2019/11/29

【難民支援】ボランティアの皆さんがジェラハウスの部屋を清掃!

国内で難民としての保護を求める人たちのためのシェルター「ジェラハウス」。
このたびシェルターの一室に三年近く居住されていたかたが退去されました。

長期の利用だったこともあり、退去後の部屋には年季の入った汚れが……。
というわけで11月28日(木)、名乗りを上げてくださった4名のボランティアにJELA職員が2名加わって、部屋の大清掃を行いました。

6名で3時間ほどかけて、床や壁、キッチン・トイレ・お風呂、冷蔵庫・洗濯機といった家電類など、部屋全体をくまなく掃除しました。




汚れを落としたことで部屋が格段に明るくなり、掃除前は鼻にツンときた臭いもなくなりました。次の入居者も、新しい生活を気持ちよく始めることができるのではないでしょうか。

清掃にご協力くださったボランティアの皆さん、本当にありがとうございました!

One Crewとなって作業をして下さった
ボランティアの皆さん


【関連リンク】

2019/11/22

【続・信仰書あれこれ】信じている事柄をはっきりさせる

イエスは生きておられる――私たちの信仰告白』(J.ツィンク+R.レーリヒト著、1975年、新教出版社)をとりあげます。

訳者あとがきによると、原書は「キリスト者が信じている事柄」という題で、読者一人ひとりがそれぞれの力量に応じて本文と対話し、自分の信じている事柄を、より一層明快に把握するのに役立ててほしい、というのが著者の願いだそうです。

教会学校の中学科でも学べるように、やさしい言葉づかいで訳されています。

◇◆◇

教会は己を捧げることによって生きる
  • おのれやその現状を守ったり、数をふやしたりすることが、教会の目標であってはなりません。教会は、拡がり、そして、変わり、真理に味方し、暴力に抵抗し、正義と平和とに貢献すべきです。……教会は、権力や制度をたよりにすることはゆるされません。教会は、規制する力をもたずに人と人とを結び合わせ、そして、しいたげられる者の側に立つのです。教会は、不正な扱いを受けて苦しむ時があることを覚悟しなければなりません。そして、他の人びとの上に不正が加えられる時には、雄々しく、苦しみをともに担うのでなければなりません。(25~26頁)

変化は神の霊によってもたらされる
  • もしもわたしたちが、神の霊の働きを抜きにして、聖書を解釈する場合には、わたしたちは、だれにも役立たない死文と化した伝承か、きのうの思想か、きょうの思いつきを代弁するにすぎません。聖書の真理は、それがわたしたちと世界を変革するときに、そのときだけ働くのです。根底から変革し更新することは、わたしたち人間にはできません。そのことは神の霊だけができることです。(28~29頁)

失敗から立ち直るための告白
  • わたしは信じませんでした。わたしは、わたしの自由を濫用し、そして、わたしの良心にそむきました。わたしは、いたずらに憂え、そして、妬み、恩を忘れ、疑いをいだき、失望し、不遜で、独善的でした。わたしは愛しませんでした。わたしは過ちを犯しました。わたしは、快適な道をたどりました。わたしは、大勢に順応し、そして、犠牲になることを避けました。わたしは、キリストに似る者となるまいとして、そして、キリストの道をたどることを恐れました。わたしは、目標を見失い、そして、望みをなくしました。わたしは、自分をえらい者のように思いました。わたしは、時間と能力を浪費し、不正を大目に見、苦しみと孤独とを見すごし、そして、人びとをなげやりにしました。神が幸いを賜ったのに、わたしは感謝をしませんでした。(85~87頁)

著者の一人であるイェルク・トゥインクの別の作品、『祈りを求めて』を本シリーズでとりあげています。こちらもお楽しみください。

JELA理事
森川 博己

◆◇◆

2019/11/21

【ジェラニュース】第50号をただいま編集中です

12月発行予定のジェラニュースの編集・レイアウト作業に入りました。以下のような記事が掲載されます。

◇◆◇

    <ワークキャンプ>
    • 2019アメリカ・グループ・ワークキャンプ(7-8月に実施)の参加者レポート集
    <世界の子ども支援>
    • ブラジル支援報告
    • 世界の子も支援チャリティコンサート2019年度報告
    <奨学金>
    • 「私は世界で一番幸運な人間」ロードソン・タグボジャ
    その他の記事も掲載しています。

    ◆◇◆

     ジェラニュース(フルカラー)は年3回(4・8・12月)発行しています。JELAの活動をわかりやすく掘り下げて取り上げ、 ホームページやブログでは伝えきれない情報も満載です。

     創刊号からのバックナンバーは以下リンクからご覧いただけます。
    バックナンバー「ジェラニュース」一覧

     印刷された「ジェラニュース」をご希望の方は、下記までご連絡ください。
     【メール】 宛先:jela@jela.or.jp

    ・件名に「ジェラニュース希望」と明記してください。
    ・住所(郵便番号、アパート等の場合は建物名と部屋番号もお願いします)
    ・氏名(フルネーム、よみ方もお書きください)
    ・生年月日(月・日だけでも結構です)
    ・電話(携帯電話も可です)
    ・希望部数
    ・クリスチャンの方は所属教会をお教えいただければ幸いです。

    ※電話・FAXでも受け付けています。
    電話:03-3447-1521
    FAX:03-3447-1523

    なお、お送りいただきました個人情報につきましては、JELAの案内等にのみ使用させていただきます。

    【関連リンク】
    日本福音ルーテル社団(JELA)

    2019/11/15

    【続・信仰書あれこれ】信仰生活における習慣の大切さ


    眠りの神学――J.ベイリー説教集』(大塚野百合訳、1970年、日本基督教団出版局・アルパ新書2) をとりあげます。

    原書(1962年)タイトルは“Christian Devotion”であり、神学的観点による「眠り」の説教集ではありません。

    ◇◆◇

    習慣の大切さを説いた説教の一部を以下にご紹介します。

    習慣は霊的歩みを確かなものにする
    • 最も偉大な聖徒たちさえも、霊的に渇くことがあると嘆いています。それは闇と疑いの時期であり、霊が死んでしまったような時期なのです。……すぐれた聖徒たちは、率先してキリスト教的なしきたりを厳守するよう、自ら鍛錬してきたのです。このように規則的にする習慣をつけて、それから一歩もはずれないように努力してきたのです。(107頁)
    • 私たちの内に霊的な火が燃えており、何にも増して神との交わりを願うときは、私たちに規則は必要ないでしょう。しかし、このような時にこそ、規則を作るべきなのです。……そうしておけば、神を求める思いが弱まり、霊的な火がくすぶるようになったとき、私たちが行っていた鍛錬が私たちを正しい道に導き、右にも左にも寄らず、まっすぐにその道を歩ませてくれるのです(107~108頁)

    習慣は感情から自分を守ってくれる
    • 毎日または毎週同じことを繰り返すということは、私たちを守ってくれることになります。……もし私に規則がなく、私の足のためにまっすぐな道を作ってくれなければ、私はのべつ幕なしに自分に言わねばなりません。「今日は教会に行く気がしない」とか、「今朝は祈る気がしない」と。その結果私は、教会にも行かず祈りもしないのです。(109頁)
    • 祈る気がしない時こそ、私はいっそう、祈りによって強められる必要があるのです。信者の集いに出たくない時こそ、私はそれらの人との交わりが、私をその中から連れ出してくれることを必要としているのです。聖餐を受けたくないと思うときこそ、キリストの体と血を食することによって、私の感情が変えられる必要があるのです。(109~110頁)

    集会参加を軽んじる習慣は信仰の減退につながる
    • かつてシカゴの有力な市民が、有名な伝道者であるドワイト・L・ムーディー を自分の書斎に迎えたとき、言ったのです。「教会の外にいても、その中にいると同じように、立派なキリスト者になれると思うんですが」と。するとムーディーは、何も言わず、やおら燃えている暖炉の火のそばに行き、真っ赤な石炭を一個火箸でつまみ出して、燃えるままにしておきました。その二人は黙って、その石炭がくすぶって火が消えてしまうのを眺めていたのです。「わかりました」とその紳士は言い、その次の日曜には教会に出かけたのです。(112頁)
    • 今もなおキリストは、私たちと共に安息日に教会に来たもうのです。主はここに、今いまし、私たちが教会に行くのは、主に会うためなのです。それゆえ、ある人たちの習慣のように、集会をやめることはしないで、主の良き習慣に従いましょう。(114頁)


    ジョン・ベイリーは、『朝の祈り 夜の祈り』 の著者として有名です。本書『眠りの神学』の末尾にはベイリーの従姉による長い手記が付されていて、著者がいかに真剣な祈りの人であったかがわかります。

    JELA理事
    森川 博己

    ◆◇◆

    【関連リンク】

    2019/11/12

    【募集】キャンパーOG/OBの皆さんへ:難民シェルターで部屋の清掃ボランティアをしませんか?

    JELAが都内に保有する難民(申請者を含む)の方へ無償提供しているシェルターハウスの清掃を手伝ってくれるボランティアを募集しています。

    JELAハウスに住む難民は、もともと日本国内でホームレスや居候(友人宅を転々とする)などをして何とかその日の宿を得て生活してきた方々です。その人たちがJELAハウスに住むことで、落ち着いて生活が送れるようになります。難民の方々が気持ちよく生活をスタートするためには部屋の掃除が不可欠です。皆さんのご協力をぜひお願いいたします。

    私たちもまたこの地上にあっては旅人なのです。聖書にあるとおり、旅人をもてなす思いをもって、シェルターを整えましょう!

    【日時】2019年11月28日(木)13時~17時(終了後に食事会19時頃までを予定)。
    【集合】都営新宿線 篠崎駅改札を出た所(改札は一カ所です)
    【内容】難民の方が使用した居室(一室)の清掃、植栽の千艇(植木の手入れ)など。
        ※難民シェルターハウスを直接見ていただけます。
    【服装・持物】汚れてもいい服装(ワークキャンプのような服)、捨ててもいい古いタオルなど。
    【申込】ご協力いただける方は、件名に「ボランティア」と記載の上、メール(jela@jela.or.jp)でご連絡ください。(申込み締切は、11月26日(火)の朝9時まで。最低3人集まらない場合は、中止となる場合がございますので、ご友人などに声を掛けていただければ幸いです)

    ボランティア終了後に、近隣のレストランで「ボランティアお疲れ様会(仮)」慰労会(参加費無料)を計画しています。だいたい19時頃までになると思います。

    海外ボランティアで活躍された皆さんに国内でも何かご協力いただければ大変ありがたいです。皆さんのお申し込みをお待ちしています。

    どうぞよろしくお願いいたします。

    【関連リンク】
    日本福音ルーテル社団(JELA)

    2019/11/11

    【世界の子ども支援】カンボジアの農村地域に今年もプレスクール建設

    JELAは毎年、カンボジアのNGO「Life With Dignity(LWD)」を通じて、カンボジアの農村地域におけるプレスクール(未就学児のための教育施設)の建設事業を支援しています。

    子どもの人口が多いカンボジアでは、経済成長に伴って教育の需要も増加していますが、その一方で農村では教育インフラの不足により学校に通えない子どもがたくさんいます。プレスクールを農村地域の設置することは、こうした子どもたちが基礎教育の機会を得ることにつながり、個人の将来の可能性が広がるのみならず、コミュニティ全体の社会経済的発展にも寄与します。

    今年度は、JELAの支援によって、コンポンチュナン州にあるプヌム・タ・サム村の小学校の敷地内に、広さ36平米のプレスクールが建設されました。

    完成したプレスクールの前に立つ先生と子どもたち

    地元自治体からの支援によってテーブルなどの備品や書籍などの教材もそろっていて、さっそく25人の児童がこの場所で学んでいます。毎日友達と会って話したり、絵を描いたり本を読んだりするのを楽しんでいるようです。

    (左:読み書きを学ぶ子どもたち)
    (右:手洗いを教わる子どもたち)

    プレスクールに通う子どもたちや、その親の感想を、以下にご紹介します。

    プレスクールに通う女の子(5歳):
    「先生と一緒に勉強できて、とても嬉しいです。ここにいる子たちとは、みんな仲良しです。将来は先生になりたいです。」
    プレスクールに通う男の子(5歳):
    「将来は警察官になりたいです。友達といっしょに勉強できてとても嬉しいです。」


    プレスクールに娘を通わせている母親(28歳):
    「私はプヌム・タ・サム村ではなく、近くの別の村に住んでいるのですが、5歳の娘をこのプレスクールに連れてきています。家からプレスクールまでは5kmほどありますが、ここで娘が勉強できることを、とても幸せに思います。プレスクールに通い始めてから、娘の読み書きがとても上達しました。将来は大学まで行って、医師になってほしいと願っています。プレスクールを建設してくださったJELAとLWDに感謝します。」

    JELAでは来年度以降もカンボジアにおけるプレスクール建設を支援していく計画です。ご興味のある方、ご支援を希望なさる方はJELA事務局(03-3447-1521, jela@jela.or.jp)までお問い合わせください。またこちらのページでJELAへの寄付方法をご案内しています。クレジットカードによるオンライン決済も承っておりますので、ぜひご利用ください。

    【参加者募集中】
    2020年 カンボジア・ワークキャンプ (締切11/30まで)

    【関連リンク】
    世界の子ども支援関連記事(JELAニュースBLOG)
    日本福音ルーテル社団(JELA)

    2019/10/29

    【続・信仰書あれこれ】ルッターの根本思想

    日本におけるルター研究の開拓者である佐藤繁彦の『羅馬書講解に現れし ルッターの根本思想』(1932年、ルッター研究会、限定350部)をとりあげます。

    本書は、著者が京都帝国大学文学部に提出した博士論文に大幅に修正追加を施したものです。そして、著者の研究生活の収穫であるのみならず、その信仰生活の所産であると序文に記されています。

    ◇◆◇

    以下では、序説で示されるルター神学の要点をいつくかご紹介します。漢字仮名については原文の旧表記を現代表記に改めましたが、マルチン・ルターについては、「ルター」ではなく、原文通りの「ルッター」で引用します。

    神の超在と内在
    • スコラ神学は、神によって定められた普通の秩序を、神が破壊する異常な出来事においてのみ神の全能を見ようとしたが、ルッターは、世界の普通の進行において、神の最大の奇跡を見たのである。かく、ルッターは、神の超在を説くよりも、世界における神の内在を説き、そこに神の活ける活動を見ようとしたのである。(6~7頁)

    神の働きかけへの人間の服従
    • ルッターの神観には、人間の思索もしくは願望が、問題となりえなかったことは、明らかだ。ルッターは、実在する神が、人間に対していかなる態度をとるかを一切とした。……ルッターの神観は、神の働きかけを中心とする神観であったのである。例えば、ルッターの『小教理問答』を見ても神は創造の神であり、維持の神であり、支配の神であって、人間は全くただこの恩寵の神に感謝し服従する以外、何らの可能性を持ちえないのである。この思想は、ルッターの神観の根本的特徴を示すものであって、神に服従することが彼の宗教であり、かく服従することも、人間のためではなくして、全くただ神のためであるのが、彼の宗教だったのである。(15頁)

    隠されたる神
    • 神は霊であるが、世界は肉であるから、世界における神の活動は必然、隠されることになるのである。ルッターには、この場合、「隠される」ということは、「霊的」ということであったのである。霊的な神の霊的なわざは必然、肉である世界に隠されるわけであるが、同様に、肉である人間にも隠されるわけである。ここで、「肉」に対立するものとして、すなわち、「人間の念」に対立するものとして、「信仰」が問題になるのである。ゆえに、「被覆」は、「啓示」の前提であるばかりでなく、信仰の前提でもあるのである。そは、「信仰」は信仰の対象が被覆されるときのみ、可能であるからである。ルッターは被覆の仮象の奥に真実を見るのが信仰だと解しておる。我らの肉の念は、すぐ被覆に眩惑されるのであるが、「信仰」は、よく、神の意志が何であるかを「被覆」の下に読むのである。(17頁)

    人を悔い改めに導くもの
    • ルッターの『羅馬書講解』に現れた悔改観を見ると、そこには、人間の意識的努力とは無関係に、すべてにおいてすべてを働く神が、人間の心のうちに悔い改めを生ぜしめる者として、描かれておるのである。人間が、一般に、真の意志を有することは否定され、霊的生活が問題になる時には、全ては、神の創造的な力にかかることが力説されておるのである。ゆえに、……人間が自発的になし得る「悔い改め」は、ルッターの全く関知せざるものであって、ルッターは、神の愛と恵みのみが、人間を悔い改めに導くことを明らかにするのである。(26~27頁)

    神のために神を求める
    • 神を求めるとき、自己のために神を求めるのと、神のために神を求めるのとは、全く違ったことであるということを、ルッターは発見した。自己のために神を求めることは、それがいかに敬虔に見えても、所詮、「自己追求」であって、ただ「対象」が、「最高のもの」に代わっただけで、同時に、自己追求が最も高尚化されたことにすぎないのである。……ルッターは、神を求めることと自己を求めることとの間には、贖われ難い対立を見た。神を求めることは、自己を否定することでなければならない。これが、ルッターの考えであった。(35頁)

    本書には『ローマ書講解に現れしルッターの根本思想』(1961年、聖文舎)という現代表記版があります。

    私はルッター研究会版を2013年10月に入手してすぐ、時間を忘れて読みふけりました。宗教改革500周年(2017年)を数年後に控え、ルター神学の豊かさに触れる貴重な経験でした。

    JELA理事
    森川 博己




    ◆◇◆

    【関連リンク】

    2019/10/24

    【続・信仰書あれこれ】認知症と信仰


    聖書を読んで想う』(渡辺正雄著、2005年、新教出版社)をとりあげます。

    著者は科学史の分野で開拓的な業績をあげたクリスチャン科学者。驚きと喜びの源泉である聖書を伝えるべく、長年にわたり自宅を開放して「聖書を読む会」を主宰されました。本書は、その準備ノートから興味深い項目を拾い上げ書籍化したものです。

    ◇◆◇

    以下では、「『ボケ老人』考」と題された部分を紹介します。「ボケ」は今では認知症と言われるのが普通でしょうが、ここでは、原文のまま引用します。

    • ボケてしまったら、せっかく一生懸命に学んできた生命の御言葉である『聖書』のエッセンスが何であったか、全く分からなくなってしまうのではないか。地上の命を終えるときにこそ最も強く呼び求めるべき救い主のお名前さえ忘れてしまうのではないか。いや、さらに、救い主を呼び求めるべきだということすら、私たちの意識から消え去ってしまうのではないか。我々は『聖書』から信仰によって救われると教えられてきたのだが、ボケてしまって、信仰まで朦朧としてしまったら、救われる可能性はなくなってしまうのではないか。(148~9頁)
    • 思うに、ここで本当に問われているのは、実は、死の床での私の信仰如何ではなくて、今日、只今現在の私の信仰如何なのだということに気づくべきではあるまいか。……キリストへの信仰が救いの条件なのであるから、もはや信仰を告白できなくなったボケ老人は救いから外れてしまっていると考えるのか。死者(もはや自分で信仰告白することなどできない者)をも生かすことのできるキリストの力は、お前がボケただけでお前にはもう効力を発揮できなくなってしまうほどに、それほど限られたものと考えるか。(149頁)
    • この問題は、それゆえ、今の時点でキリストを正当に信じるかどうかの問題に帰着するのである。将来ボケた時にどうかの問題ではなくて、キリストの救いは、ボケた者にも死んだ者にも、人間の側のあり方如何に左右されることなく、百パーセント有効に働くということを、今、信じるか否かの問題なのである。私たちはパウロと共に、「私は確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、高いものも深いものも、その他どんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、私たちを引き離すことはできないのである」(ローマ8:38~39)との信仰を、今、告白しようではないか。そして、この「死も生も」の中に当然「ボケも」が含まれているのである。(149~150頁)
    • 次に、我々の周囲におられるボケ老人についてならば、「ルカによる福音書」5章18~26節……に見られるように、主イエスは、当人の信仰ではなしに、この人を主イエスのもとに運んできた「彼らの信仰を見て」この人を救われたのであった。このことを特に銘記しておくべきである。(150頁)
    • 私たちは、ボケるかもしれない将来のことを案じるのではなしに、死者をも生かしたもうイエス・キリストを、今、信じようではないか。心が死んでしまった者をさえも生かしたもうイエス・キリストを、今、信じることが第一なのではあるまいか。(150~51頁)

    渡辺氏のキリスト教関連著作で読みやすいものに『キリストに出会う』(丸善ライブラリー)、『科学者とキリスト教』(講談社ブルーバックス)などがあります。また、一般書としては『日本人と近代科学』(岩波新書)、『文化としての近代科学』(講談社学術文庫)などがあります。

    JELA理事
    森川 博己
     
    ◆◇◆

    【関連リンク】

    2019/10/16

    緊急災害支援の募集を開始致します。

    このたびの台風19号の被害に遭われた方、そのご家族・ご友人の皆様を思い、心よりお見舞い申し上げます。

    JELAは、国内外の大災害に対し、迅速に経済的支援をおこなってまいりました。
    東日本大震災(2011年)、熊本震災(2016年)、西日本豪雨災害(2018年)では、被災学生への奨学金給付を行いました。

    今回の台風19号の被災地の被害状況は、日を追うごとに詳細に伝わってまいります。
    日常生活を回復できるのか、学業を継続できるのか、冬に向けて十分に暖をとることができるのか、不安の中におられる方々に向けて、JELAからの支援を提案させて頂きます。
    ブログをご覧になった方は、ぜひお困りの方にJELAの情報をお伝えください。また、JELAへも情報をお寄せください。

    お寄せいただきました情報、被災地での必要に応えるべく、JELA支援者の皆様へ支援の呼びかけをさせて頂きます。



    なお、JELAでは、JELAの緊急災害支援をご支持下さいます皆様へ、将来の災害に備える主旨の「災害支援寄付金」も随時募集しております。
    毎年のように発生する自然災害に対し、無力のようでありながらも、神様の慰めと癒しが被災地の一人でも多くの方に届くよう、備えてまいります。

    皆様のご支援を心より感謝申し上げます。

                                          
                                              ⇒ JELA寄付サイトはこちら


    【関連リンク】

    2019/09/27

    【続・信仰書あれこれ】地獄と神の愛

    山田晶著『アウグスチヌス講話』(講談社学術文庫、1995年) をとりあげます。

    本書は、ある教会のうちとけた小さな集まりの中で著者が話した内容をまとめたものです。「アウグスチヌスと女性」「神の憩い」など、興味をそそられる話題ばかりです。

    ◇◆◇

    以下では「煉獄と地獄」と題された章の一部をご紹介します。地獄の存在と神の愛との関係に触れた部分です。

    • 神は無限にあわれみ深いものであるから、地獄などを作るはずはない。だから地獄のことが語られるのは方便にすぎない、という説があります。しかしそういう考え方は、神のあわれみというものを、人間の腹にあてがって考えているのではないかと思います。ですから、そういう仕方で神のあわれみが表象される場合には、神の持っていられるもう一つの側面、非常に厳しい側面、またその厳しさに裏付けられた神の真実の愛、そういう側面が消えてしまうのではないか。すべてのものを包容するなどと言いながら、そこに観念的でセンチメンタルな要素が入ってくるのではないか。「私」のセンチメントに満足を与える「私の神」になっているのではないか。本当の意味でリアルな神の愛は、何もかも無条件に赦すようなものではなくて、ある者たちは容赦なく地獄へ突き落とすという、そういう厳しさを含んだものではないか。それは、人間の愛の観念を超越する側面を有する愛ではないか。それを神の愛が小さいとか、ケチだとか、そんなふうに取るのは根本的にまちがいで、そのような厳しさに裏付けられた愛こそは、真実の愛だと思うのです。(94~5頁)
    • 地獄にゆくか否かは、犯した罪が人間の眼から見て大きいか小さいか(たとえば殺人か万引きか)によって決まるのではなくて、当人が自己の罪を悔い改めているか否か、それも、人々の前にその悔い改めを表明しているか否かではなくて、神様の前に悔い改めてそれを神様の前に表明しているか否かにかかっています。そのことの典型的な例として、……十字架上に、イエスのかたわらにおいて自分の罪を告白し、イエスから赦されて死んだ盗賊をあげることができます。恐らく彼は、国法から言えば、大罪人であったでしょう。イエスのとなりに十字架にかけられるまでは、自分の罪について考えたこともなかったかもしれません。憎悪と復讐のかたまりであったかもしれません。それが、イエスのかたわらで、不思議にも、素直になり自分の罪を悔い改め、赦しを乞いました。それに対してイエスは、即刻に完全な赦しを与え、天国にイエスと「共に生きる」栄光の生を保証しました。ここにこそ、神の無限のあわれみが現れます。これに対し、同じ十字架につけられながら、イエスを罵ったもう一人の盗賊は、恐らく地獄にゆくでしょう。それは、イエスが彼を地獄に落とすのではなくて、たとえイエスがどんなに彼を救ってやりたくても、自分自身の罪の重さによって堕ちてゆくのですから、どうにも救いようがないのです。(101~2頁)
    • この世は既に地獄であるとはなぜ言わないか。そこです。この世は苦しいことに満ちている。さながら煉獄である。しかし地獄であるとは言わない。なぜならこの世は苦しいけれども希望があるからです。しかしもし我々がこの世の中で絶望したら、その時この世は地獄になる。我々がこの世で受けるさまざまな苦しみを、試練として、あるいは浄化として把えることができるならば、この世は煉獄となる。そのように苦しみを受け取るならば、苦しみの中に希望が出てくるからです。あるいは、逆かもしれない。すなわち、希望があるからどんな苦しみも試練として耐えることができるようになるのでしょう。そしてこの希望を与えてくれるものが信仰であると思います。(107~8頁)

    山田晶氏はアウグスチヌス研究の権威であり、本シリーズでは同氏訳による『告白』もとりあげています。また、山田氏以外の訳で、『教えの手ほどき』 というアウグスチヌスの作品も本シリーズで紹介しています。

    JELA理事
    森川 博己

    ◆◇◆

    【関連リンク】

    一日神学校でカンボジアブースとTEENSプログラムを開催

    JELAは9月23日(月・祝)の「一日神学校」(場所:日本ルーテル神学校])にて、今年もブースを出店し、カンボジアの布地や小物などを販売し、同時に来年2月からのカンボジア・ワークキャンプの参加募集を募りました。

    今年もブースを多くの来場者がおとずれて下さいました。販売に参加したJELA職員もご来場の皆様との交流を楽しむことが出来ました。おかげさまでブース商品の売り上げは36,000円となりました。この収益は全て世界の子ども支援事業のためにお捧げします。



    また今回は、TEENS(中高生)のためのプログラムの一部をJELAが担当し、公開講座にてJELAの事業についての説明をしたり、過去にアメリカインドカンボジアの各ワークキャンプに参加した人に体験談をお話しいただく時間をもちました。講座にはTEENSを含め、約20名が出席しました。
    カンボジア・ワークキャンプでの体験を語る参加者
    JELAとディアコニアについて話すJELA事務局長渡辺薫


    今年もブースを訪れて下さった方、商品を購入して下さった方、そしてJELAの
    講座に参加して下さった皆さまに心よりお礼申しあげます。

    2019年2月のカンボジア・ワークキャンプも、ただ今募集中です!
    皆様お誘いあわせのうえ、ぜひご参加ください!



    【関連リンク】
    日本福音ルーテル社団(JELA)ウェブサイト



    2019/09/10

    【米国ワークキャンプ2019】参加者のレポート一覧(まとめ)

    JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

    今年は14名の青少年が7月24日~8月6日の日程で、ホームスティをミシガン州で数日間行い、イリノイ州プリンストンでの一週間のキャンプに参加しました。
    以下はキャンプ参加者によるレポートへのリンク一覧です。レポートの内容は、JELA事務局が一部編集しました。

    ◇◆◇

    2020年アメリカ・ワークキャンプの参加申込については、ジェラニュース次号(12月発行予定)と、JELAのホームページにて近日中にお知らせいたします。

    ◆◇◆

    【関連リンク】

    2019/08/30

    【米国ワークキャンプ2019】参加者レポート14(R.F.)

    JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。 



    参加者の感想文を掲載します。 

    ◇◆◇


    R.F.(東京都)

    今回のキャンプで特に印象強く残ったものは、言語や文化が違う中で作り上げられた人と人との繋がりでした。キャンプ以前から外国の友達は何人かいましたが、生活を共にし、共同作業に勤しんだ仲間とはまた違う繋がりを感じることができました。

    最初は、中々自分の思うことが伝えられず、ワークサイト(※修繕する家屋現場)でどうやってこの場を切り抜ければいいのかなど、最低限のコミュニケーションだけで言われたことを理解出来た限りのことをしていただけでした。

    そんな自分を見かねたクルー(※一緒に家屋の修繕をしたグループ)リーダーをはじめ、クルーの仲間たちが聞き取りやすい英語でゆっくり話しかけてくれたり、会話の輪の中に入れるように話題を降ってくれたり、日本のことについての質問をたくさんしてくれました。

    これらのような優しい気遣いによって少しずつ自分のクルーだけでなく、他のクルーの人たちとも少しずつ仲を縮めることができ、まだ上手とは言えない英語でしたが、自ら積極的に話しかけたり、輪の中に入っていくことができるようになりました。

    Rさん(左)と仲良しクルー


    僕はこのキャンプに参加する前、どう周りにとけこめばいいのか、自分の英語は通じるのか、相手の英語を聞き取ることが出来るのかなど、心配なことばかりでした。また、現地の人に対しても英語がわからない僕達を面倒くさがったりしないかとか、相手にしてくれないのではないかなど、不安を抱いていました。

    Rさん(階段前列)と大勢のクルー仲間たち

    しかし、実際にワークキャンプが始まるとそんなことは全然なく、日本では感じることの出来ないような人の温かさを感じることが出来ました。自分たちとは住む文化が違うけれど、日本にもこのキャンプで貰った人の温もりを持ち帰り、それを今度は自分が人に与えられるようになれればなと思いました。


    ◆◇◆
      


    【関連リンク】
    JELA海外ワークキャンプ関連記事(JELAニュースBLOG)
    日本福音ルーテル社団(JELA)

    【米国ワークキャンプ2019】参加者レポート13(穂積 愛理)

    JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。 
    ◇◆◇


    穂積 愛理(愛知県)

    私がワークキャンプで学んだ事は二つあります。

    一つ目は仲間と支え合うことの大切さです。私のグループはポーチ(※縁側、ベランダ)を作りました。木を切ったり、釘を打ったりとやることすべてが初めてで戸惑いや、器具に対する恐れがとてもありました。しかし、クルー(※一緒に修繕をするグループ)のメンバーがお手本を見せてくれたり、コツやポイントを教えてくれたり、励ましの言葉をかけてくれました。そのため勇気を出してトライすることができ、作業を終えるたびに褒めてくれて自信を持つことができました。また、お互いで声を掛け合うことにより始め少し距離があったものの、だんだん距離が縮まりとても仲良くなることができました。

    クルーだけでなく、日本人メンバーとの間でもお互いわからないことを助け合い、その日大変だったことや、不安なことなどを相談し、安心感のある憩いの場を作ることができました。仲間と支え合うことは、達成感を分かちあえるだけでなく、信頼関係やたくさんの人との出会いを生み出してくれる素敵なものであることに気づきました。

    クルーメンバーと作業をする愛理さん(右)


    二つ目は異文化交流についてです。国籍も違えば言語や生活文化も違う。そんな人と一週間共に生活することはできるのだろうかととても不安に思っていました。いざ過ごしてみると、始めは言葉の壁がありましたが相手も言葉を理解しようと一生懸命頑張ってくれたお陰で壁もなくなりました。さらにたくさんの人が日本語を聞いてくれたり、夜のバレーボールでは日本語で数を数えたり、夜プロ(※夜のプログラム)でも日本語が所々使われたり、みんなが日本人を歓迎してくれたことに感動しました。

    異文化交流とはただ異文化に触れるだけでなく、異文化の仲間と出会い共にする中で知ることができ、互いに求めあって成り立つものである事に気づきました。また、異文化交流の素晴らしさ、ありがたみを強く感じました。

    愛理さん(左から2番目)とクルー仲間

    さらに、私は学んだ事以外に大切なものを得ることができました。それは神様との出会いです。高校生になってクリスチャンの高校に入りキリスト教と出会いました。学校の課題のために月一回教会に通い始めたのがきっかけで少し興味が芽生えました。

    それから、ずっと一歩踏み出せずに時が過ぎ、ワークキャンプを迎えました。毎日クルーの仲間や、クリスチャンの仲間と神様について考えていく中で、さまざまな神様との向き合い方を知りました。木曜日の夜プロでなぜか神様を自分から求め、これから求め、学んでいこうと決心をしました。


    【米国ワークキャンプ2019】参加者レポート12(S.K.)

    JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

    参加者の感想文を掲載します。


    ◇◆◇



    S.K.(東京都)


    私は今回のワークキャンプで様々な事を学びました。

    まずは自分を信じる事です。私は英語を話すことに恐怖がありました。喋れないし、伝わらないと思っていたからです。でも、自分を信じて思い切って言ってみると、みんな一生懸命理解してくれて、わかるまで聞いてくれて、笑顔で返してくれました。 

    自分を信じるだけではなく、相手を信じる事も学びました。私は1日目と2日目のワークが何をしたら良いかわからなく、英語も伝わらずに辛くて、3日目は行きたく無くなりました。

    でも、クルー(※一緒に家屋の修繕をするグループ)のリーダーのJimが声をかけてくれた時、彼を信じて自分の辛い気持ちを打ちあけようと思い、言ってみました。するとJimは、最後まで聞いてくれて、「自分をサキの本当のお父さんんだと思って。家族だと思って。」と言ってくれました。辛い思いを言えただけでも楽になったのに、こんな言葉をかけてもらえて、言葉に出来ないくらい安心して涙が出ました。それからのワーク中は声をかけてくれたり、ご飯の時は隣に座って簡単な英語で会話してくれました。

    S.K.さん(左)に話しかけるリーダーのJimさん

    毎日がとても楽しかったです。ワークだけでなく、朝と夜のプログラムもとても楽しかったです。みんなで、賛美歌を歌ったり、礼拝をしました。バラエティーショーでは、日本人でソーラン節を踊りました。最後の振りが終わった瞬間スタンディングオベーションをしてくれて、今でも覚えているくらい嬉しかったです!

    他にも自分が変わった事があります。木曜日の夜のプログラムです。神さまは、私達が犯した深い罪でも許して認めてくれます。私は十字架の下に行って、神さまにたくさんの罪を許していただきました。神さまがどれだけ愛してくださっているか、とても強く感じました。悲しいことや辛い事などもたくさん思い出して涙を流しました。しかし、神さまは全てを受け入れてくれました。私はこの時に、これからも神さまと共に歩むと決めました。この日の事は、自分の人生の中でとても大きな経験になりました。

    咲喜さん(右端)とクルー仲間

    最後に学んだ事は、感謝をすることです。簡単で当たり前の事ですが、いざ1人で言葉の通じないアメリカに行くと、どれだけの人が助けてくれたか、勇気や愛をくれたか。感謝する事ばかりでした。いろんな人が私に刺激をくださって、今の私を与えてくださいました。出会った人みんなに心から感謝をしています。神さまにも、全ての出会いと経験に感謝しています。この経験は私の宝物です。

    ◆◇◆



    【関連リンク】
    JELA海外ワークキャンプ関連記事(JELAニュースBLOG)
    日本福音ルーテル社団(JELA)

    一日神学校でブース出店&TEENSプログラムを担当!

    9月23日(月・祝)の「一日神学校」(場所:日本ルーテル神学校[東京都三鷹市])にて、今年もJELAはブースを出店し、カンボジアの布地や小物などを販売します。

    商品の例
    お店の人。カンボジアの子供達のためのチャリティと言ったらまけてくれました。

    また今年は、TEENS(中高生)のためのプログラムの一部をJELAが担当し、JELAの事業についての説明したり、過去にアメリカ・インド・カンボジアの各ワークキャンプに参加した人に体験談をお話しいただく時間をもちます。
    JELAの部分が始まるのは14:15からです。

    一日神学校にはどなたでもお越しになれます。またTEENSの皆さんもぜひお友達をさそってご参加ください。

    【関連リンク】