2018/11/30

【宣教師支援】短期宣教師たちとのランゲージエクスチェンジ実施中!

JELAは、毎年10月に、ELCA (Evangelical Lutheran Church in America) から、数名の短期宣教師(J3)を迎えて、熊本の学校へ英語教師として派遣されるまでの数か月、日本語研修の支援をおこなっています。

今年の3人の新しいJ3たち (エリンエリカジョーダン) が来日して、もうすぐ2ヶ月。

今年初めての取り組みとして、不定期ですが、J3と職員でランゲージエクスチェンジ・ランチを始めました。

ランゲージエクスチェンジ……それは、それぞれが持つ語学力を交換しながら、異文化交流も深めてしまう一石二鳥の取り組みです!

基本的に、J3は日本語で、職員は英語で会話をするようにします。

なんと表現したら良いのかわからない時は、聞いたり調べたりしながら、何度も言い直してお互いに趣味の話や休日の話をしています。
今後は、英語もしくは日本語だけの日、など変化をもたせていければと考えています。
これからも、お互いの語学のスキルアップに繋がる時間を持っていきます。

J3とのランゲージエクスチェンジ・ランチは、12月中旬まで、JELA事務局近辺で行われます。
参加をご希望の方は、jela@jela.or.jp までご連絡下さい♪

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2018/11/19

【信仰書あれこれ】説教・伝道・戦後をめぐって

平野克己編『聞き書き・加藤常昭――説教・伝道・戦後をめぐって』(2018年、教文館)をとりあげます。

2017年の夏の二日間に、四人の日本人キリスト教教職者が聞き手となり、米寿を迎えた加藤常昭氏と説教や伝道などについて自由に話し合った内容をまとめたものです。

以下で引用するのはすべて加藤氏の発言です。

◇◆◇

牧師の使命が「職業化」することの問題
  • ……「あっ、牧師の務めは怠けることもできる」と気付きました。ルーティーンワークになって、忙しくしていて「いつもの通りに準備して、いつもの通りに説教していればいい」という誘惑に駆られます。……「自分にとって牧師が職業化している」、職業としての牧師職が成り立ち始めていると感じた時に、とても怖くなりました。その時に、一生に一度ですけど、「牧師は辞めた方がいい。こんな不誠実なことはない。牧師という商売をやったらダメだ。現状では、商売になりつつあるじゃないか、お前」という気持ちになりました。……「牧師を辞めなくてはいけない。そうしないと神様に対して不誠実だ」と問いました。(56~57頁)
  • ……牧師は皆忙しい。結婚式、葬儀、堅信礼教育……。そうすると、説教を手早くまとめるようになって、日曜日に説教という言葉を語ることに上手になっていきます。(中略)牧師が職業化し、説教も一種の職業的営みの中で固定化していきます。固定化すると何が起こるかというと、いのちがなくなるんですよ。(124頁)

説教に求められること
  • 説教者を問う』の中でも、アメリカの歌手のトンプソンによる、オランダでの歌手育成のセミナーの例を挙げています。その時にアルトの歌手が行き詰ったような歌い方をした時に、「あなたは聴き手なんか無視しなさい。自分自身のために歌いなさい」って言っています。その歌手をくるっと後ろ向きにさせ、歌わせています。私は非常に感動しました。自分自身を生かすことができない歌が、聴き手を生かすことがあるでしょうか。……説教は自分自身を新しい悔い改めに誘い、キリストによって義人として装われるというプロセスをいつも起こす説教であるはずです。(147頁)
  • 私が実践神学を教わった平賀徳造先生がよく言われたのは「説教というのは御前講義である」ということです。……平賀先生は、私たちは、神の御前、キリストの御前で語っているのだと言っておられました。(148~149頁)
  • 日本は幸いにして、説教によって自分の礼拝出席を左右するという考え方はありません。それでも、逆に言うと、それで牧師が怠けていることがあると私は見ています。それで、信徒はその牧師がどんな説教をしようが、めったに何も言わないでしょう。それが一つの日本での困った状態を作っている……。(168頁)

自由祈祷の大切さ
  • 私は自由祈祷を非常に重んじています。式文祈祷でないほうがいいと思っているんですよ。聖餐の祝いの時でも自由祈祷です。……プロテスタントの基本は自由祈祷だと思います。だから礼拝の祈りはもう当然のことで、自由な祈りができなくてはいけません。……自由に言葉を発した時に、いつもフレッシュな祈りになっているということが大切です。日頃の祈りの生活が問われることだと思っています。日頃どんなに生きた交わりを主イエスと交しているか。……今の日本でいきいきと信仰に生きている時に、牧師がどんなに力のある自由祈祷ができるかということです。長老も信徒も含めて、教会が生きているしるしになると私は思っています。(169~170頁)

LGBTについて
  • なぜそういうことが現代において表面に出て来るかというと、今、人間は自分中心のものの考え方しかしないでしょう。聖書の言葉よりも、自分の思い、願い、欲望が先なんです。そういうことではなくて、神のみ言葉の前では自分のどんな思いも、抑制するとか捨てるとかいう決断があるはずだと思います。そういう意味では、対応しながら、そういうふうに導くことができないかなという思いがあるんです。だから基本的にはあまり賛成できない。……それは、キリスト者の倫理としても単純に許されることではありません。ただ、律法主義的に裁くことでもないのです。なぜかというと、万人の中にある一つの傾向が、神の戒めに背くというのは、例えばそういう形で出て来ると思うからです。そのことについて同情は持たなくてはいけません。だからと言って、賛成するということでもないと思います。(248~249頁)

加藤常昭氏はキリスト新聞社発行の『自伝的説教論』と『自伝的伝道論』においても、自身のキリスト信徒・牧師・神学者としての歩みを詳細に振り返っていて、参考になる面が多々あります。

JELA理事
森川博己

【信仰書あれこれ】日ごとの恵みを与えてくれる本

ジョージ・ダンカン著『日ごとの恵み――ケズイックの霊想』(増田誉雄訳、1981年、いのちのことば社、原著は1975年)をとりあげます。

副題にある「ケズイック」というのは、ケズイック・コンベンションのことであり、イギリスを発祥とする、ホーリネスが始めた超教派のキリスト教の聖会です。日本でも毎年行われていて、ジョージ・ダンカン氏は1963年から80年にかけて、講師として5回来日されています。

以下では、二つの黙想を引用します。

◇◆◇

生きることは建てること(9~10頁)
「だから、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。」(マタイ7・24)
  • (前半略)主イエスは、人の生には決定的な要素というものがあることを示している。機会は全ての人に平等に与えられている。ここに出て来る二種類の人たちも、主のことばを聞く機会を平等に与えられている。しかし、それぞれ異なった選択をしており、それが決定的なものになっている。このことはまた、教会に集う人々についても言える。同じ教会に出席し、同じ説教を聞き、同じ聖書を持っていながら、各人各様の選択をする。そして、それが人生に決定的なものをもたらすのである。……聖書は全体を通して、すべての選択の中で、主イエス・キリストに対する選択の態度ほど重要なものはないと強調している。これは、今の世における生だけでなく、来るべき世における生をも決定する。それゆえ、自分の、主に対する態度がどうなっているかを、時間をかけて省みなければならない。私たちは、主のことばを聞いて信仰を働かせ、みことばに服従してそれを行う者となっているだろうか。

確信(13~14頁)
「私は、自分の信じて来た方をよく知っており、また、その方は私のお任せしたものを、かの日のために守ってくださることができると確信しているからです。」(Ⅱテモテ1・12)
  • もし私が営業に携わるとするなら、二つのことで非常に明確に確信を持つことにしたい。まず、自分が販売しようとする商品の価値について確信を持たなければならない。次に、その商品に対する需要があることを確信しなければならない。……優秀なセールスマンにとって本質的に重要なことは、商品価値とか、サービス内容の価値、またそれに対する需要のあることについての強い確信を持つことである。キリスト者の生活についても同様である。「確信していること」が出発点となる。周知のように、初代教会のキリスト者たちは、自分たちの提供しているものの絶大な価値に強い確信を持っていた。……したがって、私たちがまず、より豊かな、満ち足りたキリスト経験に入ることが、何をおいてもしなければならない緊急事である。それは、より豊かないのちにあずかるためばかりでなく、キリスト経験の尊い価値を確信し、他の人々にそれを伝授するためである。もろもろの罪の赦しということを別にしても、日々の実際生活で他の人々に分かち与えるに価する何かを、私たちは持っているであろうか。初代教会において、それはまさにキリスト経験そのものであった。この経験は完全に心を満足させるものであり、驚異的な価値のあるものであったので、初代のキリスト者たちは、キリストご自身を高く掲げて宣べ伝えたのである。

この本は、以前に紹介したO・ハレスビーの『みことばの糧』と並んで、毎日のデボーションに特別に有益なものだと思います。

JELA理事
森川博己

サムエルカン・ワーシップコンサートに、キャロル・サック宣教師が出演 ♪

サムエル・カンさんは、日本各地の教会や集会、社会福祉施設にて賛美奉仕・コンサート活動を行うゴスペル・シンガーです。

3枚目となるアルバム作成に取り組む中、どうしても、詩編55:22をテーマとした楽曲にハープの音色と祈りの歌声を入れたい、とJELA事務局にリクエストを寄せられ、リラ・プレカリアのディレクターを務めたキャロル宣教師とのコンサート共演が実現しました。


「あなたの重荷を主にゆだねよ。主は、あなたのことを心配してくださる。主は決して正しい者がゆるがされるようにはなさらない。」(詩編55:22)

「ともに神様を見上げ、励ましをいただく時間を持ちましょう」と、キャロル宣教師とも息ぴったりのリハーサルでした。

本番もぜひお楽しみに、お足運びください!

【サムエルカン・ワーシップコンサート】
日時:2018年12月4日(火)18:00(会場)/18:30(開演) 入場無料
会場:OCC御茶ノ水クリスチャンセンター 8Fチャペル

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