/1549125日/コーチン
……私はそんなことで日本へ行くことをやめません。なぜなら、安らぎのないこの世の生活の中で、死に〔直面する〕大きな危険にさらされながら生き、生活のすべてを主なる神の愛と奉仕に捧げ、聖なる信仰を広めることだけ考えて生きていくことほど、大きな霊的慰めは他にありませんから。また、このような苦しみのうちに生きることは、苦しみを味わうことなく生きるよりももっと大きな心の安らぎが得られますから。(371頁)

  ヨーロッパのイエズス会員宛て/1549622日/マラッカ
必要なあらゆるものを持って〔優雅に暮らし〕ながら神を信頼する者と、必要なものを持つことができるのに、キリスト〔の貧しいご生活に〕よりいっそう似るため自ら清貧になって、何も持たずに神を信頼する〔修道者〕とは大きな相違があります。それと同じく、死の危険にさらされることなしに、神を信仰、希望、信頼する者と、神への愛と奉仕のために明らかに死の危険がある場面に臨んで、もしもそれを避けたいと思えば、自分の意志で死の危険から逃れることができるにもかかわらず、自分の意志で危険に身を挺して、神を信仰、希望、信頼する者とでは大きな相違があります。絶えざる死の危険にさらされながら生きる人たちは、ひたすら神への奉仕にいそしみ、他のことは何も顧みず、やがて来るべき終焉の時をも考えず、この世の生活をも忌み嫌って、天国で神と共に永遠に生き、支配するために、〔この世の〕死を望んでいる人たちです。この世の生命そのものは、絶え間ない死の連続であり、永遠の栄光を得るために神によって創造された私たちにとっては、〔この世の生活はまさに〕さすらいの旅であると言えましょう。(450頁)

  ゴアのガスパル・バルゼオ神父宛て/15521025日/サンチャン
私があなたにも、すべての会員にも願っておりますことは、〔神が〕あなたがたを通じて行われることよりも、神があなた方を通じて行いたいと思われても〔あなたがたが従わないために〕やめてしまわれることについて、もっと真剣に考えてほしいのです。(730頁)


いずれも宣教の情熱がほとばしる文面です。クリスチャンなら一度は読むべき本(書簡集)かと思います。訳者は異なりますが、岩波文庫からもザビエル書簡抄訳が二分冊で出ています。

JELA事務局長
森川 博己

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【カンボジア・ワークキャンプ2018】参加者レポート⑤(小泉愛里花さん)

JELAは2月14~24日にカンボジアでワークキャンプを行いました。

引率2名を含む9名の参加者たちは、JELAが支援して建設されたプレスクール(幼稚園)用のトイレ敷設工事その他のボランティア活動を行いました。また、現地の学校の子どもたちと遊び、カンボジア・ルーテル教会の青年会や礼拝に参加して他国からのボランティアと交流を深めました。

カンボジアの歴史と文化を知るためは、キリングフィールド、拷問博物館、地雷博物館などの見学や世界遺産アンコールワット遺跡の観光も体験することができました。

以下は、小泉愛里花さん(ルーテル・シオン教会柳井チャペル)のレポートです。

◇◆◇

私は今回初めてカンボジアに行きたくさんのことを見て、体験し感じてきました。

キリングフィールドや地雷博物館などに行き、罪のない人たちがたくさん殺されたことや、そこであったことを詳しく聞き、心が痛かったです。

次に幼稚園と小中学校を訪問し、子どもたちと遊ぶ機会があり、たくさん遊んできました。色がついた紙が珍しいようで折り紙がたいへん人気で、たくさんの子どもたちに鶴や犬、猫の折り方を教えてきました。現地ではクメール語でみなさんが話すので英語が通じなかったのですが、子どもたちが私に話しかけてくれて、わかるようにジェスチャーをしたりクメール語を教えてくれたりして、仲良くなることができました。
子どもたちに折り紙を教える小泉さん
 
学校に通い友達とたくさん遊んだりする子どもたちがいましたが、勉強がしたいのに学校にいけず苦しい思いをしている子どもたちもたくさんいるという話を聞き、同じ国の中でも差が激しくまだまだ問題はたくさんあるなと思いました。実際、街を歩いていると物を売っていたり直接お金を持っている人にお金をくださいといってきたり、一生懸命家の手伝いをして働いている子どもたちをたくさん見てきました。今まで私がどれだけ良い環境で過ごしてきたのか改めて実感することができ、いろいろな事に甘えていたなと反省しました。

今自分にできることは何だろうか、これから私に何かできることはないのだろうか、とたくさん考えました。この思いをいつまでも忘れずに、いつかもう一度カンボジアに行って、少しでも人々が不自由なく暮らせるような手伝いをしたいと思っています。

 買い物をする時にいろいろな市場に行き、服や食べ物、アクセサリーがたくさん店に並べてあって、日本にはないものがたくさん売られているので、見るだけでも楽しかったです。買う時に値下げ交渉をするのがほとんどで、その交渉がたいへんでした。自分の口で値段を下げさしたり、電卓を差し出されて数字を入れて値下げしていくなど、いろいろなやり方があり、相手とのコミュニケーションを取りながら表情が見えてしまうのでなかなか大変でしたが、日本ではできない買い方だったので、このような買い物もあったら楽しいなと思いました。ですが、カンボジアの人を支援するために来ているのにこんなに値下げ交渉していいのだろうか、といろいろ自分の中で考えることもありました。

最終日はアンコールワットなどに行き、実際に建物の中に入って手で触ったりして職人の技を間近で見ることができました。今まで世界遺産といわれていたものは見ることはできましたが、遠くで見るだけで触ることはできなかったので、今回ゆっくりじっくり見ることができて嬉しかったです。まだ全部は見ていないので、いつか他の建物も見に行きたいと思いました。

この10日間、私はたくさんのことを学び、日本とはまた違う世界を見ることができました。一緒に行ったキャンプのメンバーのみなさんも全員仲が良く、ほんとに家族みたいな存在でとても楽しかったです。みなさんが英語を上手に話していたり、私の知らなかった体験談をたくさん話してくれたりして、助けていただいたこともよくありました。
小泉さん(右手前)と参加者仲間。左から:杉本牧師、安藤さん、針田さん、内田さん

夜のディボーションでは毎日皆さんの思いを聞き、どのように一日の出来事を感じたのかと強い興味を持って聞いていました。皆さんと話を分かち合うことの楽しさを知り、人前で話をすることに対する気持ちが変わりました。

このキャンプに参加して、皆さんに出会えたことに感謝します。ボランティアらしいことをあまりできませんでした。私が行った10日間で少しでも私と遊んで楽しかったと現地の子どもたちに思ってもらえたのなら、たいへん嬉しいです。カンボジアの人々がこれからも笑顔で過ごせるように祈りたいと思います。

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2018/03/07

【カンボジア・ワークキャンプ2018】参加者レポート④(安藤淑子さん)

JELAは2月14~24日にカンボジアでワークキャンプを行いました。

引率2名を含む9名の参加者たちは、JELAが支援して建設されたプレスクール(幼稚園)用のトイレ敷設工事その他のボランティア活動を行いました。また、現地の学校の子どもたちと遊び、カンボジア・ルーテル教会の青年会や礼拝に参加して他国からのボランティアと交流を深めました。

カンボジアの歴史と文化を知るためは、キリングフィールド、拷問博物館、地雷博物館などの見学や世界遺産アンコールワット遺跡の観光も体験することができました。

以下は、安藤淑子さん(ルーテル蒲田教会)のレポートです。

◇◆◇

「チュムリアップ・スオ」、これはクメール語でこんにちは。スタッフのポールさんと杉本牧師、参加者7名の総勢9名が羽田を出発してから10時間半後、南国の大きな夕日が西に沈もうとしたその時にプノンペン空港に到着。暑い。カンボジアの2月の気候は東京の真夏と同じ。すぐに半袖シャツになる。
子どもたちに折り紙を教える安藤さん(中央)
JELAのワークキャンプは初参加。カンボジアは初めて訪れる国。しっかりこの国について学ぶと同時に少しでもこの国の人々のお役に立ちたいという動機で参加したワークキャンプ。空港からプノンペン市内のホテルまでは夕方の交通渋滞に巻き込まれ予想以上に時間がかかったが、この間すでに数々の発見がある。オートバイの後ろに5人位の乗客を乗せる車を取り付けたトゥクトゥクとバイクタクシーが車の間をすり抜けて行く。バイクタクシーには運転手を含めて5人もの人が乗っていることがあり仰天。道路脇にはたくさんの行商人が地面に商品を広げ、食べ物屋も屋台で商売をしている。中国系の人々は中国の旧正月(春節)を2月15日から祝うので真っ赤な提灯や飾り付けで町は華やか。

キャンプ初日は市場見物、その後はポル・ポトが人民を大虐殺したキリングフィールド、無実の人々を捉え収容した跡地に開設されたトゥールスレン博物館の見物。写真を撮るのも憚るようなカンボジアの負の歴史を物語る遺跡、博物館は胸の痛みとともに私の記憶に長く残るのは確実。旅の終わり近くには地雷博物館にも寄ったが、現在も信じられないほどの地雷が残されていて、すべて取り除くにはあと100年はかかると知り、胸の痛みはより深く大きくなる。


幼稚園にトイレを作る作業にほんの少しだが関われたこと、目がキラキラ輝いている沢山の子どもたちに接する事が出来たこと、キャンプ参加者は、70歳代の私以外高校生と大学生で若い人々のエネルギーをもらったこと、毎夜祈りと分かち合いの時間があったこと、おいしいカンボジア料理を楽しんだこと、他にもたくさんあるが、どれも貴重な経験になった。このキャンプに参加できたことに心から感謝。

一緒にマンゴスチンをいただく安藤さんと内田さん

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【信仰書あれこれ】信仰の真の豊かさを味わうために


わくわくする内容ですが、ある人にとって著者の指摘は、いくぶん過激に映るかもしれません。それは、こんな風に始まるからです。

◇◆◇

  多くのクリスチャンは、信仰の与える豊かさを知らずにいます。イエスは天の御国を高価な真珠にたとえられました。すべてを売ってでも手に入れる価値のあるものです。……問題は、この真珠が、その不可思議な喜びを十分に味わえない、豚も同然の私たちの前に放り投げられたことです。私たちはその美しさを享受できず、その価値を理解できていません。……私たちのほとんどは、キリスト教の表面をこする以上のことをしません。そして、福音との表面的な出会いを、全面的な福音を代表しているように思いこんでいます。本書は、そこからさらに深く掘り下げようとしています。キリスト信仰に近づく、素朴な方法に満足できない人々のために著されました。(1011頁)

著者自身、福音との「表面的な出会い」に満足できず長年苦しんでいました。教理を理解はするものの、聖書の出来事を十分に味わってはおらず、信仰の豊かさを知らず、霊的深みに至らなかったというのです。それが、中世に書かれた一冊のキリスト教書と出会い、それにもとづく実践を経て、霊的に整えられるとはどういうことかを悟ります。本書は著者が採用した実践方法を具体的に示すものです。とても有益な例が随所に見られます。

キリスト信仰について深く掘り下げ探求したい人、言い古された浅薄な説明にうんざりしている人、クリスチャンとしての霊性の深まりを得たいと思っている人に勧めます。

ちなみに、霊性について著者は次のように定義します。
  霊性とは、神と出会ったり神を経験したりする方法、その出会いの経験の結果として意識や生活が変化することに関することです。霊性は私たちの信仰の内面化に関わるものです。それは、信仰が生活の全側面に関わり、考えることや感じることや活動することに影響するという意味です。(17頁。下線著者)

本書のキーワードは「理解より黙想」です。著者は、聖書を読む際に、読者が物語へ自己を投入する必要を唱えます。イエスの生と死についての福音書の箇所を読む場合も、そこに書かれた内容を、知的に理解しようとするにとどまらず、その場面を何度も黙想し、自らが登場人物の一人となって、その場の空気を味わい、周囲の人間の思いを現実世界のそれと同じように感じ取ろうとし、自分が演じようと定めた登場人物の一人の感情も、まるで今その場にいるかのごとくリアルに表出しようと試みる(黙想する)のです。

本書の手法のポイントとして著者があげるのは次の三点です。
    一つの聖書箇所をイメージする際、一息入れて、その箇所が心に絵を描くまで待つことが不可欠です。そのイメージの世界に入らなければなりません。自らをそのイメージに投射し、その一部になることで、その豊かさ、そこに意味されているものを経験する必要があります。(本書29頁。下線著者)
    福音書にある物語を読む際、その物語の中に入り、この世の救い主を証言する人たちの傍らに立たなければなりません。福音書の物語を、それが今起こっているかのように黙想する必要があります。(同上)
    聖書の概念テーマに関わる際、理解するだけでは不十分です。生活に適用する必要があります。そのことによってそれは抽象的な生命のない観念ではなく、実践された現実となります。キリスト教とは、概念だけに関する物ではなく、霊的リアリティーの変化に関係するものなのです。(本書2930頁。下線著者)


さあ、この本とともに「信仰の旅路」を歩みませんか。


JELA事務局長
森川 博己

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2018/03/06

【カンボジア・ワークキャンプ2018】参加者レポート③(森一樹さん)

JELAは2月14~24日にカンボジアでワークキャンプを行いました。

引率2名を含む9名の参加者たちは、JELAが支援して建設されたプレスクール(幼稚園)用のトイレ敷設工事その他のボランティア活動を行いました。また、現地の学校の子どもたちと遊び、カンボジア・ルーテル教会の青年会や礼拝に参加して他国からのボランティアと交流を深めました。

カンボジアの歴史と文化を知るためは、キリングフィールド、拷問博物館、地雷博物館などの見学や世界遺産アンコールワット遺跡の観光も体験することができました。

以下は、森一樹さん(ルーテル市ヶ谷教会)のレポートです。

◇◆◇

私にとって今回のカンボジアワークキャンプは、たくさんの「凹み」が与えられたキャンプでした。10日間の日程で行われたキャンプは、プノンペンでの歴史の学びやJELAが支援する幼稚園でのワークから始まり、コンポンチュナンのルーテル教会や小学校の訪問、そしてシェムリアップでのアンコールワット遺跡群や街の見学と、とても充実したキャンプでした。そんなキャンプを振り返って、私の心に深く残っているのは特に次の三つの「凹み」でした。

最初の滞在地プノンペンでは、キリングフィールドやトゥールスレン収容所の見学を通して、ベトナム戦争後、激化した内戦の傷跡やたくさんの痛みを目にしました。歴史に残るような大虐殺を行った、ポル・ポト率いるクメールルージュへの強い恐怖感や嫌悪感を覚えたことは言うまでもありませんが、それと同時に、私自身もまた彼らと同じ人間であり、そのような残虐な行為を行い得るということに凹みました。歴史を見ても悲劇を起こしたくて起こした例は少なく、多くは、気づいたら悲劇と化しているように私は思います。また人間がいかに暴力的で罪深い存在であるかは、日々のニュースや歴史、そして聖書が明示していることではありますが、私もそんな罪深き人間の一人であることを再確認させられ、とても暗く重たい気持ちになりました。これが一つ目の凹みです。

二つ目は自身の弱さ・無力さに対する凹みです。プノンペンの近郊にある、JELAが支援する幼稚園では、トイレ設営のワークを行い、コンポンチュナンの教会や小学校の訪問では、そこに通う子どもたちと共に遊び・学ぶというワークを行いました。その中でも特に、トイレ設営では、慣れない作業に苦戦し、手助けに来たはずなのに、技術不足や言葉の壁から、たくさんの手間と迷惑をかけてしまいました。このワークを1ヶ月あるいは1年と続けられるのであれば、技術も言語も身につき少しは役に立てたでしょうが、たった数時間のワークでは役に立つどころか、かえって邪魔をしてしまったように感じました。私たちは「ワーク」をしてきたのではなく、あくまで「ワーク体験」をしてきただけで、本当に「ワーク」をするには、費やせる時間も能力もまったく足りていない。そんな思いでいっぱいになり、自身の無力さを突きつけられました。また、一歩街に踏み出せば、人からの施しで生計を立てている子どもやハンディキャップのある人々にたくさん出会いましたが、私にはその全員に施しができるほどの経済力や時間もなく、ただ静かに、短く祈ることしかできませんでした。以上のように時間的にも能力的にもそして経済的にも今の自分は不自由で、無力であると感じ、大いに凹みました。
ワークに励む森さん(黄Tシャツ)

三つ目の凹みは、自身の忘却に対してです。最後の滞在地シェムリアップはアンコールワット遺跡群に最も近い街であることから、観光客向けのお店やレストランがひしめく華やかな街でした。私たちの滞在先も、ハンモックや屋外プールといった設備が充実した、リゾート地を思わせるようなゲストハウスでした。最初は、「ワーク」キャンプなのだからと自身を戒めるよう努めていたものの、心地よく快適な環境に身を置いていると、悲惨な歴史や自身の無力さにたくさん凹んだにもかかわらず、そんな痛みや凹みを忘れていくような感覚になりました。「あんなに落ち込んだのに、何もできずあんなに悔しかったのに」。そんな感情が日に日に薄まっていくようでした。私たち人間には、辛いことや苦しいことから自分自身を救うシステムの一つとして、物事を忘却できる力が備わっていると私は思います。しかしこの忘却のシステムは時に、忘れてはならない思い出や痛み、そして悔しさまでも忘却させてしまいます。今回はまさにその例であり、そんな自身のどうしようもない忘却にまた凹みました。

これらの「凹み」に対する私の答えは帰国までには見つかりませんでしたが、多くの「凹み」から自身の無知・無力に気づかされ、恥ずかしいと思わされました。そして、それらを忘却させず、克服するためにもっと学びたいと心から思えたことが、このキャンプの一番の思い出であり、収穫でした。

たくさん凹まされたキャンプでしたが、それと同じくらいたくさんの喜びも与えられました。カンボジアという異国・異文化を通して与えられた学びや、新たな友人達との出会いや交流、そして何より、本当の家族と見間違われるほど仲を深めあえたチームメイトの存在。一人でも欠ければこの喜びはなかったと思えるほど、チームメイト一人ひとりの愛にたくさん満たされました。どの恵みも思い返すと胸が温まり、笑みが溢れてくるような素晴らしいものでした。

最後に、このような恵み多きキャンプを企画・運営して下さったJELAとその職員の方々、そしてそのJELAを支える皆様一人ひとりに心から感謝をし、報告を終えたいと思います。

◆◇◆