2015年11月27日金曜日

【国際青年交流奨学金】 心の世界を大きく広げた出来事

JELA奨学金制度から4年間の学費を全額支援してきた今村春香さんから便りが届きました。今村さんはベトナムから日本にいらしたインドシナ難民の二世です。群馬県立女子大学を来年3月に卒業予定で、4月からの商社勤務が内定しています。

2年生の時に米国のカリフォルニア州立大学に半年間、自費留学されましたが、この時もJELAから現地の学費を支援しました。今回は、そのカリファルニアで今村さんが体験なさった、ご自身の生き方を根底から変える出来事について書いていただきました。

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20139月。希望と不安を胸に、私は生まれて初めてアメリカ、カリフォルニアの地に降り立ちました。

小学校4年生のときに、社会科の授業で「カリフォルニアは人種のるつぼ」だと習ったときから、どんな形であれ必ずカリフォルニアに行くと心に決めていました。なぜなら、学校で私が唯一の外国人だったからです。名前や言語、習慣など、家庭で当たり前だったことが、学校に行ってみると私だけが違い、その違いを周囲から指摘され続けていました。

馬鹿にされたり、軽蔑されたりするたび、「私は悪いことをしているわけではない。誰かに迷惑をかけているわけでもないのに、なぜ私は異常であるかのような扱いをされるのか」と疑問を抱いていました。ベトナム人だけれども、ベトナムで暮らしていないのでベトナム人になりきれず、日本人でもない私は、完全にアイデンティティを失っていました。そんな私にとって、多種多様な人種の人々が同じ地域で生活をしているというカリフォルニアは、とても興味深い場所だったのです。

右端で腕を上げているのは今村さん
そんな決心をしてから約10年。大学2年生のとき、ついにカリフォルニアへの留学が実現しました。留学当初、私を日本人だと思っている現地の友人に、自分がベトナム人だということを隠しながら生活していました。これは、日本で自然と身につけた自分を守る方法です。「悪いことではないのに、なぜ隠さなければいけないのだろう」と何度も自問自答しましたが、その答えは出ませんでした。

そんなある日、友人と一緒にいるときに母から電話がありました。母と私の会話はベトナム語なので、友人は、日本人と思っていた私が目の前で突然違う言語を話しだしたことに驚いていました。電話が終わると、もちろん質問され、私はベトナム人だということを告白しました。どんなことを言われるか、とても怖かったのを覚えています。

そして、返ってきた反応は「すごいじゃない! 羨ましい!」でした。こんな反応は人生で初めてで、正直戸惑いました。「私、日本人じゃないのよ?」と言ったところ「それがどうしたの? 私は春香が日本人だから友達になったわけじゃない。春香が春香だから友達になったのよ。ベトナム人だろうと関係ないわ」と返ってきました。

私にとっては、まるで隕石が地球に衝突してきたくらい、とても大きな衝撃でした。このことをきっかけに、私の世界が大きく広がり、また自分が誰よりも国籍にこだわっていたことに気がつきました。振り返ってみれば、自分がベトナム人だと知った後も、そばにいてくれる友人がたくさんいました。なぜその人たちには目がいかず、軽蔑する人たちだけに目がいって、自分で自分の首を絞めていたのでしょうか。あの頃の私は見ている世界がとても狭かったです。
今村さん(中央付近赤と黒の服)と留学先の仲間たち

その日以来、ベトナム人であることを隠さなくなりました。ベトナム人ということよりも私自身を見てもらえるよう、誇れる自分でいることを意識しています。

もし、大学に進学せず、留学にも行けていなかったら、きっと私は今でも国籍にとらわれていたでしょう。大学の4年間、そして中でもアメリカにいた7ヶ月は、私の人生のターニングポイントです。たくさんの人、特に日本福音ルーテル社団の皆様に支援をしていただいたからこそ、ここまで来れ、自分の未来に希望を持てました。心から感謝しています。(今村春香)


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20134月発行のジェラニュース第307頁にも今村さんの別の記事がありますので、併せてお読みいただけると幸いです。今村さんとご家族の人生がますます豊かに祝されることを祈ります。

【関連リンク】
国際青年交流奨学金(JELAニュースブログ)
日本福音ルーテル社団 (JELA)