2018/08/14

【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート7(井上 水樹)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。



参加者の感想文を掲載します。


◇◆◇

井上 水樹・18歳(京都府)

高校3年生になって初めてこのキャンプに参加しました。終わってから私が初めに思ったことは、もっと前から参加したかったということです。そのぐらい充実してました。

ホームステイ先から離れ、クルー(*一緒に家の修繕をする仲間)との初対面の日。とても緊張していました。どんな人かなとか、みんな日本人を受け入れてくれるかなとか、英語どんだけ喋れるだろうとか、いろんなことを考えてとっても不安でした。

自己紹介の時、自分の番が回ってくるのがとっても怖かったですが、いざ自分の番になって自己紹介すると、優しく受け入れてくれて嬉しかったです。クルーの中で私が一番年上の18歳だったのでみんなにびっくりされたのは、思い出しても面白いです。

2日目からワーク作業を開始しました。私のとこのワークは、ペンキ塗りとかではなく、電動ドライバーでネジをとめたり、プラスチックの板を家の外周にはめるといった作業でした。

初めて家の修繕みたいなことをするので、どうしたらいいかわからず戸惑いました。他のみんなは私よりも慣れた手つきでやっていて、さらに焦りも感じました。また、メジャーの使い方が、日本でセンチメートルやメートル単位で数えますが、アメリカではフィートという単位で長さを図るので、慣れない単位で苦労しました。
まだ完全にクルーと打ち解けていない状態で、お昼ご飯の時とかもずっと緊張していました。でも レジデント(*修繕する家の住人)の方やクルーの人が話しかけてくれたおかげで、徐々に打ち解けていくことができました。

私はクリスチャンではないのですが、昼のディボーションタイム(*聖書を用いての分かち合いの時間)で、神様についてや神様と自分を結びつけて考えることがあり、普段考えたこともないようなことを考え、それを英語で話すということはとても難しいことでした。後から日本語で振り返った時に、もっとこう言えばよかったなとか、この考えのほうが伝わりやすかったかなと考えました。

夜のプログラムで私が一番印象に残っているのは、自分を赦せるなら鉛筆を折るというものです。私は自分を赦すことが出来ず鉛筆を折ることができませんでした。なんで赦せないのか自分でもわかりませんが、ここで折ってしまうのは違うなと思いました。

私はこのキャンプを通じて、神様と向き合うのはもちろん、今まで人生の中で一番自分自身と向き合うことができたなと思いました。自分の心の中で思っていることを自分でちゃんと読み取り考えることができたのは、このキャンプだけだと思います。私にとって忘れられない、とてもいい経験になりました。

◆◇◆


【信仰書あれこれ】教皇庁の説教師による来日講和

ラニエロ・カンタラメッサ著『聖霊とエウスカリスチア』(澤田和夫訳、2005年、サンパウロ)をとりあげます。著者はヨハネ・パウロ二世などが教皇の時代に、30年以上にわたりバチカンで教皇や枢機卿のための説教師を務めた司祭です。バチカンの説教師になる前には、ミラノ大学で教会史を教えたり宗務部長を務めたりしています。

伝統的なカトリック司祭として出発した後、カリスマ刷新を体験し、教皇庁の説教師となたった時点では、その運動を擁護する立場にありました。

本書は、著者が2005年5月上旬に来日して黙想会で語った内容とミサでの説教を編集した百ページ弱の冊子です。以下では、カリスマ刷新への自らの関わりについて触れた「聖霊の洗礼」という講和から引用します。

◇◆◇

カリスマ刷新の本質

  • カリスマ刷新に参加することは、教会の心臓部に入ることを意味します。何か奇妙なセクトに属するようになるのではありません。(38頁)
  • カリスマ刷新は、多くの司教や司祭が考えていることとは正反対に、表面的で感情的なものではないということが分かりました。それは、福音の真髄へと人を導くものです。つまり、イエスの十字架に導くものです。(44頁)


カリスマ刷新に関わる経緯と進展

  • その霊的な歩みに私が同伴していたご婦人が、ミラノである黙想会に参加なさって、戻って来て、「あそこで、とても変わった人たちに会いました。まったく変わった仕方でお祈りをするのです。手を上げて祈ったり、自分たちの間で奇跡が起こるなどと言ったりしています」と言うのです。賢明な霊的指導者として、私は彼女に言いました。「そこへ二度と行かないように」と。(39頁)
  • ある時、私はローマで行われていた(カリスマ的)祈りの集いに参加して、……人々は自分たちの中に司祭(=私)がいるのを見て、ゆるしの秘跡を受けに来ました。告白を聴いた時、私にとって大きなショックでした。こんな深い悔い改めを今まで見たことがなかったのです。それで初めて分かりました。「聖霊によって罪があると確信させられるとは、このようなことだ」と、……その人の魂から罪が落っこちて来るかのようで、目には涙があふれていました。「これは神のみわざだ」と認めざるを得なくなりました。(39~40頁)
  • 伝統的なカトリック司祭として、第二バチカン公会議以前の教育をしっかり受けていた者として、何か新しいものに対する恐れがありました。……それで、(カリスマ的)祈りの集いの時に、私の心の中にこんな考えがありました。「私はフランシスコ会員だ。私の霊的な父はアシジの聖フランシスコだ。美しい霊性がある。その他に何が必要か。この一般信徒たちが私に何を与えることができるのか……」という思いがずっと心にありました。その時、そのグループの一人が聖書を開いて、私のことを何も知らない人でしたが、読み出しました。洗礼者ヨハネがファリサイ派の人々に言った言葉でした。「『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな。言っておくが、神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを作り出すことがおできになる」<マタイ3:9>。主が私の異議に答えてくださったのだと分かりました。それで立ち上がって……話しました。「主よ、これからはもう決してアシジの聖フランシスコの息子などと言いません。なぜなら、私はまだ本当に聖フランシスコの息子になりきっていないからです。本当の霊的な息子になるために必要ならば、『聖霊の満たし』を受けましょう」。私は受諾しました。(42~3頁)


カリスマ刷新を経験した後の変化

  • ワシントンにあるカプチン会修道院へ戻る飛行機の中で、実際に私の中で何かが起こったことを自覚し始めました。聖務日祷を唱えるために本を開くと、祈りが全く新しい詩編のように思われました。それは、ちょうど前日に私のために書かれた詩編のように思われました。聖霊が来てくださることの最初の実りの一つは、聖書が私にとって生きた書物になるということでした。(46頁)
  • (バチカンでの奉仕の)第二年目の四旬節に、聖霊による洗礼について話すようにと、主が望んでおられることが分かりました。それで教会の心臓部において、私は「聖霊による洗礼」について話しました。……「『もう私たちは聖霊を受けた』と言い張らないように」と勧めました。「私たちはすでに司祭であり、司教であり、一般信徒の方が自分の上に手を置いて祈る必要はない」と言わないようにと。そんなことを言ったら、イエス様は答えられるでしょう。「私も、母マリアから生まれた時から、聖霊に満たされていたけれど、……信徒のヨハネから洗礼を受けました」。その説教の後で……ある枢機卿が私を引きとめて、明らかに感動しながら言いました。「きょう、この部屋で聖霊が語っているのを聞きました」。(50頁)


本書には、この講和の実践編とも言える別の講話「聖霊の洗礼に必要な回心」も収録されていて、「聖霊の洗礼」を受け、それを味わう順序として、①自分の罪を認める、②罪を悔い改める、③もう罪を犯さないという決心、④第四段階は罪を滅ぼす、⑤最後の段階は喜びと幸せです、という区分で具体的にわかりやすく説かれます。大変興味深い内容です。

JELA事務局長
森川 博己

◆◇◆

【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート6(玉置 千紘)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。



参加者の感想文を掲載します。


◇◆◇

玉置 千紘・16歳(東京都) 
 
このワークキャンプで私は、高い言語の壁を知ると同時に、神様についてもっと深く考え、もっと身近に感じることができました。

私は今回、今までの人生で初めて、周りに誰も日本語を少しでもわかる人がいない状況に置かれました。他のクルー(*家屋修繕作業を一緒にする仲間)はgoogle翻訳を使ってくれたところもあったと聞きましたが、私のクルーは、ワーク中は携帯を見ずに同じクルーの人と親交を深めよう、というルールをきちんと守っていて、翻訳は使えませんでした。

ワーク初日は、何かを取ってほしいと頼まれてもその何かがわからず、わざわざ作業を止めて説明してもらったことが何度もありました。これやる? と聞かれたときにその機械を使うのが初めてで怖かったのと、嬉しかったけれどみんなの作業の邪魔になっているようで申し訳なさや不甲斐なさを感じ、やらないと言ってしまって、そこから仕事を手伝いづらくなって、みんなとのコミュニケーションもあまりできないまま終わってしまいました。

夜、プログラムのためにジムに行ったら、スクリーンにその日のテーマが大きく書いてありました。“COURAGE”(*勇気)。今の自分の状況にぴったりでした。どうにかしてみんなに、私がもっと働きたいしもっとみんなとコミュニケーションをとりたいということを伝えたいと思ったけれど、手段がわかりませんでした。そうしたら、プログラム中に、同じクルーのみんなにケアカードを書いて手渡すことになりました。これだ! と思い、みんなのケアカードの最後にその内容を書いて渡しました。

次の日からはだんだんとコミュニケーションもできるようになって、みんなのジョークにも一緒になって笑えるようになりました。不思議なことに、毎日のテーマが、その日の私の反省点にぴったりでした。神様がこれらすべてを導いてくださっているのだと感じて、辛い時があっても不思議と心の奥底に安心感がありました。

夜のプログラムでは毎日毎日テーマについてゆっくり考えました。私はたまに神様に対してお祈りをするときに、こんな感情をもっていてはいけないと思って自分の心を偽りたくなる時があるけれど、特殊な環境にいたからこそ、驚くほど素直になれました。

私にとって印象に残った出来事がもう一つあります。ワーク二日目のお昼のデボーション(*聖書を介した分かち合い)でのことです。その日は私が初めにお祈りをしなければいけませんでした。英語で準備すれば、私が何を言っているのかクルーがわかっていいのかもしれないとも思いましたが、私は自分がその時にお祈りしたいと思ったことが一番神様に伝わるためには日本語でやるべきだと思い、日本語でやることにしました。クルーのみんなはとても喜んでくれました。ありがとうと言って笑いかけてくれた時は、泣きそうになるほど心が温まりました。


その日の夜のプログラムで、その日印象に残った出来事を全員の前で話す時間に私のクルーの男の子は、私の日本語でのお祈りが嬉しかったと話してくれました。それを聞いて嬉しかったし、私のお祈りが神様にきちんと届いた気がして、神様を今までにないくらい身近に感じることができました。

キャンプでは辛いことも多かったけれど、その分多くの幸せも感じることができました。最後の日、一番お世話になったクルーリーダーが言ってくれた「言葉の通じない外国に来て自分も大変なのに、自分を後回しにして困っている他の人を助けられるあなたを尊敬しているし、あなたに会えたことで私はたくさん勇気をもらった」という言葉が忘れられません。このGRIT(*困難を乗り越える勇気。今回のキャンプのテーマ)をどんなときも忘れずに過ごし、またワークキャンプに参加したいです。

◆◇◆


2018/08/13

【信仰書あれこれ(映画)】アーミッシュの生活と刑事サスペンスをからませた傑作


 
『刑事ジョン・ブック/目撃者』をとりあげます。監督ピーター・ウィアー、主演ハリソン・フォード1985年に作られたサスペンス映画です。
 
◇◆◇
 
アーミッシュの村を一時的に離れ、母親と都会を訪問することになった寡黙な少年サミュエルは、大きな駅での乗り換え時間に利用したトイレで殺人事件を目撃してしまいます。ハリソン・フォード扮する精悍な刑事ジョン・ブックが犯人を捜すためにこの母子を、色々いかがわしい場所に連れまわすことから、物語はスタートします。


 
母親役のケリー・マクギリスと刑事ジョン・ブックの内に秘めた愛と別れ、少年一家その他のアーミッシュの信仰をもつ人々が暮らすペンシルベニア州ランカスターの村(ここに、命を狙われ負傷したジョン・ブックが何週間も身を潜めます)の風景と暮らしぶりなど、登場人物の心理描写と生き方が丁寧に描かれています。サスペンスとユーモアを巧みに織り交ぜた構成が見事で、アカデミー賞脚本賞と編集賞を受賞しているのもうなずけます。
 
私はこの作品を三十数年前の公開当時に映画館で観て、アーミッシュの存在を初めて知りました。当時、本作に触れた多くの日本人もそうだったのではないでしょうか。現代に生活しながら電化製品を一切使わず、ダンスや歌といった娯楽を避け、移動手段は馬車。食物も自給自足でしょうし、大工仕事も自分たちでやります。村人総出で新婚夫婦のために小屋を建てるシーンでは、「よそ者」のハリソン・フォードが、にわか大工を手慣れた手つきで演じます。彼はデビュー後しばらく俳優として目が出なくて、大工仕事で身を立てることを真剣に考えていた時期があり、その時の経験が役立ったようです。
 
映画のパンフレットにウィアー監督の次の言葉が載っており、目の付け所に感心します。「300年前、米国に渡って来て、野を耕し、考えをめぐらした人々と、ほぼ同様の生活をしている人たちがこの地におり、今でも変わっていないという事実が私の興味をそそった。……アーミッシュはいわば白人の民族社会で、宗教は彼らにとって文化であり、それは日曜ごとに教会に行くといった類のものではない。……このとてつもないタイムスリップは、1985年の“メディア時代”にとって、映画にドラマにうってつけの題材と言える。以前に、それが試みられていないことに私は驚いている」。
 
本作は、ハリソン・フォードの傑作であるのみならず、アーミッシュの暮らしを丹念に描いている点で興味尽きない映画です。
 
JELA事務局長
森川 博己
 
◆◇◆
 
 

【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート5(梅津 幸奈)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。



参加者の感想文を掲載します。


◇◆◇

梅津 幸奈・16歳(東京都)

昨年に続いて二回目の参加です。ワークキャンプでの学びがきっかけで、今年の3月に堅信礼を受けました。自分の意志で信仰の道を進むと決め、その思いを持って参加しました。

今回のテーマ「Grit(障害や試練を乗り越えるための勇気・忍耐力)」を初めて考えた時、私が信仰を持ち続けるために必要な「何か」だけれど、漠然としか想像ができませんでした。とりあえず、出発前に心に決めたことは、昨年は英語があまり話せず後悔し、初めての海外で緊張することも多く仲間に助けられたので、①英語でたくさんコミュニケーションをとること、②初めて参加する仲間を少しでも助けること、でした。


事前に知人に英会話の特訓をしてもらったお陰もあり、今年はホストファミリーやクルーメンバーの言っていることがよくわかりました。英語が下手でも昨年も友達ができ充実していましたが、言葉がわかるとより一層交流が深まるので、やはり準備 は大切だと思いました。

聞くことは上達しましたが、伝える方はまだまだ力不足を感じることもありました。それでも諦めず伝えようと努力をしていると、クルーメンバー(*家を一緒に修繕する仲間)が私の思いをより深く説明してくれたり、わかりやすい言い方を教えてくれたりして、助けてくれました。「家族と離れ、慣れない言葉を使い、困った人のために働くことは勇気のいることだ」と言ってもらい、勇気が湧いて、一人で頑張るのではなく、みんなを信頼して一緒に頑張れば良いことに気付かされました。


素晴らしいクルーメンバーに恵まれ、同年代の友人とボランティアや神様のことを語り合う機会を持つことができて、デボーション(*聖書を介した分かち合い)は貴重な時間でした。


一人暮らしのお年寄りのお宅のペンキ塗りや階段作りは大変なこともありましたが、辛いとは感じませんでした。最後の日に娘さんが涙を流して喜んでいました。


最終日のデボーションで「今までとは異なるどのような方法でイエスを見て体験したか」を話し合った時、全員同じ答えがすぐに浮かびました。それは「国や言葉や文化が違っても、わかり合い、助け合い、神様の愛を伝えるために行動する仲間を通してイエスさまを感じることができた」という思いでした。私がこれから信仰の道を歩む中で苦しい時があるかもしれませんが、同じ思いを持ち、わかり合える仲間がいることを身をもって感じたこの経験は、これからの私の大きな支えになると思います。

最後になりましたが、このキャンプを支えてくださった皆様、お祈りくださった皆様に感謝します。



◆◇◆



2018/08/10

【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート4(濱口 理紗子)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。



参加者の感想文を掲載します。


◇◆◇

 濱口 理紗子・18歳(滋賀県)

ワークキャンプに参加するのは、今回が初めてでした。アメリカに行く前は、ワークがどれくらい大変なのか分からず、不安と緊張もありましたが、その反面、アメリカの人と仲良くなれるチャンスにワクワクしていました。その頃、私は英語に少し自信があったので、会話には困らないだろうと楽観的に考えていました。

キャンプが始まると、その考えが甘かったことに気づきました。何しろ、アメリカの若者の英語は速くて、聞き取れないこともあったし、テンポが速くて会話に入れない、答えられないことが多かったです。自分がどれだけ詰め込み教育を受けてきたか実感しました。

キャンプ1日目から心が折れそうでした。クルー(*家屋修繕作業をする仲間)が盛り上がっている中、それに入れなかったり、質問されても緊張して気の利いた答えができなかったりすることに対する悔しさでいっぱいでした。そんな中、クルー最年長のリーダーは私に簡単な仕事を割り振ってくれたり、工具の使い方を教えてくれたり、ブレークメーカーの仕事(*クルー全員のランチを現地に運んだり、作業中に休憩時間を指示する役割)を手伝ってくれたりしました。また、夜のディボーション(*聖書を介した意見交換)のときに、日本から参加したみんなでその日の良かったこと、悪かったことを共有したことで、自分と同じ悩みを抱えている仲間を見つけられ、安心し、頑張ろうという気になれました。

3日目くらいからクルーとの仲が深まったと思います。きっかけは、音楽でした。クルーの1人の女の子が移動中の車内や作業中に音楽を流してくれて、みんなノリノリで歌ったり踊ったりしました。
最初は遠巻きに見ていただけだった私に、一緒に踊ろう! とさそってくれたのです。私が知ってる曲や、世界共通のディズニー映画の曲を流してくれて、私でも盛り上がれるようにしてくれたことがとても嬉しかったです。そこからは、自分からも話しかけるなどして、少しずつクルーと会話できるようになっていき、それが楽しかったです。また、今まで触ったことのない工具を使えたり、初めてペンキ塗りをしたりしたのもいい経験でした。


最終日、作っていたポーチが完成したときは、すごく達成感がありました。それと同時に、一緒に作業してきて、より友情の深まったクルーと別れる寂しさがこみ上げてきました。言葉が伝わらなくても伝えようとする意思や、理解して受け入れようとする態度があれば仲間になれることを学びました。

ワークだけでなく、夜や朝のプログラムなどでも学びは多かったです。私はキリスト教徒でもなく、教会に通っているわけでもないです。単にキリスト教の学校なので週に一回キリスト教の授業で軽く習っているくらいで、今まで神様についてこんなに真剣に考えたことはなかったです。また、自分の今日一日の出来事を振り返って、反省することも今までなかったので、デボーションを通して良い習慣が身についたと思います。

本当にいろんな意味で成長したキャンプの5日間でした。この経験を将来に活かしていきたいです。


◆◇◆

【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート3(木下 智香子)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。



参加者の感想文を掲載します。


◇◆◇
 
木下 智香子・15歳(大阪府)

初めてのアメリカで、初めてのワークキャンプを体験して、私は霊的にも言語的にも成長出来たと思います。

行く前は知り合いがひとりもおらず、こんな状態で日本語が通じない所に行って大丈夫なのかとても心配でした。でも、前泊組とは羽田空港で、他のみんなとは成田空港で会って、すぐに打ち解けて初日から充実した日を過ごすことができました。

およそ13時間もの長い時間、飛行機に乗ってアメリカに着き、何日かホームステイをした後、ワークキャンプに行きました。日曜日の夜のプログラムでクルー(*一緒に作業する仲間)と会って自己紹介をしましたが、日本人は私ひとりしかおらず、自分が話す英語は伝わっても向こうから話かけてくれる英語が分からないという状態で、それに加えて、二つのクルーが一緒に作業をするというダブルクルーで、キャンプ初日から精神的に辛くなりました。

夜のプログラムのあとに日本人ユースグループだけでデボーションがありました。次の日の朝からワークで、朝の集合時間や場所を伝えられている子も多かったのに私は何も伝えられていなくて、余計に不安が募りました。そして堪えきれず泣いてしまいました。

次の日の朝、ブレークメーカーの仕事である昼ごはんの用意をあたふたしながらもやり、朝ごはんをユースグループと食べて、不安になりながら朝のプログラムに向かいました。その後に何事もなく車でレジデンス(*修理する家)に行きました。ここからはほんとにひとりなんだと思うと心細かったけど、周りのクルーが何とか助けてくれて、違う国でも関係なく神様はいて心は通じあっているんだなと感じました。

私のグループは大掛かりなスロープを作るという仕事で、初日から深い穴を掘りました。手袋の上からシャベルを持っていたにも関わらず、その日の仕事が終わった後はとても手が痛かったです。レジデント(*修理する家の住人)の方は高齢のご兄妹で、お兄さんは毎日ワークを手伝ってくれて良い方だと思いました。


日本とは違って涼しくて乾燥しているので、暑くて大量の汗をかくようなことはなかったけど、普段よりたくさん運動したのでとても疲れました。みんなの力になれたか分からないけど、良い経験ができたと思います。

宿泊施設の中学校では、お風呂に水着で入らないといけなかったり、ご飯がおいしくないときもあったけど、神様から導かれてアメリカに来てボランティアをしていると思うと、そんなことくらいどうってことないと思いました。辛かった分友達ができたし、日本人やアメリカ人との絆も深まったと思いました。

毎日の夜のプログラムやデボーション(*聖書を介した分かち合いの時間)でその日の反省をしたり今までの辛かったことや楽しかったことを思い出したりして、一人の時間に涙がでてきたり、みんなで分かち合いの時間があってスッキリしたり、初めて聞くワーシップソングを分からないながらに歌ったりして、こんな濃い時間が過ごせるとは思っていなくて楽しかったです。

水曜日の夜のプログラムにはバラエティーショーがあり、オーディションを突破した人たちが得意な歌やダンスを披露していて、私たち日本人グループはトリにBMO(Break Makers Only)という名前でソーラン節を踊りました。みんなに期待されていて、緊張したけどその分悔いのないように踊れて、日本人ユースグループとの絆が深まったと思いました。
 
最後に、今回のワークキャンプを通して、今まで以上に神様のことをたくさん考えた二週間だったなと思います。アメリカで経験したことすべてが糧になったので、これを活かしていきたいと思います。

◆◇◆


2018/08/09

【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート2(太田 士勇也)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

参加者の感想文を掲載します。

◇◆◇


太田 士勇也・16歳(東京都)

ワークキャンプは1週間、現地の学校に寝泊まりをして、地元の困っている人たちの家を直しに行くというものでした。

アメリカ人約200人に日本人13人が参加するというとてもアウェイな場所で、5~6人のクルーというグループに分かれて作業をするというもので、出身も年齢も言語も文化も違う人たちの中に一人で、英語も分からないまま入っていくのはとても心配でした。

ワークキャンプ初日にクルーのメンバーで顔合わせをして一人ずつ自己紹介をする場が設けられました。僕は英語がわからず相手が何を話しているのか、自分は何を話したらいいのかが分からなくて混乱していて、こんなキャンプ早く終わればいいのにと思っていました。


ワークキャンプ2日目から実際に作業が始まりました。レジデント(*修繕対象家屋の住人)の家に行って、いざレジデントに会ってみると、おばあさんと猫が細々と暮らしている家で、何か心の中に寂しさのような感情を抱きました。

作業をしていく中でクルーのメンバーと少しずつ話し、段々と打ち解けていくような気がしてとても嬉しかったです。自分が日本から来て英語がわからないという状況をみんなが把握してくれて、Google翻訳などを使って優しく接してくれたことが今でも忘れられません。


夜にはみんなでダンスを踊ったりカードゲームをしたりと現地の人と交流する機会があり、キャンプに参加している人たちとたくさん遊んで、たくさん笑ったことが最高の思い出です。

お昼には毎日、ディボーション(*聖書の学び)の時間がありました。昼食をとりながら神様のことについて考える時間でした。ディボーションの時間では自分の意見を言う場があり、最初の方は心配で思うように自分の意見が言えなかったことが残念でした。しかし、クルーと作業を続けていくうちに段々みんなと打ち解けていき、最終日には別れが惜しくなるほどの関係になれたという経験が大きな人生の糧になったと思ってます。

ワークキャンプ最終日は、クルーのメンバーや自由時間に遊んでくれた人たちと別れるとか、とても辛くて寂しくて自然と涙がでました。1週間のキャンプの中で出身も年齢も言語も文化も違う人たちと仲良くなれたことを誇りに思っています。



◆◇◆