2019/10/29

【続・信仰書あれこれ】ルッターの根本思想

日本におけるルター研究の開拓者である佐藤繁彦の『羅馬書講解に現れし ルッターの根本思想』(1932年、ルッター研究会、限定350部)をとりあげます。

本書は、著者が京都帝国大学文学部に提出した博士論文に大幅に修正追加を施したものです。そして、著者の研究生活の収穫であるのみならず、その信仰生活の所産であると序文に記されています。

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以下では、序説で示されるルター神学の要点をいつくかご紹介します。漢字仮名については原文の旧表記を現代表記に改めましたが、マルチン・ルターについては、「ルター」ではなく、原文通りの「ルッター」で引用します。

神の超在と内在
  • スコラ神学は、神によって定められた普通の秩序を、神が破壊する異常な出来事においてのみ神の全能を見ようとしたが、ルッターは、世界の普通の進行において、神の最大の奇跡を見たのである。かく、ルッターは、神の超在を説くよりも、世界における神の内在を説き、そこに神の活ける活動を見ようとしたのである。(6~7頁)

神の働きかけへの人間の服従
  • ルッターの神観には、人間の思索もしくは願望が、問題となりえなかったことは、明らかだ。ルッターは、実在する神が、人間に対していかなる態度をとるかを一切とした。……ルッターの神観は、神の働きかけを中心とする神観であったのである。例えば、ルッターの『小教理問答』を見ても神は創造の神であり、維持の神であり、支配の神であって、人間は全くただこの恩寵の神に感謝し服従する以外、何らの可能性を持ちえないのである。この思想は、ルッターの神観の根本的特徴を示すものであって、神に服従することが彼の宗教であり、かく服従することも、人間のためではなくして、全くただ神のためであるのが、彼の宗教だったのである。(15頁)

隠されたる神
  • 神は霊であるが、世界は肉であるから、世界における神の活動は必然、隠されることになるのである。ルッターには、この場合、「隠される」ということは、「霊的」ということであったのである。霊的な神の霊的なわざは必然、肉である世界に隠されるわけであるが、同様に、肉である人間にも隠されるわけである。ここで、「肉」に対立するものとして、すなわち、「人間の念」に対立するものとして、「信仰」が問題になるのである。ゆえに、「被覆」は、「啓示」の前提であるばかりでなく、信仰の前提でもあるのである。そは、「信仰」は信仰の対象が被覆されるときのみ、可能であるからである。ルッターは被覆の仮象の奥に真実を見るのが信仰だと解しておる。我らの肉の念は、すぐ被覆に眩惑されるのであるが、「信仰」は、よく、神の意志が何であるかを「被覆」の下に読むのである。(17頁)

人を悔い改めに導くもの
  • ルッターの『羅馬書講解』に現れた悔改観を見ると、そこには、人間の意識的努力とは無関係に、すべてにおいてすべてを働く神が、人間の心のうちに悔い改めを生ぜしめる者として、描かれておるのである。人間が、一般に、真の意志を有することは否定され、霊的生活が問題になる時には、全ては、神の創造的な力にかかることが力説されておるのである。ゆえに、……人間が自発的になし得る「悔い改め」は、ルッターの全く関知せざるものであって、ルッターは、神の愛と恵みのみが、人間を悔い改めに導くことを明らかにするのである。(26~27頁)

神のために神を求める
  • 神を求めるとき、自己のために神を求めるのと、神のために神を求めるのとは、全く違ったことであるということを、ルッターは発見した。自己のために神を求めることは、それがいかに敬虔に見えても、所詮、「自己追求」であって、ただ「対象」が、「最高のもの」に代わっただけで、同時に、自己追求が最も高尚化されたことにすぎないのである。……ルッターは、神を求めることと自己を求めることとの間には、贖われ難い対立を見た。神を求めることは、自己を否定することでなければならない。これが、ルッターの考えであった。(35頁)

本書には『ローマ書講解に現れしルッターの根本思想』(1961年、聖文舎)という現代表記版があります。

私はルッター研究会版を2013年10月に入手してすぐ、時間を忘れて読みふけりました。宗教改革500周年(2017年)を数年後に控え、ルター神学の豊かさに触れる貴重な経験でした。

JELA理事
森川 博己




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2019/10/24

【続・信仰書あれこれ】認知症と信仰


聖書を読んで想う』(渡辺正雄著、2005年、新教出版社)をとりあげます。

著者は科学史の分野で開拓的な業績をあげたクリスチャン科学者。驚きと喜びの源泉である聖書を伝えるべく、長年にわたり自宅を開放して「聖書を読む会」を主宰されました。本書は、その準備ノートから興味深い項目を拾い上げ書籍化したものです。

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以下では、「『ボケ老人』考」と題された部分を紹介します。「ボケ」は今では認知症と言われるのが普通でしょうが、ここでは、原文のまま引用します。

  • ボケてしまったら、せっかく一生懸命に学んできた生命の御言葉である『聖書』のエッセンスが何であったか、全く分からなくなってしまうのではないか。地上の命を終えるときにこそ最も強く呼び求めるべき救い主のお名前さえ忘れてしまうのではないか。いや、さらに、救い主を呼び求めるべきだということすら、私たちの意識から消え去ってしまうのではないか。我々は『聖書』から信仰によって救われると教えられてきたのだが、ボケてしまって、信仰まで朦朧としてしまったら、救われる可能性はなくなってしまうのではないか。(148~9頁)
  • 思うに、ここで本当に問われているのは、実は、死の床での私の信仰如何ではなくて、今日、只今現在の私の信仰如何なのだということに気づくべきではあるまいか。……キリストへの信仰が救いの条件なのであるから、もはや信仰を告白できなくなったボケ老人は救いから外れてしまっていると考えるのか。死者(もはや自分で信仰告白することなどできない者)をも生かすことのできるキリストの力は、お前がボケただけでお前にはもう効力を発揮できなくなってしまうほどに、それほど限られたものと考えるか。(149頁)
  • この問題は、それゆえ、今の時点でキリストを正当に信じるかどうかの問題に帰着するのである。将来ボケた時にどうかの問題ではなくて、キリストの救いは、ボケた者にも死んだ者にも、人間の側のあり方如何に左右されることなく、百パーセント有効に働くということを、今、信じるか否かの問題なのである。私たちはパウロと共に、「私は確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、高いものも深いものも、その他どんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、私たちを引き離すことはできないのである」(ローマ8:38~39)との信仰を、今、告白しようではないか。そして、この「死も生も」の中に当然「ボケも」が含まれているのである。(149~150頁)
  • 次に、我々の周囲におられるボケ老人についてならば、「ルカによる福音書」5章18~26節……に見られるように、主イエスは、当人の信仰ではなしに、この人を主イエスのもとに運んできた「彼らの信仰を見て」この人を救われたのであった。このことを特に銘記しておくべきである。(150頁)
  • 私たちは、ボケるかもしれない将来のことを案じるのではなしに、死者をも生かしたもうイエス・キリストを、今、信じようではないか。心が死んでしまった者をさえも生かしたもうイエス・キリストを、今、信じることが第一なのではあるまいか。(150~51頁)

渡辺氏のキリスト教関連著作で読みやすいものに『キリストに出会う』(丸善ライブラリー)、『科学者とキリスト教』(講談社ブルーバックス)などがあります。また、一般書としては『日本人と近代科学』(岩波新書)、『文化としての近代科学』(講談社学術文庫)などがあります。

JELA理事
森川 博己
 
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2019/10/16

緊急災害支援の募集を開始致します。

このたびの台風19号の被害に遭われた方、そのご家族・ご友人の皆様を思い、心よりお見舞い申し上げます。

JELAは、国内外の大災害に対し、迅速に経済的支援をおこなってまいりました。
東日本大震災(2011年)、熊本震災(2016年)、西日本豪雨災害(2018年)では、被災学生への奨学金給付を行いました。

今回の台風19号の被災地の被害状況は、日を追うごとに詳細に伝わってまいります。
日常生活を回復できるのか、学業を継続できるのか、冬に向けて十分に暖をとることができるのか、不安の中におられる方々に向けて、JELAからの支援を提案させて頂きます。
ブログをご覧になった方は、ぜひお困りの方にJELAの情報をお伝えください。また、JELAへも情報をお寄せください。

お寄せいただきました情報、被災地での必要に応えるべく、JELA支援者の皆様へ支援の呼びかけをさせて頂きます。



なお、JELAでは、JELAの緊急災害支援をご支持下さいます皆様へ、将来の災害に備える主旨の「災害支援寄付金」も随時募集しております。
毎年のように発生する自然災害に対し、無力のようでありながらも、神様の慰めと癒しが被災地の一人でも多くの方に届くよう、備えてまいります。

皆様のご支援を心より感謝申し上げます。

                                      
                                          ⇒ JELA寄付サイトはこちら


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2019/09/27

【続・信仰書あれこれ】地獄と神の愛

山田晶著『アウグスチヌス講話』(講談社学術文庫、1995年) をとりあげます。

本書は、ある教会のうちとけた小さな集まりの中で著者が話した内容をまとめたものです。「アウグスチヌスと女性」「神の憩い」など、興味をそそられる話題ばかりです。

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以下では「煉獄と地獄」と題された章の一部をご紹介します。地獄の存在と神の愛との関係に触れた部分です。

  • 神は無限にあわれみ深いものであるから、地獄などを作るはずはない。だから地獄のことが語られるのは方便にすぎない、という説があります。しかしそういう考え方は、神のあわれみというものを、人間の腹にあてがって考えているのではないかと思います。ですから、そういう仕方で神のあわれみが表象される場合には、神の持っていられるもう一つの側面、非常に厳しい側面、またその厳しさに裏付けられた神の真実の愛、そういう側面が消えてしまうのではないか。すべてのものを包容するなどと言いながら、そこに観念的でセンチメンタルな要素が入ってくるのではないか。「私」のセンチメントに満足を与える「私の神」になっているのではないか。本当の意味でリアルな神の愛は、何もかも無条件に赦すようなものではなくて、ある者たちは容赦なく地獄へ突き落とすという、そういう厳しさを含んだものではないか。それは、人間の愛の観念を超越する側面を有する愛ではないか。それを神の愛が小さいとか、ケチだとか、そんなふうに取るのは根本的にまちがいで、そのような厳しさに裏付けられた愛こそは、真実の愛だと思うのです。(94~5頁)
  • 地獄にゆくか否かは、犯した罪が人間の眼から見て大きいか小さいか(たとえば殺人か万引きか)によって決まるのではなくて、当人が自己の罪を悔い改めているか否か、それも、人々の前にその悔い改めを表明しているか否かではなくて、神様の前に悔い改めてそれを神様の前に表明しているか否かにかかっています。そのことの典型的な例として、……十字架上に、イエスのかたわらにおいて自分の罪を告白し、イエスから赦されて死んだ盗賊をあげることができます。恐らく彼は、国法から言えば、大罪人であったでしょう。イエスのとなりに十字架にかけられるまでは、自分の罪について考えたこともなかったかもしれません。憎悪と復讐のかたまりであったかもしれません。それが、イエスのかたわらで、不思議にも、素直になり自分の罪を悔い改め、赦しを乞いました。それに対してイエスは、即刻に完全な赦しを与え、天国にイエスと「共に生きる」栄光の生を保証しました。ここにこそ、神の無限のあわれみが現れます。これに対し、同じ十字架につけられながら、イエスを罵ったもう一人の盗賊は、恐らく地獄にゆくでしょう。それは、イエスが彼を地獄に落とすのではなくて、たとえイエスがどんなに彼を救ってやりたくても、自分自身の罪の重さによって堕ちてゆくのですから、どうにも救いようがないのです。(101~2頁)
  • この世は既に地獄であるとはなぜ言わないか。そこです。この世は苦しいことに満ちている。さながら煉獄である。しかし地獄であるとは言わない。なぜならこの世は苦しいけれども希望があるからです。しかしもし我々がこの世の中で絶望したら、その時この世は地獄になる。我々がこの世で受けるさまざまな苦しみを、試練として、あるいは浄化として把えることができるならば、この世は煉獄となる。そのように苦しみを受け取るならば、苦しみの中に希望が出てくるからです。あるいは、逆かもしれない。すなわち、希望があるからどんな苦しみも試練として耐えることができるようになるのでしょう。そしてこの希望を与えてくれるものが信仰であると思います。(107~8頁)

山田晶氏はアウグスチヌス研究の権威であり、本シリーズでは同氏訳による『告白』もとりあげています。また、山田氏以外の訳で、『教えの手ほどき』 というアウグスチヌスの作品も本シリーズで紹介しています。

JELA理事
森川 博己

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一日神学校でカンボジアブースとTEENSプログラムを開催

JELAは9月23日(月・祝)の「一日神学校」(場所:日本ルーテル神学校])にて、今年もブースを出店し、カンボジアの布地や小物などを販売し、同時に来年2月からのカンボジア・ワークキャンプの参加募集を募りました。

今年もブースを多くの来場者がおとずれて下さいました。販売に参加したJELA職員もご来場の皆様との交流を楽しむことが出来ました。おかげさまでブース商品の売り上げは36,000円となりました。この収益は全て世界の子ども支援事業のためにお捧げします。



また今回は、TEENS(中高生)のためのプログラムの一部をJELAが担当し、公開講座にてJELAの事業についての説明をしたり、過去にアメリカインドカンボジアの各ワークキャンプに参加した人に体験談をお話しいただく時間をもちました。講座にはTEENSを含め、約20名が出席しました。
カンボジア・ワークキャンプでの体験を語る参加者
JELAとディアコニアについて話すJELA事務局長渡辺薫


今年もブースを訪れて下さった方、商品を購入して下さった方、そしてJELAの
講座に参加して下さった皆さまに心よりお礼申しあげます。

2019年2月のカンボジア・ワークキャンプも、ただ今募集中です!
皆様お誘いあわせのうえ、ぜひご参加ください!



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日本福音ルーテル社団(JELA)ウェブサイト



2019/09/10

【米国ワークキャンプ2019】参加者のレポート一覧(まとめ)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

今年は14名の青少年が7月24日~8月6日の日程で、ホームスティをミシガン州で数日間行い、イリノイ州プリンストンでの一週間のキャンプに参加しました。
以下はキャンプ参加者によるレポートへのリンク一覧です。レポートの内容は、JELA事務局が一部編集しました。

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2020年アメリカ・ワークキャンプの参加申込については、ジェラニュース次号(12月発行予定)と、JELAのホームページにて近日中にお知らせいたします。

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2019/08/30

【米国ワークキャンプ2019】参加者レポート14(R.F.)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。 



参加者の感想文を掲載します。 

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R.F.(東京都)

今回のキャンプで特に印象強く残ったものは、言語や文化が違う中で作り上げられた人と人との繋がりでした。キャンプ以前から外国の友達は何人かいましたが、生活を共にし、共同作業に勤しんだ仲間とはまた違う繋がりを感じることができました。

最初は、中々自分の思うことが伝えられず、ワークサイト(※修繕する家屋現場)でどうやってこの場を切り抜ければいいのかなど、最低限のコミュニケーションだけで言われたことを理解出来た限りのことをしていただけでした。

そんな自分を見かねたクルー(※一緒に家屋の修繕をしたグループ)リーダーをはじめ、クルーの仲間たちが聞き取りやすい英語でゆっくり話しかけてくれたり、会話の輪の中に入れるように話題を降ってくれたり、日本のことについての質問をたくさんしてくれました。

これらのような優しい気遣いによって少しずつ自分のクルーだけでなく、他のクルーの人たちとも少しずつ仲を縮めることができ、まだ上手とは言えない英語でしたが、自ら積極的に話しかけたり、輪の中に入っていくことができるようになりました。

Rさん(左)と仲良しクルー


僕はこのキャンプに参加する前、どう周りにとけこめばいいのか、自分の英語は通じるのか、相手の英語を聞き取ることが出来るのかなど、心配なことばかりでした。また、現地の人に対しても英語がわからない僕達を面倒くさがったりしないかとか、相手にしてくれないのではないかなど、不安を抱いていました。

Rさん(階段前列)と大勢のクルー仲間たち

しかし、実際にワークキャンプが始まるとそんなことは全然なく、日本では感じることの出来ないような人の温かさを感じることが出来ました。自分たちとは住む文化が違うけれど、日本にもこのキャンプで貰った人の温もりを持ち帰り、それを今度は自分が人に与えられるようになれればなと思いました。


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【関連リンク】
JELA海外ワークキャンプ関連記事(JELAニュースBLOG)
日本福音ルーテル社団(JELA)

【米国ワークキャンプ2019】参加者レポート13(穂積 愛理)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。 
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穂積 愛理(愛知県)

私がワークキャンプで学んだ事は二つあります。

一つ目は仲間と支え合うことの大切さです。私のグループはポーチ(※縁側、ベランダ)を作りました。木を切ったり、釘を打ったりとやることすべてが初めてで戸惑いや、器具に対する恐れがとてもありました。しかし、クルー(※一緒に修繕をするグループ)のメンバーがお手本を見せてくれたり、コツやポイントを教えてくれたり、励ましの言葉をかけてくれました。そのため勇気を出してトライすることができ、作業を終えるたびに褒めてくれて自信を持つことができました。また、お互いで声を掛け合うことにより始め少し距離があったものの、だんだん距離が縮まりとても仲良くなることができました。

クルーだけでなく、日本人メンバーとの間でもお互いわからないことを助け合い、その日大変だったことや、不安なことなどを相談し、安心感のある憩いの場を作ることができました。仲間と支え合うことは、達成感を分かちあえるだけでなく、信頼関係やたくさんの人との出会いを生み出してくれる素敵なものであることに気づきました。

クルーメンバーと作業をする愛理さん(右)


二つ目は異文化交流についてです。国籍も違えば言語や生活文化も違う。そんな人と一週間共に生活することはできるのだろうかととても不安に思っていました。いざ過ごしてみると、始めは言葉の壁がありましたが相手も言葉を理解しようと一生懸命頑張ってくれたお陰で壁もなくなりました。さらにたくさんの人が日本語を聞いてくれたり、夜のバレーボールでは日本語で数を数えたり、夜プロ(※夜のプログラム)でも日本語が所々使われたり、みんなが日本人を歓迎してくれたことに感動しました。

異文化交流とはただ異文化に触れるだけでなく、異文化の仲間と出会い共にする中で知ることができ、互いに求めあって成り立つものである事に気づきました。また、異文化交流の素晴らしさ、ありがたみを強く感じました。

愛理さん(左から2番目)とクルー仲間

さらに、私は学んだ事以外に大切なものを得ることができました。それは神様との出会いです。高校生になってクリスチャンの高校に入りキリスト教と出会いました。学校の課題のために月一回教会に通い始めたのがきっかけで少し興味が芽生えました。

それから、ずっと一歩踏み出せずに時が過ぎ、ワークキャンプを迎えました。毎日クルーの仲間や、クリスチャンの仲間と神様について考えていく中で、さまざまな神様との向き合い方を知りました。木曜日の夜プロでなぜか神様を自分から求め、これから求め、学んでいこうと決心をしました。


【米国ワークキャンプ2019】参加者レポート12(S.K.)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

参加者の感想文を掲載します。


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S.K.(東京都)


私は今回のワークキャンプで様々な事を学びました。

まずは自分を信じる事です。私は英語を話すことに恐怖がありました。喋れないし、伝わらないと思っていたからです。でも、自分を信じて思い切って言ってみると、みんな一生懸命理解してくれて、わかるまで聞いてくれて、笑顔で返してくれました。 

自分を信じるだけではなく、相手を信じる事も学びました。私は1日目と2日目のワークが何をしたら良いかわからなく、英語も伝わらずに辛くて、3日目は行きたく無くなりました。

でも、クルー(※一緒に家屋の修繕をするグループ)のリーダーのJimが声をかけてくれた時、彼を信じて自分の辛い気持ちを打ちあけようと思い、言ってみました。するとJimは、最後まで聞いてくれて、「自分をサキの本当のお父さんんだと思って。家族だと思って。」と言ってくれました。辛い思いを言えただけでも楽になったのに、こんな言葉をかけてもらえて、言葉に出来ないくらい安心して涙が出ました。それからのワーク中は声をかけてくれたり、ご飯の時は隣に座って簡単な英語で会話してくれました。

S.K.さん(左)に話しかけるリーダーのJimさん

毎日がとても楽しかったです。ワークだけでなく、朝と夜のプログラムもとても楽しかったです。みんなで、賛美歌を歌ったり、礼拝をしました。バラエティーショーでは、日本人でソーラン節を踊りました。最後の振りが終わった瞬間スタンディングオベーションをしてくれて、今でも覚えているくらい嬉しかったです!

他にも自分が変わった事があります。木曜日の夜のプログラムです。神さまは、私達が犯した深い罪でも許して認めてくれます。私は十字架の下に行って、神さまにたくさんの罪を許していただきました。神さまがどれだけ愛してくださっているか、とても強く感じました。悲しいことや辛い事などもたくさん思い出して涙を流しました。しかし、神さまは全てを受け入れてくれました。私はこの時に、これからも神さまと共に歩むと決めました。この日の事は、自分の人生の中でとても大きな経験になりました。

咲喜さん(右端)とクルー仲間

最後に学んだ事は、感謝をすることです。簡単で当たり前の事ですが、いざ1人で言葉の通じないアメリカに行くと、どれだけの人が助けてくれたか、勇気や愛をくれたか。感謝する事ばかりでした。いろんな人が私に刺激をくださって、今の私を与えてくださいました。出会った人みんなに心から感謝をしています。神さまにも、全ての出会いと経験に感謝しています。この経験は私の宝物です。

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JELA海外ワークキャンプ関連記事(JELAニュースBLOG)
日本福音ルーテル社団(JELA)

一日神学校でブース出店&TEENSプログラムを担当!

9月23日(月・祝)の「一日神学校」(場所:日本ルーテル神学校[東京都三鷹市])にて、今年もJELAはブースを出店し、カンボジアの布地や小物などを販売します。

商品の例
お店の人。カンボジアの子供達のためのチャリティと言ったらまけてくれました。

また今年は、TEENS(中高生)のためのプログラムの一部をJELAが担当し、JELAの事業についての説明したり、過去にアメリカ・インド・カンボジアの各ワークキャンプに参加した人に体験談をお話しいただく時間をもちます。
JELAの部分が始まるのは14:15からです。

一日神学校にはどなたでもお越しになれます。またTEENSの皆さんもぜひお友達をさそってご参加ください。

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2019/08/29

【米国ワークキャンプ2019】参加者レポート11(和田賛太)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。 

参加者の感想文を掲載します。 


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和田 賛太(福岡県)

賛太さん
私は今回のワークキャンプで、神様は自分の罪を許して受け止めてくださるということと、自分から行動を起こすことの大切さを学びました。

ワークキャンプのプログラムの中で、1人になり、自分が犯してきた罪と向き合い、その罪について神様に祈るというプログラムがありました。そのプログラムに参加しているときに、泣いている人などが多くいて、その場にいた皆が真剣に取り組んでいて、自分の罪と向き合っているということがよく分かりました。

実際に生活していると、そのように自分の罪について深く考える時間がないので、自分と本気で向き合う時間が取れてとてもよかったと思います。その中で私は、自分の罪と向き合い、神様にその罪について祈る行為が生きていく上でとても大切な行為なんだな、と思いました。これからそのように、自分と向き合うという時間をとっていきたいと思います。

ワーク中などで、日本人が自分しかいない時に、自分からアクションを起こす事の大切さを改めて実感しました。ワークの一日目には、自分から行動を起こすことが出来ず、ワークもあまり積極的に出来ませんでした。しかし、これでは何も成長しないと思い、次の日は、自分から声をかけて、どのような仕事をすれば良いかを聞くと、同じ班の人がとても親切に教えてくれ、積極的にワークをすることができ、

住人とワーク仲間たちでお昼を過ごす賛太さん(右)

さらにその日から班の人達ととても仲良くなることが出来ました。今では、インターネットを通して連絡を取り合っています。私はこの経験から、自分から行動を起こすことがどれだけ大切か実感しました。少しの勇気を出すことで、状況を大きく変えることが出来るので、これから継続していきたいです。



このような素晴らしい経験がで来たので、また海外に留学するなどしたいと思いましたし、このキャンプに関わった人達に感謝しています。ありがとうございました。

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日本福音ルーテル社団(JELA)

【米国ワークキャンプ2019】参加者レポート10(平林 和加子)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

今年は14名の青少年が7月24日~8月6日の日程で、ホームスティをミシガン州で数日間行い、イリノイ州プリンストンでの一週間のキャンプに参加しました。

今回は、2018年のキャンプにも参加した平林和加子さんの感想文を掲載します。
  

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平林 和加子(東京都)

私は今回、二回目の参加でしたが新たな発見や驚き、自分への課題を見つけることができ
たとても充実した二週間でした。

和加子さん(中央)とクルー仲間
ワークキャンプ初日、クルー(※一緒に作業をする仲間)と対面したとき、自己紹介も満足にできずただでさえ不安だったのに、その後3グループ合体の18人で作業をすると聞いて、頭が真っ白になりました。 

二日目は、レジデント(※修復する家の住人)に会い、ワークが始まりました。みんなは、自分から積極的に仕事を見つけ動いていましたが、私は何をすればいいのか分からず、眺めていることしかできませんでした。

そんな中、お昼ごはんを済ませた後、私が最も恐れていた、ディボーション(※分かち合い)の時間になりました。18人もいるので、挙手せいで答えることになり、ほっとしましたが、最後の質問に「どうしたらこの一週間を最高の日々にすることができるでしょう。」という問いがありました。私はこれを聞かれ、このまま何も答えずに終えることもできたが、それではアメリカに来た意味がないと思いました。自分から話しかけなければ一週間を無駄にしてしまうと思い、勇気を出して下手くそな英語で答えたのにもかかわらず、みんな耳を傾けてくれて、 話しかけてくれるようになりました。

ワークに励む和加子さん

次の日からは、作業中に私も知っている洋楽を流してくれたり、アメリカで流行っているダンスを教えてくれたり、日本語を積極的に覚えてくれたり、言葉の壁など忘れて楽しく作業することができました。私はこの経験から、住んでいる環境が違っても、自らが心を開けば相手も心を開いてくれるということに気づくことができました。

キャンプで披露するダンスを参加者に指導する和加子さん(右端)

夜のプログラムで一番心に残っているのは木曜日のプログラムです。今まで犯してしまった罪や背負ってきた罪悪感を水に濡れると溶ける紙に書き、それを水に浮かべて消すという体験をし、その後、30分間神様に心を向ける時間がありました。その時間は私にとって、とても貴重な時間で神様と一対一で向き合えているような気がしました。また、その場にいた同い年ぐらいの子達がみんな真剣に神様と向き合っていて、クリスチャン人口の少ない日本では決して作り上げることのできない空間だったと思います。この経験から、私は神様が私たちの犯した罪を赦すために十字架にかかって死んでくださったということを心にとめ、その愛の大きさを忘れない大切さを学ぶことができました。

私はキャンプに参加して、たくさんの愛に触れたことが精神的にも霊的成長にもつながったと思います。この二週間で学んだことを忘れずに、これからの人生にいかしていきたいです。

最後になりますが、お世話になったホストファミリーの方々、辛いときにそばにいてくれた友達、つたない英語にも耳を傾けてくれたクルーのみんな、アメリカに快く見送ってくれた家族、私たちが充実した日々を送れるように準備してくださったJELAのみなさん、そしてこのキャンプに導いてくださった神様に感謝します。貴重な二週間をありがとうございました。


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JELA海外ワークキャンプ関連記事(JELAニュースBLOG)
日本福音ルーテル社団(JELA)

2019/08/27

【米国ワークキャンプ2019】参加者レポート9(武田 咲々良)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。 


 
参加者の感想文を掲載します。 


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武田 咲々良(東京都)


咲々良さん(右)と引率中山玲子さん
私がワークキャンプに参加したきっかけは、友達からの誘いでした。最初は、私自身英語力もそんなにないし、自国にいる今でも人と関わるのが苦手な私が、外国でやっていける筈がない、と行かないつもりで迷うばかりでした。けれど、母は、「こんな機会ないよ、絶対行くべきだ、友達も行くから大丈夫だよ、絶対楽しいから。」と背中を押され、私は周りの言葉に流されるまま、このワークキャンプに参加することを決めました。

空港に着いてからも、アメリカに行くという実感があまりなく、それと比例するように不安も緊張もその時点ではほとんどありませんでした。学校で規則に縛られたまま行く海外ではない、友達もいるから、と、私は軽い気持ちのまま飛行機に乗り込みました。 

ホームステイでホストファミリー達と過ごし、今まであまり感じていなかった不安や緊張は、ワークキャンプの日が近づくにつれ、次第に大きくなっていき、当日は一日中お腹の調子が悪かったのを覚えています。

現地に到着した時には、キャンプのスタッフさんらが日本ではありえないテンションで私達を迎えてくれました。大勢の人と賑わう場所が苦手な私はその時さらに不安と緊張に駆られ、もう帰りたいと思うほど気分は落ち込んでいました。


その夜、ホールに行き、初めて自分のクルーと対面しました。友達と別れ、日本人が全員バラバラになった瞬間は、本当に不安で仕方ありませんでした。その時の私はきっと、泣けるならその場で人目なんか気にせずに大泣きしていたでしょう。けれど、自分のクルー(家の修繕を一緒にするグループ)のメンバーを見つけた時、本当にここで合ってるのかな、とおろおろしていた私に、クルーの一人が声をかけてくれました。両手で人差し指を立て、「11?」(クルー番号)。私はそのジェスチャーと言葉に「イエス」と必死に頷きました。それから他のメンバーと集まって話した時も、彼らは私が日本人だと知ると、私が理解できるように簡単な英語で話してくれました。日常的な会話すらまともに英語で話せない私に、彼らは冷たい目を向けることもなく、むしろ積極的に話しかけてくれたのです。

初日は緊張気味な咲々良さん(右から3番目)……
数日後は楽しく作業をこなしていました!
作業に取り掛かった日も、12人中、自分ひとりしか日本人がいなくても、多少の不安はあったけれど平気でした。普段の私なら、友達に泣きついていたと思いますが、作業が終わった最終日には、むしろ一人でよかった、と思ったほどに、私は昔の自分から少し成長したのをその時感じました。友達といればきっと、私はその友達ばかり頼って、周りと関わることを拒絶し、ろくに英語も話さずに終わってしまうのが目に見えていたからです。

この一週間、私はたくさんのことを学び、関り、経験し、考えました。後悔したことも、泣きたくなったこともあったけれど、それ以上に、思い出は私にとって最高の瞬間でいっぱいでした。日本にいたままの私では絶対にしなかったこと、できなかったこと、感じることができなかったことを、この短い間でたくさんしました。そしてこの一週間、普段よりも、神様という存在を強く感じ、普段よりも、神様に心を向けて祈ることができました。

咲々良さん(右座)とクルーの仲間たち
この一週間、思い返せば、新しい自分であふれています。この瞬間でしか、できなかったこと、出会えなかった人。私はたくさんのことを新しく考え、決意しました。この短い間で、こんなに最高な出来事でいっぱいなのはこれが初めてだと思います。人生で一番、最高の思い出が詰まった一週間です。

私はこのワークキャンプに参加できたことを本当に良かったと心の底から思います。もし、私がこのキャンプに参加していなかったら、今まで通り、何の変哲もない夏休みを繰り返し、神様について考えることもせずに、この感動に出会うこともなかったと思います。そしてそう思ったとき、人生は一回きりしかないことを強く感じました。

このワークキャンプに誘ってくれた友達に、このワークキャンプを企画してくれた方々に、そして全てのきっかけを与えてくれた神様に感謝します。

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日本福音ルーテル社団(JELA)

【米国ワークキャンプ2019】参加者レポート8(武田 好々良)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。 



参加者の感想文を掲載します。 

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武田 好々良(東京都)


私は、友達からの誘いでこのワークキャンプに参加しました。最初は正直、行くのが面倒
ワークに集中する好々良さん

だと思ったり、海外に行くことに不安を感じたりして躊躇ったまま、友達に行く、と返事が出来ずにいました。そして、母の言葉や双子の意思に流されるがままに、私は空港へ向かいました。そのまま飛行機に乗り、アメリカへ。現地に着いたとき、見るもの全てが日本とは違う雰囲気で、私の適当だった気持ちは、次第に好奇心へと変わっていきました。

ホームステイ一日目は、仲良しの友達と離れてしまい、一人のように感じて心細く、仲良しの子と一緒の部屋割りだったホテルにまだ居たかったと思っていたことを覚えています。しかし、ホームステイ先では、暖かく迎えてくださり、一緒のグループの子達と夜に話したり、アイスを食べに行ったりと、楽しく過ごすことができました。最初は長く感じていた一日が、短く感じ、あっという間にたくさんの思い出が詰まった一週間になりました。

そしてついに、ワークキャンプが始まりました。ミシガン州からイリノイ州に、長い時間をかけて車で移動し、学校が見えてきたときは、落ち着いていた心臓が次第にバクバクと音を立てて鳴り始めました。派手に出迎えてくれたスタッフの方たちを、今でも覚えています。

グループ分けをしたときが一番緊張したと思います。しかし、当然他の子たちも、私と同じように別々の場所からきているため、誰かと話している様子はなく、ただ椅子に座っているだけでした。それを見て、緊張していた心が少しほぐれたように感じました。


リーダーが進行して話を進めているときは何を言っているのか明確なことがわからず、単語を聞き取って判断するしかなく、必死に耳を傾けていました。話を振られたときには、あやふやに答えるしかなかった私に、優しく、フレンドリーに、返事をしてくれました。また、廊下ですれ違っただけで、「Hi!」と声をかけてくれたり、困っているときには、「手伝いましょうか?」と当たり前のように声をかけてきてくれるアメリカの習慣に、本当に感動しました。
塗装を楽しむ好々良さん(右)と奏穂さん
修理をしなければいけない現場へ向かい、作業前にはみんなで手を繋いで神様にお祈りしました。この時間があるから、私は気持ちを落ち着かせて作業できたのだと思います。また、自分からなにをすればいいのか聞くときには、合っているかわからない英語で必死に伝え、伝わったときは凄く達成感がありましたが、もっと英語が喋れたらなあ……と度々後悔しました。クルーの皆とお別れをする最後の日に、プレゼントを渡した時、「Thank you!」と言ってくれたことを、この先一生忘れないと思います。


この短いようで長かった二週間は、本当にいいものになり、以前の私よりも成長したことをこの身に感じています。もし、あの時に行かない選択をすれば、一日中家で、暇を過ごしていると思うと、本当に来てよかったと心の底から思います。このワークキャンプで様々な場面で神様に助けてもらい、また神様についてより信仰を深められたと思います。

仲間ととうもろこし畑の前にて、好々良さん(左から2番目)

そして、より海外への興味が沸き、前よりも英語を勉強しようという気持ちが大きくなり、次行くときにはもっと話せるようになっていたいと強く思います。


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