2018年8月27日

【信仰書あれこれ】マザー・テレサとの日常的な接触

片柳弘史『カルカッタ日記――マザー・テレサに出会って』(2003年、ドン・ボスコ社)をとりあげます。ちなみに2018年1月31日の本欄「吉永小百合さんに差し上げた本」でも、片柳氏の別の著書『祈るように生きる』(2015年、ドン・ボスコ社)をとりあげています

大学を出たばかりの平信徒・片柳氏は、1994年から95年にかけての通算約一年ほどをカルカッタのマザー・テレサのもとでボランティアとして過ごしました。現地で堅信式を受けるにあたりマザーに代母になってもらった経緯や、マザーから司祭 になるようにとの勧めを受けたときの戸惑いについても記されています。

本書は、マザー・テレサの日常的な振る舞いや珠玉の言葉に身近で接した20代の若者の貴重な記録です。

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1994年11月20日の日記から
  • 行列が始まった。……マザーの後ろにくっついて1時間くらい街中を歩いた。マザーの周りにはたくさんの人が近寄ってきた。話しかける人、足に触ろうとする人や、マザーを拝んでいる人までいた。街の人々はみなマザーをとても尊敬し、愛しているようだった。後ろから歩いて気がついたのは、マザーがスタスタと歩くということだ。マザーはもともとそれほど背が高くないのだが、今は背中が曲がってしまってかなり小さく見える。だが、他の人に負けないように、大股ですばやく歩くのだ。……マザーの足をよく見ると、ひどい外反母趾で、親指がほとんど90度近く曲がってしまっている。きっとサイズの合わないサンダルを履いて長年歩き回っていたからだろう。(19~20頁)


同年11月27日の日記から
  • 今日は、待降節の第一主日だった。朝のミサのあと、マザーからボランティアに短い講和があった。今日から聖堂に……馬をつないでおくための岩屋の模型が置かれている。そして、その前に空の飼い葉桶が置いてある。「今日から、クリスマスまで一つでも多くの犠牲を行いなさい。そして、何か一つの犠牲をするたびにこの厩(うまや)の前に来て祈り、そしてわらを一本飼い葉桶に入れなさい。そうすれば、クリスマスまでにこの飼い葉桶はわらでいっぱいになって、幼子イエスを迎えるのにちょうどよくなっているでしょうし、あなたたちの心も幼子イエスを迎えるのにちょうどよく、愛でいっぱいになっていることでしょう」とマザーは話した。イエスのために犠牲を行うことで自分の心の中にある執着を一つひとつ取り除き、イエスを迎えるためのスペースを作ることができる。同時にそのスペースはイエスへの愛で満たされる、ということだ。(22頁)

同年11月28日の日記から
  • 病気をしている時や特別の用事がある時以外は、毎日「死を待つ人の家」でボランティアをしている。ここではすべての仕事が手作業だ。患者さんたちの世話はもとより、掃除や食器洗い、洗濯にいたるまですべて手作業で行われる。洗濯機などを寄付しようと言ってくれるお金持ちもいたらしいのだが、「貧しい人々は洗濯機など持っていません」と言ってマザーが断ってしまったということだ。あくまで、貧しい人々の一人として、貧しい人々に助けの手を差し伸べるというのがマザーの方針なのだ。「もし私たちが贅沢な生活をするようになったら、貧しい人々と同じ言葉で話すことができなくなるでしょう」と、マザーは言う。……患者さんたちが使う毛布の洗濯も手作業ですることになる。痰や糞便で汚れた百枚近くの毛布を毎日手作業で洗い、絞り、屋根に干すというのはなかなか大仕事だ。(24頁)

同年12月7日と8日の日記から
  • マザーが中庭に下りて来た。誓願を立てたシスターたちが「マザー」と叫びながら、われ先にと祝福を求めてマザーの周りに集まって来た……マザーが彼女たちのために話を始めた。……「あなたたちはどこに行っても喜んでいなさい。喜びにあふれたシスターは、周りの人々にとって太陽のようなものなのですよ」とか、「あなたたちが出会うすべての人々が、立ち去る時にはあなたたちと出会う前よりももっと喜びにあふれて立ち去ることができるようにしなさい」というような話をした。(中略)彼女たちは、神の愛を人々に伝えるため、数日中に世界中に派遣されていくのだ。(44~47頁)

著者は現在40代後半で、わかりやすい著作を多数発表し、カトリック司祭として活躍されています。その著者が人生に悩み、将来の生き方を求めてマザー・テレサのもとで過ごした記録が本書です。心の揺れを赤裸々に記されています。


JELA事務局長
森川 博己

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ピアノ連弾デュオ「La Fontaine」がチャリティコンサートを開催!

方波見愛さんと角本茜さんのピアノ連弾デュオ「La Fontaine」が、コンサートを3会場で開催なさいます。10月の横須賀教会、大岡山教会、ユーカリが丘教会の3会場では席上献金を募ります。

会場で集まった献金は、JELAが支援している熊本地震による被災学生の奨学金支援のために寄付してくださいます。

コンサート開催概要は以下のとおりです。お近くの方は、ご家族ご友人をお誘い合わせのうえ、ぜひ足をお運びください。



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ピアノデュオ「La Fontaine」
熊本地震チャリティコンサート 開催概要

【会場・日時】
【入場料】 無料(席上献金有)

【出 演】 La Fontaine(ラ・フォンテーヌ)
方波見 愛(かたばみ あい)、角本 茜(すみもと あかね)によるピアノ連弾デュオ。共に洗足学園音楽大学ピアノコースを卒業。方波見は日本基督教団四街道教会、角本は日本福音ルーテル大岡山教会に所属。それぞれ教会生活を送りつつ、讃美の奉仕も行っている。

【曲 目】 「日本の四季」(中田 喜直)より/リベルタンゴ(A・ピアソラ)、ほか

【コンサートの目的】 日本福音ルーテル社団(JELA)の実施する熊本地震による被災学生のための奨学金プログラムの支援

【協 力】 日本福音ルーテル社団(JELA)

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【関連リンク】   
チャリティコンサート関連記事(ブログ) 
日本福音ルーテル社団(JELA)ウェブサイト

【信仰書あれこれ】ホスピス緩和ケアの権威と「がん哲学外来」創始者の対話(その2)

柏木哲夫樋野興夫 著『使命を生きるということ』(2012年、青梅社)の2回目です。

前回は柏木哲夫氏のエッセイと発言部分のみを引用しましたので、今回は樋野興夫氏の分を紹介します。

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ハンセン病者との出会い

  • 2012年、「がん哲学外来」と私自身にとって、大きな出会いがありました。国立療養所長島愛生園に招かれ、「新渡戸稲造 生誕150周年記念 神谷美恵子 記念 長島愛生園 がん哲学外来(カフェ)」を行ったのです。……そしてここで、これまでの「がん哲学外来」とは異なる設問が出されました。これまでは「人生の目的とは何でしょう」という質問が一番多かったのです。これに対して私は、内村鑑三の、人生の目的は「品性を完成するにあり」を引いて答えていました。しかし、長島愛生園では「何のために生まれたのか」と問われたのです。これほど苦しい人生を送り、しかも今、がんになって、この人生はどうしてあるのか、自分は何のために生まれてきたのか、ひとりの入所者は言うのでした。私は、「神を知るために」と応えました。そのとき、その人の目に涙が光ったのを見たのでした。(177~178頁)


「暇げな風貌」がもたらす効果

  • 私が「がん哲学外来」に必要だと思っているのは、「暇げな風貌」と「偉大なるお節介」なんです……。私の「暇げな風貌」の原点は、吉田富三です。彼はどんなに忙しくても、人が来たらペンを置いて、フェイス・トゥー・フェイスで、その人の目を見てしゃべったという。それはたとえ30秒でも、1分でも、相手にとっては、自分のために時間を犠牲にしていただいたということ。そういう感覚を覚えるというのが私が言う「暇げな風貌」です。……たとえば、大学病院の廊下で患者さんが医師に声をかけることがあります。そのときに「では、廊下を歩きながら話しましょう」という医師と、立ち止まってその患者さんの顔を見て話し、去っていく医師がいます。患者さんにとっては、自分のために時間を犠牲にした医師の方が、余韻が残ります。(185~186頁)


最後に、教会でのカウンセリングについて二人が興味深く重要な話をされているので、その部分から少し引用します。

  • <樋野> この前来た人が言うには、日本の教会で相談するとすぐ、お祈りしますと言うと。相談をしたくて行っているのに、いろいろ話す前にそう言われてしまう。今、東京や横浜の教会から、「がん哲学外来」やメディカルカフェをやりたいというお話も届いています。ただメディカルカフェをやるといっても、できるのかと思うんですね。……患者さんが病院では相談できないから、ここで聞いてほしいとやって来ているのに、「では聖書を開きましょう」となってしまうなら、だめなんです。 
    <柏木> 牧会カウンセリングという言葉があります。……アメリカの場合、牧師はカウンセリング的な教育を受けています。「クリニカル・パストラル・エデゥケーション」。CPEとアメリカでは言われていて、私も何回か参加したことがあります。……いろいろな問題を抱えた人が教会に相談に来ると、CPEを受けた牧師は、まずお話をうかがいます。病院で、まずは受け身でしっかり聞くということを徹底的に学んでいるからです。……ところが樋野先生がおっしゃるように、今、日本の牧師さんは最初から「こうしたらいいんですよ」とすぐに答えてしまう。「聖書を開いてみましょう。ここにこう書いてありますね」と。そうすると、相談に行った教会員は自分のもやもやとした気持ちを打ち明けることができないままに、なんだか教えられたということになる。けれども、心を開いていないから、その教えが入って来ないんですね。そこは大きな問題だと思います。
    <樋野> そう、それはほかの分野でも起こっていることですが、まずは教会が考え方を変え、教会のあり方が変わらないといけないでしょう。その問題が、医療を通してみるとよくわかるんですね。
(中略)

<柏木> ……「お祈りしますと言われたら、それはもう、きょうは終わりと言われたのと同じです」と、その方、言ったんですね……。
<樋野> そこです。牧師がほんとうの対話ができない、慰め、寄り添うということができていない。おかしなことです。(194198頁)

 キリスト信徒である二人の医者による啓発的な話が次から次に展開される、興味尽きない一冊です。

JELA事務局長
森川 博己

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2018年8月24日

【信仰書あれこれ】ホスピス緩和ケアの権威と「がん哲学外来」創始者の対話

柏木哲夫樋野興夫『使命を生きるということ』(2012年、青梅社)をとりあげます。

柏木氏は故日野原重明氏 と並ぶ、日本のホスピスケアの草分けです。そして樋野氏は、がん哲学外来の創始者・実践者として八面六臂の活躍をされています。

本書は、その二人が自分の人生を振り返って語るエッセイ四編ずつと対話三篇からなります。

今回は柏木氏のエッセイと発言部分のみをご紹介し、樋野氏の分は別の機会にとりあげることにします。

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柏木哲夫氏は少壮の医師として、米国のワシントン大学に数年間留学し、帰国を前にして、母校の大阪大学と、淀川キリスト病院から誘いの声がかかります。その時、柏木氏は以下のような思いで職業を選択します。

  • 大阪大学と淀川キリスト教病院と書いて、ずらっと項目を立てます。臨床研究をしたいと思っていたので、「共同研究者」「給料」「将来性」「通勤距離」「世間体」まで入れました。すると全部、阪大に丸がついていきます。……淀川キリスト教病院ではひとりで精神科をやるわけですし、知られている病院ではありません。ところが項目のいちばん最後に「みこころ」と入れました。……書かされたような感じで、なぜか「みこころ」とした。……神の意志というか、自分は神から何を望まれているかということをさして、「みこころ」と言います。その「みこころ」という言葉をじっと見ていると、何かだんだんと大きくなっていったのです。これで、淀川キリスト教病院に就職させていただくことを決断しました。(42~43頁)


柏木氏は、淀川キリスト教病院の精神科開設に携わり軌道に乗せた後、同病院のホスピス立ち上げに奮闘されます。現在は同病院の理事長です。

若い頃に信仰をもったのかと樋野氏から質問され、柏木氏は次のように答えます。

  • 教会に行き始めたのは大学2年のときです。浪人して大学に入ったのですが、思っていたような医学の勉強がまだ始まらない。そこでダンスをしたり、麻雀を少ししてみたり、友達と喫茶店で何時間もおしゃべりしたり、そんな大学生活を1年送りました。……そんな時に、熱心なクリスチャンの友達に誘われて教会に行くようになりました。……信仰をもつようになるには5年かかりました。ひとつ決定的だったのは、ある牧師の話でした。「罪というのは英語でSINと書く。Iが真ん中にある。人間というのは自己中心的だけれども、私が中心にあるということが罪なんです」と。私はかなり自己中心的な男でしたから、今もそうなんですけど(笑)、その話がピタッと来たんですねえ。そして、「その自己中心性という罪は、神の力によってのみ解放される」という話がとても心に残った。(95頁)


ジェラニュースをお読みの方はご存知かと思いますが、柏木哲夫氏は「川柳ひろば」の選者です。面識のない先生に数年前に依頼の手紙を差し上げたら、数日後に電話で「やりますよ」という返事をいただけたのが昨日のようです。

そこで、最後に柏木氏がユーモアの大切さについて触れたエッセイ部分を引用します。

  • ある患者さんが直腸がんの手術を受けることになりました。ところが執刀医がまだ若く、やや頼りない感じがする人で、患者さんはとても不安になったのです。しかし、「先生、大丈夫ですか」と聞くわけにもいきません。そこで、この人は……川柳を作る趣味があるので、1句作り、その句を「これ、先生に」と、看護師に渡したのです。その句というのが、「お守りを医者にもつけたい手術前」。看護師はそれを見て、くすっと笑って、ちょっと頼りなく見える執刀医に渡しました。渡された医師も、くすっと笑って、「これ、いい」と。その医師がすぐに患者さんのところに行きまして、「お気持ちよくわかります」と言った。さらに続けてすごいのは、「直腸がんの手術は、日本一とは言いませんけど、関西では一、二を争う腕を持ってるんですよ」と大嘘をついた。患者さんにはそれは大嘘だとわかるのですが、そういう対応をしてくれた医師に、そこで信頼感を持った。そうして手術は幸いうまくいきました。(113~114頁)


他にもたくさん興味深い逸話が盛り込まれた本です。次回は、樋野興夫氏の文章と発言をとりあげたく思います。

JELA事務局長
森川 博己

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【アメリカ・ワークキャンプ2018】参加者のレポート一覧(まとめ)

ワークをやり遂げ、喜びを分かち合う参加者ら
JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

今年は13名の青少年が7月25日~8月7日の日程で、ホームスティをオハイオ州で数日間行い、ペンシルベニア州インペリアルでの一週間のキャンプに参加しました。

以下はキャンプ参加者によるレポートへのリンク一覧です。レポートの内容は、JELA事務局が一部編集しました。

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2019年アメリカ・ワークキャンプの参加申込については、ジェラニュース次号(12月発行予定)と、JELAのホームページにて近日中にお知らせいたします。

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【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート13(田代 悠陽)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

今年は13名の青少年が7月25日~8月7日の日程で、ホームスティをオハイオ州で数日間行い、ペンシルベニア州インペリアルでの一週間のキャンプに参加しました。

参加者の感想文を掲載します。

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田代 悠陽・16歳(東京都)

ワークキャンプに初めて参加して、学んだことが二つあります。一つ目は私が思っているほどアメリカは甘くないということです。日本に帰って来るまでに英語ペラペラと言ってアメリカに行ったら、日本の英語が通用しなかったことにびっくりしました。

二つ目はアメリカ人の優しさについてです。正直、感動しました。ワークキャンプの三日目にペンキ塗りをしていました。開放的な気持ちになり、日本で流行っている「卍(まんじ)マーク」を家の壁に描いてワークを楽しんでいました。クルー・リーダー(一緒に家の修繕をする六人グループのリーダーを務める成人)から「 Yuhi, No! 」と言われましたが、その時は悪いことをしている意識はなく止めませんでした。

ワーク後に部屋に戻り、今日あったことを日本人スタッフに話したところ、「卍」がナチスのハーケンクロイツ(鉤十字)に似ているので問題行為だと指摘され、初めて事の重大さを理解しました。

案の定、夕食時に日本人スタッフが、私を注意したクルー・リーダーに呼び出されていました。スタッフに申し訳ないのと、クルーに酷いことをしてしまったと後悔しました。正直、クルー・メンバーと仲直りできるか不安でずっと泣いていて、日本人スタッフと共にお祈りをしました。

夜のプログラムの前に、日本人スタッフと一緒にクルー・メンバーに謝りました。その時、リーダーは「 Yuhi, Smile! 」と言ってくれて、超嬉しかったです。(※夜のプログラムのテーマは、「Forgiveness(赦し)」でした。)

翌日もクルーとどう接していいか不安でした。引き続き家のペンキ塗りをしていていましたが、私が元気がないように見えたのだと思います。クルー全員が「大丈夫?」という表情で、私のことを心配していることに気づきました。リーダーは、「卍」のことは忘れなさいと言ってくれて、気が楽になりました。それからクルーとの仲が深まったと感じました。

最終日の夜は本当に楽しい思い出です。リーダーの別れの一言は、「色々あったけど本当に楽しかった、ありがとう!」でした。泣いてしまった。アメリカ人の優しさを感じる体験でした。



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2018年8月23日

【ブラジル音楽ミニストリー報告】音楽教室から生きる力を養う教室へ

JELAが支援するブラジルの音楽ミニストリーに関する最新報告が届きました。報告者は徳弘浩隆牧師です。

今回は音楽教室の報告ではなく、料理教室のような内容です。最後まで読んでいただけると、子どもたちが成長するように配慮されたミニストリーであることがご理解いただけると思います。



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「今度の教室では、お料理教室するから楽しみにね。みんなおいでよ!」と子どもたちのメッセージグループに書き込むと、女の子たちの「えー、結婚して困らないように勉強しなきゃ(笑)」というような返事が飛び交いました。

農業に携わっていたサンパウロ教会のメンバーが私たちの働きに共鳴して、毎月卸価格でオレンジを大きな袋で届けてくれます。健康的なおやつの時間にスープとパン、果物に、ジュースを出していましたが、ジュースは粉末のインスタントだったので、より体に良いものをということでのお申し出でした。


喜んでご好意をお受けして、さっそく試しに通販で買った業務用のジューサーで半分に切ったオレンジを「ギューン、ギューン」とすってみて、とってもおいしい栄養いっぱいのジュースの出来上がりです。「これならいける」と思いました。でも、搾りかすのオレンジの皮を見て「うーん、これももったいないなぁ」と思い、ジャム作りを思い立ったのです。早速簡単ジャムの作り方を調べてやってみました。大人のメンバーには好評でしたが、子どもたちに食べさせてみると「うーん、にがい。。。」とあまり喜んでくれません。


そこで、Jorgeさんが苦味を取る砂糖菓子(オレンジピール)を作る方法を教えてくれたのです。苦味を取るには、搾りかすから白い筋のところを全部取って、鍋で3-4回煮る必要があります。これをきっかけに、今回のお料理教室となりました。

お料理教室当日、「JorgeさんとSoniaさんのお料理教室」という看板を作って、教室の小型ホワイトボードに下げておくと、みんな神妙にしています。男の子はやんちゃすぎる子が多いので、外でサッカーするか見学だけということにしました。音楽もパソコン教室も目が届かないので3時のおやつの時間まではお休みです。いつもスタッフでお手伝いしてくださるJorgeさんとSoniaさんを、今回は「お料理の先生」として紹介しました。そして、お料理といっても、ぜいたくな夕ご飯メニューではありません。オレンジの皮を使って作るジャムと砂糖菓子だということを説明しました。
お菓子作りを指導するJorgeさん(左から2番目)とSoniaさん(左端)

子どもたちに手を洗わせて、順番に数人ずつ包丁を持たせて、オレンジの皮を細く切っていきます。笑いながら、楽しそうに切っています。いつもはあまり集中しなくて、喧嘩したりもする子もこの日は楽しそうに参加しています。男の子たちも、カウンターの外から興味津々で見ています。
オレンジの皮を切る作業に興味深々の子どもたち



いくつもいくつも切って、何度も何度も鍋で煮て、砂糖を溶かしたカラメル状の鍋の中に投入。時々飽きておしゃべりに行ったりする子もいますが、結構頑張っています。包丁の持ち方から教えて、なかには「ねえ先生、箸の持ち方も教えて」と、子どもたちも楽しそうにやっています。そうしている間に、最初の鍋が出来上がりです。みんな恐る恐る食べてみたら「おいしい! もっとちょうだい!」と奪い合いです。覚えたばかりの箸の持ち方で一生懸命取り上げて食べる子もいます。みんな大満足。


JorgeさんもSoniaさんも、とっても嬉しそうに優しく教えてくれました。そして、おまけに「お米のポン菓子」も作ってくれました。残ったご飯を捨てないで、水につけておいて、そのあと天日に干して、フライパンで炒って砂糖をかけたら出来上がり。これも、子どもたちはお替わりにお替り。大人気でした。



「今日のお料理教室はねぇ、お金をたくさん使った、ぜいたくなお料理じゃないでしょ。材料はほとんどタダなんだ! 黙ってたら捨てるはずだったオレンジの皮を使ったんだよ。先生が捨てないできれいに集めてると、『先生、どうして捨てないの?』ってミカエリが聞いてたでしょ。僕らは捨てないで、なんでも利用して、節約して、大切なことにお金を使うんだ。オレンジも、皮のところに一杯ビタミンCがあるんだよ。捨てたらもったいない。日本人は、スイカの皮も捨てないで、白いところをきれいに切って、お漬物を作ったりもするんだよ。みんなも、お金がない時でも、おかずやおやつが作ってあげられる素敵なお母さんになって欲しいんだ。」と説明しました。


その日は最後まで、子供たちはいつになく素直でいい子でした。少しでも覚えてくれて、いつか人生で役に立ったらいいなと、スタッフ一同祈りながら続けていきたいと思います。


音楽教室だけではなくて、子どもたちの生きる力を養う素敵な教室に成長していると感謝しています。看護婦さんやお医者さんや弁護士さん、いろんな人が教会に通っていますから、毎月一度は子どもたちの講座をしてもらおうと思っています。これからも、お祈りとお支えをよろしくお願いいたします。

徳弘浩隆


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2018年8月21日

【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート12(安藤小泉 海)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

今年は13名の青少年が7月25日~8月7日の日程で、ホームスティをオハイオ州で数日間行い、ペンシルベニア州インペリアルでの一週間のキャンプに参加しました。

参加者の感想文を掲載します。

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安藤小泉 海・18歳(熊本県)

今回のキャンプでの経験は宝物ともいえるとても大きなものでした。
始まるまでは不安と緊張でいっぱいでした。ですがいざアメリカに着いて教会に行くと、ホストファミリーの方々に暖かく迎えられ、ワークキャンプのために移動する頃には別れがたくなっていたほどでした。

キャンプが始まってからはいろいろと苦労しました。ホームステイの時は、音楽やスポーツといった言葉が通じなくても絆を深めることのできるものをフル活用して距離を縮めました。ですがワークキャンプとなると、僕の場合はペンキ塗りでしたが、仕事をするなかでのコミュニケーションは今まで経験したものと違い、また日本人だからといって特別扱いをされる環境でもありませんでした。不安や焦りでいっぱいでしたが、日を重ねる中でだんだんと打ち解け、毎日が楽しく、あっという間に過ぎていきました。

このキャンプの目的はクリスチャンの霊的な成長を促すというところでした。朝と夜のプログラムで賛美やGrit(*試練に耐え乗り越える勇気)というテーマについて話したり、様々な内容が用意されていました。それらのひとつひとつが心に深く刺さり、自分という現実を突きつけられ、自分と神様との関係というものを考えさせられる、重く、そしてすばらしいものでした。

普段は僕たちと同じように遊び冗談を言っていたアメリカ人のみんなが、プログラムのときは涙を流したり全く違う表情をしていたことにも、とても大きな衝撃を受け、日本人の参加者とのギャップを考えさせられました。

このワークキャンプに参加して本当によかったと思います。純粋に海外の文化に触れることで得た経験は勿論、教会に生きる人間として、たくさんのことを感じ、考えることのできる時間でした。ここで得た経験をこれから学校、また教会生活の中に活かし、実践していきたいと思います。

現地でのコミュニケーションの面だけでなく様々な面でサポートしてくださったJELAのスタッフの皆さんに感謝しています。おかげで人生で最も濃く、貴い時間を過ごすことができました。本当にありがとうございました。



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2018年8月20日

【信仰書あれこれ】朝の道しるべ

小島誠志著『朝の道しるべ――聖句断想366日』(2011年、教文館)をとりあげます。

著者の『聖句断想』シリーズ1~5巻より、一年366日分を選んで編んだものです。『聖句断想』シリーズの一片一片は、著者が牧会する日本キリスト教団・松山番町教会の週報に連載したものです。

一日分の関連聖句+断想が文庫本サイズの1ページに収まるように編集されていて読みやすく、いずれの日も霊的に深い内容です。

以下にいくつかご紹介します。

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  愛と律法(150頁)
「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」、そのほかどんな掟があっても、「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉に要約される。(ローマ139
  律法は禁止します。「するな」「するな」と。信仰は勧めます。「愛しなさい」と。
間違いを犯さない正しさよりも、たとい傷ついても愛する行為が貴いのです。正し
いだけの神は、私たちには何のかかわりもありません。「独り子をお与えになった
ほどに」自ら傷つかれた神こそ、私たちの神であります。

  渇いた大地のように(272頁)
あなたに向かって両手を広げ/渇いた大地のようなわたしの魂を/あなたに向けます。(詩編1436
  両手を広げるのは祈る姿勢を示しています。自分を明け渡す姿勢であります。祈る者は罪深い自分をさらけ出して神に向かいます。自分の内奥を隠したままで祈ることはできません。祈りは単に嘆願ではないからです。神との出会いであります。祈る人は渇いた大地のように、ひび割れたまま天に向き合っています。

  危機の海で(301頁)
イエスは言われた。「わたしだ。恐れることはない」。そこで、彼らはイエスを舟に迎え入れようとした。すると間もなく、舟は目指す地に着いた。(ヨハネ62021
  夜、荒れた海、狼狽している弟子たちに、主イエスは声をかけられました。彼らがイエスを迎えようとした時に、舟は「目指す地に着いた」と言われています。危機の海で、そのただ中に立ちたもう主イエスの声を聞けるかどうか――そこに信仰生活の勝敗がかかっています。

  結果ではなく始まり(306頁)
ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。……」。イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」。(ヨハネ923
  なぜこうなったのか、と人間は問います。なぜこんな災難がおそったのか。なぜこんな病気になったのか。まるですべての結果がそこに現れたかのように。しかし、主イエスにあって、事態はそういうものではありません。災難も病気も、神がそこから御業を行ってくださる始まりなのです。混沌から神が光を創造されたように。

どうでしょう。どれも心に響いてきませんか。最後にもう一つ、私を含め教会に集う者にとって、とても重要な断想を紹介しておきます。
  わたしが生きているので(320頁)
わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。(ヨハネ1419
  集まっている人々が頑張って活動しているので教会が生きているのではありません。そうではなく、キリストが生きて働いているので教会は生きているのです。キリスとなしに人が頑張りすぎて、教会は死ぬこともあります。


短いながらも、このような断想とともに一日を始めたり終えることができるのは、大きな祝福だと思います。

JELA事務局長
森川 博己

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【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート11(神庭 真実子)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

今年は13名の青少年が7月25日~8月7日の日程で、ホームスティをオハイオ州で数日間行い、ペンシルベニア州インペリアルでの一週間のキャンプに参加しました。

参加者の感想文を掲載します。

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神庭 真実子・18歳(東京都)

精神的にも体力的にも非常に鍛えられた1週間で、辛いことも多く、日本に帰りたいと思った日もあったけど、毎日が新鮮で、楽しくて、一日一日が濃い1週間でした。

朝も昼も夜も、一日中神様のことを考えて過ごす1週間は初めてで、今までの人生の中で一番神様について考えて、自分と向き合い、自分の中の信仰心が強まりました。

ワークサイト初日は、クルー(*家の修繕作業を一緒にする仲間)同士の会話の速さについていけず、何を言ってるかも聞き取れず、自分の言いたいことが言葉にできず、本当に苦しかったです。

ワーシップソングのメロディーも歌詞も分からず、歌えない孤独感、クルーとのディボーション(*聖書を読んでの分かち合い・祈り)も一言も話せず、クルーが話を振ってくれたのに何も返せない苦しさ、申し訳なさでいっぱいでした。明日を迎えるのが怖くて、不安しかありませんでした。

しかし、その日の夜のプログラムで歌った賛美歌の歌詞に「the earth is filled with His glory 」というところがあり、言葉は通じなくても信じてるものは同じだということに気づき、安心して涙が出ました。

そして、日を重ねるにつれて、ディボーションも自分から発言できるようになり、クルーとも日本語を教えたり、ご飯を一緒に食べようと誘ってくれたりと、思うように喋れなくても、絆を深めていくことができ、離れたくない、帰りたくないと思うようになっていきました。

クルーもレジデント(*修繕した家の居住者)の家族も、他のクルーの友達も、本当に優しくて、別れるのが辛くなるほど、仲良くなることができました。

ワークサイトはポーチの手すり制作、壁のペンキ塗りが中心でした。泥やペンキだらけになって、仲間と協力して、助けを必要としている人のために働くことのやり甲斐と魅力を感じました。

個人的には木曜日のプログラムが印象的で、「神はあなたを間違いなく居るべき場所に置かれた」という一言で、自分の中の価値観がガラリと変わりました。今まで受け入れ難い現実や、現状に対する不満で神様から離れた時期もありましたが、神は私を今この場所に意味あって置かれているのだと考えると、辛いことも苦しいことも、神様が与えてくださった試練だと思って、乗り越えられると思いました。そして、神様を信じようという気持ちが固まりました。

多くの人と出会えたこと、自分の価値観の変わる経験ができたこと、信仰が深まったこと、すべてワーキャンに参加したからこそできた貴重な体験です。ワーキャンに参加して本当によかったです。



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【信仰書あれこれ】愛と祈りのことば

『マザー・テレサ 愛と祈りのことば』(ホセ・ルイス・ゴンザレス・バラド編、渡辺和子訳、2000年、PHP文庫457)をとりあげます。

20年近く前、初めてインドに出張し、コルカタ(昔のカルカッタ)にある「神の愛の宣教者会」本部を訪れました。日本から一緒に行ったカトリックの女性が、建物内のある場所で跪いて十字を切りました。あとで本人に確かめると、そこはマザー・テレサの遺体が保管されている場所なのでした。何も考えずに通り過ぎた自分を恥ずかしく思ったものです。

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以下に、マザーが毎日の生活で遭遇した「事件」から語った言葉をいくつか引用します。

  • ある夜のこと、一人の男性が訪ねてきて、「八人の子持ちのヒンズー教徒の家族が、このところ何も食べていません。食べるものがないのです」と告げてくれました。そこで私は、一食に十分なお米を持ってその家に行きました。そこには、目だけが飛び出している子どもたちの飢えた顔があり、その顔がすべてを物語っていました。母親は私からお米を受け取ると、それを半分に分けて、家から出て行きました。しばらくして戻って来たので、「どこへ行っていたのですか、何をしてきたのですか」と尋ねました。「彼らもお腹を空かしているのです」という答えが返って来ました。「彼ら」というのは、隣に住んでいるイスラム教徒の家族のことで、そこにも同じく八人の子どもがおり、やはり食べる物がなかったのでした。(44頁)
  • 数年前のことですが、カルカッタに砂糖不足が起きたことがあります。ある日のこと、四歳ぐらいの男の子が両親と一緒に私のところへ来ました。砂糖を入れた小さな容器をたずさえて。その入れ物を私に渡しながら男の子が言いました。「僕は、三日間お砂糖を食べるのを我慢したんだ。だから、これがそのお砂糖。マザーのところにいる子どもたちにあげてね」。この男の子は深い愛を持っていたのです。そしてその愛を、このような自分の我慢で表わしました。……この子は、大人から私のことを聞いた時に、自分のお砂糖を我慢する決心をしたのでした。(45~46頁)
  • ある日のこと、若い男女が修道院を訪れて面会を求め、私にたくさんのお金をくれました。「どこから、こんなに多額のお金を手に入れたのですか」と私は尋ねました。「二日前に結婚したばかりです。結婚する前から、私たちは結婚式を大がかりにしないこと、披露宴や新婚旅行をしないと決めていたのです。そのために使わないで済んだお金を、マザーのお仕事のために使っていただきたいのです」。このような決心をすることが、特にヒンズー教の家庭でどんなに難しいかを私は知っていました。ですから私はあえて尋ねました。「でもどうして、そんな風に考えついたのですか」。「私たちはお互い同士、深く愛し合っています。だから、私たちの愛の喜びを、マザーのもとにいる人びとと分かち合いたかったのです」。(50~51頁)


最後に、マザーの働きの核心とも言える彼女の言葉を二つ引用します。

  • 貧しい人が飢えで死んだ場合、それを神様のせいにしてはなりません。あなたや私がその人が必要としていたものを与えようとしなかったからなのです。つまり、私たちが神様の愛を伝える御手の道具になろうとせず、パンの一切れを与えることなく、寒さから守ってやる衣服を与えようとしなかった結果なのです。キリストが、寒さに凍え、飢えで死にかけた人の姿をとって再びこの世に来給うこと、淋しさに打ちひしがれた人の姿、温かい家庭を求める、さまよう子どもの姿をとって来給うことに気づかなかった結果なのです。(61頁)
  • 私たちはイエスにしているかのように貧しい人々に仕えてはいけません。彼らはイエスその方だから仕えるのです。(72頁)


どのページをあけても、このようなエピソード、言葉がぎっしりつまった本です。

JELA事務局長
森川 博己

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2018年8月17日

【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート10(久保田 咲羽)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

今年は13名の青少年が7月25日~8月7日の日程で、ホームスティをオハイオ州で数日間行い、ペンシルベニア州インペリアルでの一週間のキャンプに参加しました。

参加者の感想文を掲載します。

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久保田 咲羽・13歳(熊本県)

私のクルー(*家を修繕する6人のグループ)は、ベッドルームの壁と天井を塗る仕事を担当しました。ですが、部屋の中の会話も指示も聞き取れなくて一人突っ立っていました。そんな時、クルーの一人が分かりやすい英語で話してくれました。でも、言葉が分からないのは辛くて、ワーク2日目にホームシックになってしまいました。クルーの一人が慰めてくれて、少し気が楽になりました。私は、これは神様が私に与えた試練なんだ、と思いました。

その次の日の昼のデボーション(*一緒に聖書を読み話し合う時間)でクルーリーダーが「私はなんでも知っていた気になっていたけど、サワに出会って人生が変わった。私の人生を変えてくれてありがとう」と言ってくれました。私こそ人生が変わったと思います。日本を発つ前はどうにかなる、と思っていたけれど、全然どうにもならなくて大変で、辛くて、でも、クルーが助けてくれたり、わかりやすく喋ってくれたりして、とても嬉しかったです。

言葉がわからなくても仲良くなれるんだと思いました。私はこれは試練ではなくて贈り物だと思いました。




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【信仰書あれこれ】みことばを生きる(その2)

先日紹介した岩島忠彦著『説教集 みことばを生きる』がとてもいいので、もう一つ、別の説教もご紹介します。

とりあげるのは、「悔い改めの季節」(ルカ福音書3章1~6節)という題の、教会歴では12月の待降節第二主日の説教です。

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待降節というのはクリスマスを前にして、「信者があらためて主イエス・キリストを自分の内にお迎えし、その恵みと平和にあずかることができるように準備する季節です。そのため、私たちは少し立ちどまり、自分が巻き込まれている日々の生の営みを客観的に眺めて見る必要があります」(本書150頁)。

引用される聖書箇所の終わりの方で預言者イザヤの次の言葉が出てきます。
「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。谷はすべて埋められ、山と丘はみな低くされる。曲がった道はまっすぐに、でこぼこの道は平らになり、人は皆、神の救いを仰ぎ見る』」(新共同訳聖書ルカ3:4~6)。

さらっと読むと何も感じないような箇所かもしれませんが、著者はこの部分を次のように説明します。
  • 「谷」も「丘」も私たちの心の中にあります。……私たちが持っているさまざまな問題、悩み、くったく、ディレンマ、性格的弱さ。これらと私たちは日々やっきとなって格闘しています。私の内なる深い「谷」。(150頁)
  • 「丘」――それは私たちの持っている自負心。仕事、野心、自己開発。この世に生きている限り、何かを実現したい。どうしてもこれだけはやり遂げたい。他の人に先んじたい。ここでも、「私」がフル回転して自分が疲れ気味になってしまう日々。(150頁)
  • 「主の道を整える」とは、自分のしゃかりきになっている心の扉を主に向かって開く余裕を持つということです。そのとき、ある意味で「谷」は埋められ「丘」は平らとなり、「神の救い」をいただくことがわかるでしょう。(150~151頁)
  • 福音は「罪のゆるし」「悔い改め」の必要を説いています。……罪というと何か具体的な悪しき行為、良心のとがめ、できれば見たくない自分の歪みといったことだけを連想しがちです。でも聖書の罪とは、的はずれという意味だと言われています。自分だけの力に頼って、神様に目を向けない――生き方・心の持ちようの的はずれ。私たちがやっきになって生きようとすればするほど陥りがちな傾向。これに対する回心が折々必要なのでしょう。(151頁)
  • 私たちが少し冷静になり、神さまに希望の目を注ぐなら、慰めの霊が私たちの心を満たすことでしょう。……自分の生の営みの中で、自分自身よりもっと大切なことがある―-私にとってもっと大切なものは自分より神さまだ。これに気づいたとき、私たちは心の自由をもって自分の人生と取り組んでいくことができるでしょう。(151頁)

待降節にこんな説教を聞けるのは恵みですが、待降節だけでなく、「折々に」このような話に耳を傾け、自分の力に頼りがちな自らの姿勢をただし、神さまに目を転じることができる日々は、なんと祝福に満ちたものでしょう。本書の一つひとつのメッセージから、そのような思いが確かに伝わってきます。

JELA事務局長
森川 博己

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【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート9(森澤 涼帆)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

今年は13名の青少年が7月25日~8月7日の日程で、ホームスティをオハイオ州で数日間行い、ペンシルベニア州インペリアルでの一週間のキャンプに参加しました。

参加者の感想文を掲載します。

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森澤 涼帆・16歳(大分県)

私の家系はクリスチャンではありませんが、母がキリスト教系の職場に勤めていたことからこのワークキャンプのことを知ることができ、今回のキャンプに参加させていただきました。

私はこのキャンプに行く前、キリスト教といったら難しそうな学問だなと感じていて、参加させていただくことが決まった後は、奉仕活動や聖書の学びは何をすべきなのだろうか、どんなことをするのか、ということを考えたり、キャンプ中は現地の方と多くの行動を共にするということだったので、言語についての不安も多くありました。

いざキャンプが始まり現地の方たちと交流を重ねていく中で、多くのことを学ぶことができたのではないかと思います。たとえば、お昼ご飯の後にあったクルーデボーション(*家を一緒に修繕する仲間との聖書の学び)の時のことです。毎日テーマごとに神様についてだったり私たち自身のあり方について考えたり、分かち合いをする時間で、最初はクルーの話についていくことが精一杯だったので、神様のことを考えるといったことが出来ていなかったと思います。ですが、回数を重ねていくうちに、神様が私たちに様々なことを与えてくださっているのだなぁといった考えになっていきました。

夜は神様を崇めたり、キャンプの参加者全員で神様にお祈りするといったプログラムがありました。私は今まで神様になにかお祈りするといった機会が多くなかったため、誰かのためにお祈りをすることがとてもすごいものだと感じることが出来ました。


今回のキャンプでは、神様そのものだけでなく、自分自身のあり方についてたくさんのことを学べたのではないかと思います。今まで触れてこなかったキリスト教の考えからみた自分というものも私にとってはとても新鮮で、多くのことを学べる機会でした。キャンプ前に私が立てていた、人とコミュニケーションをとるという目標も、少しだとは思いますが、出来てきたのではないだろうかと思います。

キャンプでの学びや聖書のお話で感じたこと成長できたことは、これから私が大人になっていく中でとても大きな糧になると思います。たくさん悩んだし反省した一週間でしたが、このキャンプでの学びや考え方を生かして、これからも多くのことを学んで成長していければと思います。



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2018年8月16日

【信仰書あれこれ】みことばを生きる

岩島忠彦『説教集 みことばを生きる』(2003年、教友社)をとりあげます。

本書は、著者を含む四人のイエズス会司祭が、聖イグナチオ教会のホームページに主日の福音の説教を三年半ほど連載した中から、著者分を一冊にまとめたものです。

著者によると、「みことばを生きる」というタイトルにしたのは、これらの説教が、福音の言葉を一つひとつ拾い上げて自分の生活の中で味わうという姿勢を貫いたものであるためです。

著者はこうも説明します。「(私が)ずっと求めていたこと。それはお仕着せでない自分の信仰を生きていくということでした。受けた信仰が自分の生活とズレを生じることがないようにと言ってもいいかもしれません。そんな自分の心の軌道のようなものがこの説教集にはよく表れています」。(201頁)

本書は三部構成で、第一部では自分の内面や生き方に向かう内容、第二部ではイエス・キリストご自身に目を向ける要素、第三部では信仰を生きる様々な断面、が扱われています

以下では、第二部に含まれた「新しい革袋を」(マルコ2:18~22)という説教をご紹介します。

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ヨハネの弟子たちやファリサイ派の人々が断食をしているのに、イエスの弟子はなぜそれをしないのかという「断食論争」の箇所です。キリストの福音の二つの特徴、「喜びと新しさ」が説かれます。

  • 福音が「喜ばしい訪れ」であるといったことはいつも聞かされていますが、私たち信者は心底そう感じ受けとめているでしょうか。そのような思いが心から突き上げてくるでしょうか。……ルターがパウロに倣ってキリスト者の自由と解放を高らかに謳ったのに、プロテスタント精神の中に違った要素が巣くいだしたことはないでしょうか。(87頁)
  • この突き上げてくるような心の平和、救いの喜び、それがあってこそ、あらゆる艱難辛苦や信心の業に意味が出てきます。それは、キリストを通しての父なる神様との確かで強い交わりにこそあるのだと思います。……自分のうちに福音の喜びが息づいているかどうか確かめてみましょう。(87頁)
  • キリストの福音は、それに触れる者だれにとっても新しいものです。「目が見もせず、耳が聞きもせず、人の心に思い浮かびもしなかったことを、神は御自分を愛する者たちに準備された」(Ⅰコリント2:9)。「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わり」(Ⅱコリント13:13)は、人が通常の生の営みで体験するどのようなものとも異なるものです。それは真実と恵みと安心に満ちています。信仰するとき、「このようなことがあったのか!」と人は驚くほどの事柄です。神様との交わりは新鮮で、日々新たです。ですからそれに接する者は、それまでの生きる姿勢を修正する必要があります。「悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:15)。「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい」(マタイ6:33)。全く新しいから、例外なくすべての人にこう語りかけられているのです。(87~8頁)
  • 今日の福音で言えば、古い革袋・古い服、それが従来の私たちであり、そのままでは福音の恵みが受けとめられないと言っているのです。……私たちも常識や自分なりの信念、やり方に固執することなく、「幼子のように」福音の新しさに身を委ねましょう。「喜び」と「新しさ」。これは、キリストの福音が示すかなり本質的な特徴です。自分の中にそんな性質が感じられる福音を確認できますか?(88頁)

本書に収められた説教では、神様のいのち、キリストの現存、その恵みといったことが繰り返し強調されています。じっくり味わうに足る説教集です。最初に引用される長い聖書箇所を除いた説教部分だけだと3ページ前後なのですが、いずれも内容的に深く、心の奥に語りかけてきます。

表紙はフラ・アンンジェリコの作品で、著者がぜひともこの本の表紙に使いたかったものだそうで、わかるような気がします。

JELA事務局長
森川 博己

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2018年8月15日

【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート8(平林 和加子)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

今年は13名の青少年が7月25日~8月7日の日程で、ホームスティをオハイオ州で数日間行い、ペンシルベニア州インペリアルでの一週間のキャンプに参加しました。

参加者の感想文を掲載します。 
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平林 和加子・16歳(東京都)

私は今回のキャンプで色々な体験をし、たくさんの刺激をうけました。

ホームステイの時は、家族の方たちが気を使ってゆっくり話してくれたり、日本人の友達も一緒にいたので、言葉や食べ物で苦労することはありませんでした。ですが、ワークキャンプに行くと、6人ずつのグループに別れて神様のことを考えたり、古くなったお家を直すお手伝いをします。もちろん、そのなかでは英語しか使えません。アメリカの学生がしゃべる英語は驚くほど速く、聞き取ることができませんでした。

初日は、グループの人たちが話している話題を聞き取れず話に入れなかったり、気をつかって日本のことを聞いてくれているのに、何度も聞き返してしまったり、大好きな讃美歌を歌えなかったり、何もできずに一日が終わってしまいました。

 二日目からは、本格的に作業が始まりました。初めて家を見たとき古さに少し驚きました。私が行ったお家は、屋根に穴があいていたのでそれをふさいだり、倉庫が黒ずんでいたのでペンキを塗ったり、雨で木のスロープが腐らないようにニスを塗ったり、日本にいたら絶対に出来なかったことを色々体験することができました。

作業中は没頭してたので、コミュニケーションなど、あまり気にせずに過ごすことができましたが、ディボーション(*聖書を介した分かち合いの時間)になると、質問は聞き取れても自分の意見を英語で言うことができず、いつも黙っていました。ですが、三日目ぐらいになると耳もだいぶ慣れて少しずつコミュニケーションも取れるようになりました。

最終日、完成した家を住んでいる人に見せると、涙を流して喜んでくれました。90歳のお祖母さんは私の手を握りながら、「わざわざ日本から来てくれてありがとう。あなたに出会えてよかったわ! あなたたちが直してくれたこの家で、残りの短い人生、楽しむわ!」とグーグル翻訳を使いながら話してくれました。私はこの時ようやく、勇気をだしてアメリカまできてよかった! と思いました。 


今回のキャンプでたくさんの人に出会い、たくさんの愛をもらいました。言語も違う、育った環境も違う私に、優しく声をかけてくれたり、私も会話に入れるようにグーグル翻訳をつかってくれたり、言葉は通じなくても大切な友達はできるんだなーと思いました。

勇気をだして参加して本当によかったです。このような、素晴らしい体験をさせてくださりありがとうございました。


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2018年8月14日

【信仰書あれこれ】日本の皇室とキリスト教

守部喜雅著『サビエルと天皇――豊後のキリシタン歴史秘話』(2016年、いのちのことば社フォレストブックス)をとりあげます。

以下では、第二次大戦後の皇室とキリスト教の関わりについての部分をご紹介します。非常に興味深い内容です。

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終戦直後の状況

  • 終戦直後の日本で、天皇が急速にキリスト教に接近したという、信じられないような出来事が起こっています。なぜ、そのようなことが起こったのか。それは、敗戦後、人々が生きる指針を失った日本の復興のために新しい価値観を求めざるを得なかった、という状況と無関係ではありません。(3頁)
  • 終戦の翌年には、社会事業家でありキリスト教の牧師でもあった賀川豊彦が宮中に参内し、昭和天皇にキリスト教の講義をしています。やがて、皇居内では、皇族を対象とした聖書研究会が開かれました。時の皇后陛下や、昭和天皇の子女たちも毎週のように聖書を学び、賛美歌を歌っていたといいます。また、マッカーサーの要請で、アメリカの聖書配布団体は百万冊以上の新約聖書を日本に持ち込み、敗戦で打ちひしがれていた日本人の多くが、新しい価値観を提供するキリスト教会に参加するようになったのです。<参照『昭和天皇・七つの謎』加藤康男著>(本書32頁)
  • 1949年5月、東京の明治神宮外苑で、「フランシスコ・ザビエル来日400年記念式典」が、大々的に行われました。主催したのは、当時、日本を占領していたアメリカのGHQ(連合国最高司令官総司令部)です。敗戦国日本をどのように統治していくのか。この課題に、GHQは、天皇を現人神にする日本の精神的支柱に代えて、キリスト教を日本人の生き方の模範とするという政策を打ち出そうとしていました。(32頁)
  • 「私はずっと、クリスチャンは誠実な人柄の持ち主であると考えております。道徳、人格が退廃に向かう悲しい傾向に直面する時、クリスチャンが我が国の光となることを切に願うものであります」。これは、ICU創立総会の折、名誉総裁の高松宮殿下が挨拶で述べた言葉ですが、ここに、皇室がキリスト教に対し、当時、どのようなイメージを持っていたかが如実に表れています。(33頁)


皇室がキリスト教に接近した別の側面

  • それまで、天皇を権威の頂点として挙国一致を叫び、侵略戦争を続けていた日本が、敗戦となるや、その指導者が手のひらを返すようにキリスト教を持ち上げている。その背後には、天皇の戦争責任を何とか回避したいという日本政府側の政治的思惑があることを見逃すことはできません。天皇自身、キリスト教への改宗を考えていた、という説もあります。戦争責任を負う形で天皇の座を退き、なんとか皇室を存続させたいという思いから、戦勝国アメリカからもたらされたキリスト教への改宗という要請に応えざるを得ない、というところまで天皇は追い詰められていたというのです。(38頁)


終戦後すぐの皇室がもった牧師との関わり

  • 昭和天皇の三人の弟君・秩父宮、高松宮、三笠宮は、それぞれに植村環牧師についてキリスト教の学習を励み始めていました。実は、この植村環牧師の講義には、昭和天皇も三回に一回は参加していたと言います。植村牧師は一週間に一回は皇居に入っていましたから、天皇も一か月に一回は出席していたことになります。(39頁)


平成天皇夫妻が皇太子夫妻時代にもった牧師との関わり

  • 美智子妃殿下(*当時)は、カトリックの聖心女子大学を卒業、家庭がクリスチャンホームであったことから、皇太子妃としての身分が問われましたが、「洗礼を受けていないなら問題ない」との岸信介首相の提言で既婚へと導かれています。しかし、皇室に入ってから、持参した聖書をはく奪されるなど様々な障害を持っていたとも言われています。(40頁)
  • 今生天皇が皇太子時代、美智子妃殿下と共に、夏の間は避暑に軽井沢を訪れることが恒例となっていました。軽井沢プリンスホテルが滞在先で、この期間、ホテルは貸し切り状態で、一般客は泊まることはできません。ところが、軽井沢に滞在中の皇太子夫妻に、毎年、家族共々、会っていた人がいたのです。今は亡き、田中政男氏と滝元明氏の両牧師とその家族の皆さんです。(43頁)
  • 皇太子夫妻との出会いのきっかけを作ったのは田中政男牧師で、以降の、皇太子夫妻との会見には、滝元明牧師とその家族も加わり、長年にわたって親しい交わりがあったことは、筆者も滝元牧師から聞いています。田中牧師が美智子妃殿下に贈ったのは『百円玉に誘われて』という自叙伝 ですが、滝元牧師の書いた『われ土方なれど』( 以上、いのちのことば社)に対しても妃殿下は大きな感動を受けたと感想を述べられたということです。今生天皇が皇太子時代、韓国を訪問されるときには、韓国のキリスト教会とも関係があった滝元牧師に韓国事情をくわしくお聞きになっています。(45頁)
森川注1:田中牧師が美智子妃殿下に贈ったのは自著の『百円玉に誘われて』ではなく、滝元明牧師の『平安を持つ秘訣』という小冊子。
      2:美智子妃殿下が感動し感想を述べたのは、滝元牧師の『われ土方なれど』ではなく、穐近牧師の『土方のおやじ』。
以上、あまり知られていない事実かと思います。本書の巻末に多数の参考引用文献が挙がっていて、今回の話と特に関係するのは以下の三冊です。


ちなみに、この中でもっとも詳細な記録である『天皇のロザリオ 上・下』は、キリスト教を批判する立場から記されているとのことです。

JELA事務局長
森川 博己

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【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート7(井上 水樹)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。



参加者の感想文を掲載します。


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井上 水樹・18歳(京都府)

高校3年生になって初めてこのキャンプに参加しました。終わってから私が初めに思ったことは、もっと前から参加したかったということです。そのぐらい充実してました。

ホームステイ先から離れ、クルー(*一緒に家の修繕をする仲間)との初対面の日。とても緊張していました。どんな人かなとか、みんな日本人を受け入れてくれるかなとか、英語どんだけ喋れるだろうとか、いろんなことを考えてとっても不安でした。

自己紹介の時、自分の番が回ってくるのがとっても怖かったですが、いざ自分の番になって自己紹介すると、優しく受け入れてくれて嬉しかったです。クルーの中で私が一番年上の18歳だったのでみんなにびっくりされたのは、思い出しても面白いです。

2日目からワーク作業を開始しました。私のとこのワークは、ペンキ塗りとかではなく、電動ドライバーでネジをとめたり、プラスチックの板を家の外周にはめるといった作業でした。

初めて家の修繕みたいなことをするので、どうしたらいいかわからず戸惑いました。他のみんなは私よりも慣れた手つきでやっていて、さらに焦りも感じました。また、メジャーの使い方が、日本でセンチメートルやメートル単位で数えますが、アメリカではフィートという単位で長さを図るので、慣れない単位で苦労しました。
まだ完全にクルーと打ち解けていない状態で、お昼ご飯の時とかもずっと緊張していました。でも レジデント(*修繕する家の住人)の方やクルーの人が話しかけてくれたおかげで、徐々に打ち解けていくことができました。

私はクリスチャンではないのですが、昼のディボーションタイム(*聖書を用いての分かち合いの時間)で、神様についてや神様と自分を結びつけて考えることがあり、普段考えたこともないようなことを考え、それを英語で話すということはとても難しいことでした。後から日本語で振り返った時に、もっとこう言えばよかったなとか、この考えのほうが伝わりやすかったかなと考えました。

夜のプログラムで私が一番印象に残っているのは、自分を赦せるなら鉛筆を折るというものです。私は自分を赦すことが出来ず鉛筆を折ることができませんでした。なんで赦せないのか自分でもわかりませんが、ここで折ってしまうのは違うなと思いました。

私はこのキャンプを通じて、神様と向き合うのはもちろん、今まで人生の中で一番自分自身と向き合うことができたなと思いました。自分の心の中で思っていることを自分でちゃんと読み取り考えることができたのは、このキャンプだけだと思います。私にとって忘れられない、とてもいい経験になりました。

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