2018年1月31日

【カンボジア・ワークキャンプ2018】出発カウントダウン2~支援物資編~

カンボジア・ワークキャンプ2018の出発が迫って参りました。
今回のキャンプでのワークの一つに、コンポンスプー州アウラル地区Kantout村にJELAが2016年の支援で建てたプレ・スクールの環境整備があります。


http://www.itec-system.co.jp/sub01_03.html#chip より
環境整備とは、ずばり「トイレ」の建築です。

カンボジアの地方は、上下水道が整備されていないため、日本のような水洗トイレはできません。そこで思い浮かんだんのが、「バイオチップ」を使ったトイレです。

「バイオチップ」のトイレとは、微生物の力を利用して排泄物の臭いを抑え、分解するトイレのことです。環境にも配慮した自然循環型トイレ(エコ・トイレ)などとも呼ばれています。

今回は、福岡県飯塚市にあるアイテックシステム株式会社のご厚意で、「バイオチップ」20L分をご提供いただきました。心から感謝いたします。「バイオチップ」は支援物資として一足早くカンボジアへ送ります。

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【信仰書あれこれ】吉永小百合さんに差し上げた本

私が関わった20年近いJELAの仕事の中で「私が出会った有名人ベストスリー」は、王貞治さん・緒方貞子さん・吉永小百合さんの三人になります。王さんには九州出張時に羽田空港のレストランで、緒方さんには難民支援関連のイベントで、そして吉永さんにお目にかかったのは、キャロル・サック宣教師がハープで吉永さんの原爆詩朗読の伴奏をした時でした。

吉永さんから親しく声をかけていただき、お菓子やお茶を頂戴しての別れ際に、私は選びに選んで持参した一冊の本をプレゼントしました。それがきょう紹介する『祈るように生きる ― マザー・テレサと共に』(片柳弘史著、2015年、ドン・ボスコ社)です。

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改めて著者の略歴を見て驚きました。片柳さんは1971年生まれのカトリック司祭なのですが、三つの幼稚園の園長補佐を経験しておられ、そのどれもが「(地名)小百合幼稚園」となっています。吉永小百合さんに本を差し上げるときはまったく意識していませんでした。なんと嬉しい偶然でしょう。

本書は、「祈るように生きる」ために、日々の生活に関わる所作・行為のうち、「聞く・話す・見る・ほほ笑む・泣く・呼吸する・食べる・歩く・着る・持つ・掃除する・育てる・働く・休む」という14項目をとりあげ、祈りという観点からわかりやすく説明しています。

全体を貫く著者の姿勢は、「生活のすべてを、神への愛のゆえに、神の手にすっかりお委ねすること……私たちの人生そのものを、神の前に差し出していくということ……神が受け取ってくださるかどうか、それは誰にもわかりません。ですが、必ず受け取ってくださると信じて捧げ続ける。それが、生活を祈りとして神に捧げるということです。」(本書9頁)というものです。ローマの信徒への手紙12章1節をわかりやすく説いていただいたような思いになります。

各章の終わりに、生活を振り返るための質問が三つずつ、答えを書き込む空白と共に示されています。私がいったん読むことをやめ、考えさせられたのは以下の質問でした。
・ これまでの人生の中で、祈るような気持ちで誰かを見つめたことがあるでしょうか?
起こった出来事の意味を、静かに思い巡らす時間をとっているでしょうか?
私たちの笑顔は、イエスと出会った喜び、福音の喜びを伝えているでしょうか?
「どんな人の中にもイエスが住んでいる」と感じたことがあるでしょうか?
苦しいのは自分だけと思い込み、イエスの苦しみを忘れてしまうことがないでしょうか?
日々の生活の中の出来事一つ一つを、ゆっくり味わっているでしょうか?
一日一日の歩みを神に委ねているでしょうか?
私たちの持っている物は、本当に「なくてはならないもの」でしょうか?
私たちの仕事は、誰のために捧げられた仕事でしょうか?
私たちの仕事は、愛によって織り上げられているでしょうか?
私たちと出会った人は、私たちからどんなメッセージを受け取っているでしょうか?

長崎での朗読会のあと、吉永小百合さんと交流する機会はないので、この本をお読みになったかどうかわかりませんが、少しは目を通されたのではないかと思っています、何と言っても吉永さんは真面目なお方ですから。

以上、吉永小百合さんがお読みになっているかもしれないこの本を、皆さんにもご紹介しようと思った次第です。

JELA事務局長
森川 博己

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【ブラジル・音楽ミニストリー報告】ミニストリーを通して変わる人生

ブラジル・サンパウロ教会が子どもたちの情操教育のために行っている音楽ミニストリーを、楽器購入その他の形でJELAは支援しています。徳弘宣教師ご夫妻からクリスマスの報告が届いたのでご紹介します。

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12月16日に少し早いクリスマス礼拝をしました。その日は二人の洗礼式がありました。一人は2月から音楽教室に通っている少女アナ、もう一人は、10月に実施した教会改修工事のペンキ塗りを手伝ってくれた若夫婦の1歳半の息子です。

洗礼式ではアナの頭に、わざと水をたくさんすくってかけました。彼女はびっくりして「わぁ!」と声をあげましたが、一生に一度の大切な日を、驚きとともに忘れないでいてほしいと思ってのことでした。
洗礼を受けたアナさん(左)と徳弘夫妻

音楽教室の生徒たちもたくさん式に来てくれましたが、アナのお母さんは来られませんでした。その日は、新しい職場の仕事があったからです。アナのお母さんは美容師ですが失業した後なかなか仕事が見つからないと相談を受けていたので、知り合いのレストランを紹介しました。サンパウロ教会のゲストルームに泊まっている日本人が、本格的ラーメン店の開店準備中で、従業員を探していたのです。
アナさんの洗礼を祝う音楽教室の生徒たち

すぐに採用通知があり、アナのお母さんも喜んで仕事を始めました。私の故郷である福岡からやって来た豚骨ラーメン店で、なかなかの本格派です。娘の洗礼式には出たいものの、始めたばかりの仕事をどうしても休めないというので、「どうぞ、仕事を頑張ってください。信仰も、仕事をして家族を養う生活も、どちらも大事ですから」と安心してもらいました。


お母さんは日本語のあいさつも覚え、ラーメンの種類や味の違いなども詳しくなってきました。教会のみんなとその店に行った時、日系2世の教会員にブラジル人の彼女が、日本のラーメンの味の違いや材料を説明するということになり、大笑いしました。
アナさんのお母さん(左から4番目)が働くラーメン店にて

音楽教室は子どもの人生を少しずつ変えていきます。そして、子どもと一緒に教会に来はじめた家族の人生も変えてきています。洗礼を受けたアナは遠い町のおばさんのところに一人、夏休み(*ブラジルでは日本の冬が夏です)のあいだ預けられています。おばさんの携帯を借りて、時々私にメッセージを送ってくれます。夏休み明けはいつから教会の音楽教室が始まるの? 今度は音楽だけじゃなくて先生の話す外国語も教えてください。私も日本語と英語とスペイン語を勉強します……と。

音楽を通して子どもたちの心が育ち、信仰も持つようになる。家族や地域の人たちも教会に来るようになり、信仰によって生活が変わっていく。そんなことを夢見て祈りながら取り組んできたことが、少しずつ、実を結んでいるように思います。

皆さんのお祈りとご支援を、今後ともよろしくお願いいたします。ありがとうございます。

徳弘浩隆・徳弘由美子

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2018年1月30日

【信仰書あれこれ】宣教師と信徒の心に沁みるやりとり

今回は生前お付き合いのあった方の本を採り上げます。『正義と愛 ― ある弁護士の生活と祈り ― 』(石原寛著、1985年、聖文舎)です。故・石原先生には長年JELAの法律顧問をしていただきました。

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昭和25年に東大法学部に入学した当時を振り返り、天下を取ったような心持だったと著者は述懐します。ところが大学一年の終わりころに肺結核を患い入院。退院するまでの一年間に、お父様や親密なご親族の相次ぐ病死、近所の大火による実家の焼失など、大変な経験をなさいます。

その少し後に、生涯の恩師であるヌーディング宣教師との出会いが起こります。著者はその出会いの意味を次のように記します。

「もし、私にこの二十歳の時の打撃がなかったならば、東京の麹町一丁目にある先生のお宅を通りかかったとき、この(教会の)看板が目に触れなかったであろうし、たとえ触れたとしても、中に入ってみようとは思わなかったであろう。そして、先生を通して語られた聖書の言葉は、決して私の身体に沁みこまなかったであろう。……私は、この二十歳の時の不幸を、いま神様の賜物と思い、感謝でいっぱいである。」(本書12頁)

すばらしい出会いです。しかしそれ以上に、私がこの本でぜひとも紹介したいと思っているのは、次のエピソードです。

著者は司法試験に受かり裁判官になるか弁護士になるか迷い、先輩の勧めもあり裁判官の道を選ぶのですが、志望と異なり任地が奈良だったそうです。関西に縁がなく、未知の土地での生活の不安と、自分の希望が聞き入れられなかったことへの強い不満から、どうすべきかヌーディング先生に相談に行かれたとき、こんなやりとりがあったというのです。

「先生は、私の不満を静かに聞いてくださり、私が話し終わっても、しばらく黙っておられたが、最後に、片言の日本語で、ポツリと言われた。『でも、そこは、日本ですね』。
先生は、敗戦後の焼け跡の我が国に、故郷アメリカを離れ、遥か太平洋を越えて、やって来られたのである。そして、言葉も通じず、生活環境も異なる、当時はまだ未開発同様の国であったこの日本に、使命に燃えながら、不自由を忍んで暮らしておられたのである。私は、この言葉を聞いた時ほど、恥ずかしい思いをしたことはなかった。私は、この時、自分のいやしさ、みにくさを、いやというほど思い知らされ、それこそ、目のうろこが落ちた思いがした。『そこは、日本ですね』という先生の言葉が、今でも耳の底に残っている。」(本書71頁)

この箇所を読むといつも涙が湧いてきます。キリストの福音を伝えたいという宣教師の一途な思いと生き方、それを心から理解し、自分の狭量さを正直に反省する著者、二人の心の交流が読む者に迫ってくる文章です。

JELAの職員であることで、生前の石原先生と少し交流を持てたことを神様に感謝する次第です。

JELA事務局長
森川 博己

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【カンボジア・ワークキャンプ2018】出発カウントダウン!

アンコールワット
カンボジア・ワークキャンプ出発まで2週間となりました。

キャンプは2月14~24日の11日間。JELAが支援している現地の団体などと協力して、参加者7名とスタッフ2名はボランティア奉仕を中心に、博物館訪問や古代遺跡巡りを行う予定です。



12月の説明会で参加者7人に書いていただいた、その時点での思いを以下にご紹介します。帰国後は、それぞれに感想文を書いていただき、このニュースブログやジェラニュースに掲載します。






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  • 日本とカンボジアの違いを知ることによって、自分がどのような環境にいて、またその環境だからできることを感じたいと思います。
  • 私がなぜカンボジア・ワークキャンプに参加するか、しているのか、することができたのかを、しっかりと考えて、充実した11日間にしたいです。カンボジアにこのように行けるチャンスは稀だと思います。
  • カンボジアが現在抱えている諸問題について、キャンプに参加することで問題を認識し、考えることができればと思う。また、歴史的な遺跡や場所を訪れることができる点も非常に楽しみにしている。
  • 将来この経験が必ず生きてくると思うので、たくさん吸収してきたいです。本当に助けを必要としている所でワークができることは、とても貴重なことで、相手も自分も何か大切なことを得られると思います。
  • ポルポトのあの苛酷で悲劇的な時代終了後、いかにカンボジアが再生しつつあるかを自分の目で見てきたい。また、少しでもカンボジアの人々のためになる事が出来たら嬉しいと思う。
  • 机の上に座っていても、貧困問題や社会支援などの活動はとても他人事のように感じていました。だからこそ、一歩踏み出すことで、より関心を深め、社会支援をするということについて、より一層学ぼうと思います。
  • 今までテレビやネットでカンボジアの子どもたちのために学校を建てたり、水が使えるようにしたりする番組を見ていて、私もいつかこんなボランティアがしてみたいと思っていました。驚きや、発見、大変なこともあると思いますが、自分にできることを精一杯やりたいと思います。
    カンボジア・ワークキャンプ2018に参加される皆さん
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2018年1月24日

【信仰書あれこれ】誰かにプレゼントしたくなる本

 クリスチャンに贈りたい本と、ノンクリスチャンに贈りたい本がありますが、これから紹介する『信じる力 ― 大切なあなたに贈ることば』(岡田武夫著、2013年、オリエンス宗教研究所)は、そのどちらにも当てはまる本のような気がします。

著者は2000年9月3日から2017年12月16日まで、カトリック東京大司教を務めました。東京外大ロシア語科を中途退学して東大法学部に入りなおし、一般企業でしばらく働いた後、カトリック司祭を目指して退職。神学生として上智大学で哲学、神学を修め、ローマのグレゴリアン大学で神学博士号を取得しています。

本書はおもに、2011年3月の東日本大震災の前後の数年間に語られた説教をとりあげ、それらを、四つのテーマ「望み、慈しみ、幸せ、つながり」で分類しまとめたものです。それぞれの話は5ページ前後と短く読みやすいのですが、内容的には深いものがあります。以下に概要と中身の一部をご紹介します。

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前書き・後書き部分から読み取れる著者の信仰姿勢や本書を著した意図は、次のようなものです。
宗教者の使命は、困難な中に生きる理由を示し、勇気と希望を示して、苦しみ悲しむ人々と共に歩み、人々への救いの道を示していくこと。
信者にとっては何よりも、イエス・キリストご自身が最高の信仰の模範。
これまで自分が感じてきた信仰の喜びを読者と分かち合い、本書が新しい希望を与える端緒となってほしい。
毎回ミサで説教するたびに、「信仰を確かめ、信仰を深め、信仰を伝える」という信者の務めに、いくらかなりとも役に立ちたいと願いながら説教を行ってきた。
困難と混迷を極める現代世界において、カトリック教会が人々のために希望と励ましのしるしとなることができるように。

最後の「カトリック教会」は、著者がルーテル教会その他のプロテスタント教会の方であれば、別の言葉が入るでしょうし、要するに著者が言いたいのは、人々にイエス・キリストにある希望と励ましを与えることこそ、キリスト教会の使命だということだと思います。

本書110頁に次のような記述があります。
「……イエスの生き方に倣うようにわたしたちも召されています。わたしたちも日々小さな死(犠牲)をささげることにより、イエスの復活とその王国にあずかることができると思います。『わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい』(マルコ8:34)とある通りです。」

つづけて著者は、死から命(=復活)への神秘を表している良い祈りとして、マザー・テレサの次の祈りを紹介します。
「イエスよ、わたしを解放してください。/愛されたいという思いから、評価されたいという思いから。/重んじられたいという思いから、ほめられたいという思いから。/好まれたいという思いから、相談されたいという思いから。/認められたいという思いから、有名になりたいという思いから。/侮辱されることへの恐れから、見下されることへの恐れから。/非難される苦しみへの恐れから、中傷されることへの恐れから。/忘れられることへの恐れから、誤解されることへの恐れから。/からかわれることへの恐れから、疑われることへの恐れから。/アーメン。(岡田武夫・訳)」(本書110-111頁)

読み終わった後に、キリストにある喜びと力を感じる一冊です。

JELA事務局長
森川 博己

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2018年1月19日

【信仰書あれこれ】信仰生活の原点に返る

私は一般信徒ですが、説教の準備・仕方、あるいは牧会のあり方などについて書かれた本を読むのが好きです。中でも特に有益だと感じている一冊、ユージン・ピーターソン著『牧会者の神学―祈り・聖書理解・霊的導き―』(越川弘英訳、1997年、日本基督教団出版局)をご紹介します。

本書の意義については、神学者・加藤常昭氏による帯文に要領よく記されているので、全文を引用します。
「10年前(*1987年)、刊行されたばかりの原著に触れ、激しく心を揺さぶられて以来、待ち焦がれていた訳書が、しかもすぐれた訳で刊行された。とても嬉しい。牧師職の霊的刷新を提案し、キリストの教会の霊的再生を願い、神学的洞察と実践的提案をする、著者の名声を確立した稀に見る画期的著書である。日本のキリスト教会もまた今、切実に再生を必要とする。牧師・信徒ひとしく本書の批判に身をさらし、その指し示す道に生きてほしいと切望する。」

統計上、日本のクリスチャン人口は1%(礼拝の定期的出席者数は、それ以下)とよく言われますが、私はむしろ、この本を読んで「そのとおりだ」と言える人がどれだけいるのか、ということの方が大切ではないかと思います。信仰の原点を見つめ直したり、これから神学校で学ぼうとする人に勧めたい本です。

最後にひとこと。数年前に米国ミネソタ州のルター神学校を訪れました。校内の書籍売り場には人気の高いキリスト教著作家の作品コーナーが設けられていて、ヘンリ・ナウエンC・S・ルイスと並んでユージン・ピーターソンのコーナーもありました。彼の作品が日本で数冊しか訳されていないのが不思議です。

JELA事務局長
森川 博己

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2018年1月18日

【難民支援】ジェラハウスの建て替えをご支援いただけませんか

建て替え予定のジェラハウス
このたび、2棟あるジェラハウスの古いほうを建て替えることになりました。築45年の木造住宅で老朽化が進んでいます。建て替え後は、より居住性が高く部屋数の多い、耐震構造を備えた建物に生まれ変わります。完成は今秋の予定です。

JELAは難民支援事業を1984年に開始しました。支援内容を模索する中で、難民申請者の方々が無償で安心して利用できる住居が必要であるとの認識に至り、都内の中古アパートを購入し、91年から難民シェルター「ジェラハウス」として運営を開始しました。2011年に2棟目を購入し、両者をフル稼働させながら現在に至っています。

毎年の利用者は、約40~50名(延べ人数。出身国は、アフリカやアジアの十数か国)。四半世紀にわたり、常に満室状態で難民申請者の方々に貸し出しを行ってまいりました。

利用者は、難民支援NGO、国連難民高等弁務官駐日事務所(UNHCR)、公益財団法人アジア福祉教育財団 難民事業本部(RHQ)などからご紹介いただいた方々です。

難民シェルターの提供は、難民の方が日本の大学などで学ぶための奨学金の提供とともに、JELA難民支援事業の大きな柱です。

この4月から始まる建て替え工事の進展をおぼえてお祈りいただけると幸いです。また、この建て替え費用のためにご寄付をいただけますと、誠にありがたく存じます。

寄付の方法は以下をご覧ください。


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【寄付の方法】
  • 払込取扱票 ― 弊社団ニュースレター「JELA NEWS」などに添付されているJELA所定の払込取扱票お持ちの方は、ご寄付の目的を記す欄に「ジェラハウス改築支援」と書いていただき、払込・振替をお願いいたします。
    • それ以外の用紙をご利用の場合は、通信欄に「ジェラハウス改築支援」とお書き添えください。払込・振替先は以下です。
      番号  : 00140-0-669206
      加入者名: 日本福音ルーテル社団
  • クレジットカード ― Visa、MasterCard、JCB、American Express、Diners Clubのいずれかのクレジットカードをお持ちの方は、こちらのウェブページからご寄付いただけます。”寄付の種類”を選ぶ項目で「ジェラハウス改築支援」を選択してください。
  • 銀行振込 ― 振込依頼人の名義を「カイチク+ご氏名」とし、以下の口座にお振込ください。
    • 横浜銀行 恵比寿支店(店番907)
      普通口座 番号6002037
      名義:一般社団法人日本福音ルーテル社団
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2018年1月16日

【難民支援】ジェラハウスに住む家族から感謝の手紙

年明けに、ジェラハウスに住む難民のご家族(お母さんと子ども二人)から、JELAの支援に対する感謝のお便りが届きました。

お母さんは英語で、子どもたちは靴下の絵(クリスマスシーズンのイメージでしょうか)の中に日本語でメッセージを書いてくださっています。

お母さんのメッセージは、以下のような内容です(敷衍訳=JELA事務局)。

「年末年始のお休みを満喫されたことかと思います。広く温かいお心から、私たち家族をジェラハウスに住まわせてくださり、ありがとうございます。去年の夏に連れて行ってもらったサマーランドは本当によかったです。子どもたちはとても楽しい思いをし、今でもその事をよく話します。12月にJELAのホールであったクリスマスパーティもすばらしかった。皆さんは確かに神様が天から送ってくださった方々です。神様が皆さんのような人々を用いて、私たちのような貧しい者の心にふれるようにしてくださることをありがたく思っています。神様が皆様のお働きを祝福してくださいますように。JELAの皆様お一人お一人を愛しています。ありがとうございます。」

このようなお手紙を頂き、シェルター提供を軸とするJELAの難民支援事業が人々の役に立っていることを嬉しく感じるとともに、今後も日本に庇護を求める人々の助けになる働きを地道に粘り強く続けていこうと改めて思わされます。 

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2018年1月15日

【信仰書あれこれ】生活を変えるデボーションと小さな勇気

毎年、1月からデボーションの本を新しくすることにしています。デボーションはキリスト教的には、「日々、時を定めて神の前に自らのこころ、たましいを静める営み」(ウィキベデアの定義)のことで、以下は、それを助けるための本の話です。

この種の本は何種類もありますが、今日ご紹介したいのは、元旦から読み始めた、エミー・カーマイケル著『日毎の霊想 主の道を行かせてください』(湖浜馨訳、いのちのことば社、1989年)です。

◇◆◇

一日分が一頁、短い聖書個所と、そこを霊的にとらえた著者の言葉からなっています。その日の箇所を静かにゆっくりと、コーヒーをすすりながら読むのが私の朝の日課です。

1月13日の記述の一部が特別に心に響き、教会手帳の表紙裏に書きとめました。こうすると、日々のスケジュールを確認するたびに読み返せるのです。写したのは次の文章。

「私が親切にしてあげられる人がいないだろうか。私が神のいつくしみを示してあげられる人がいないだろうか。慈愛に満ちた神よ、どのようにしてあなたのいつくしみを示したらいいのか教えてください」。

不思議なことですが、それからすぐ、この部分に重なる実践ができました。

以前から通勤のバス停で見かける男の子が気になっていました。所作や表情は子どもっぽいものの、体格や髭の伸び具合からすると二十代に見えます。彼はおとなしく、私も人見知りをするたちなので、何度もバス停で顔を合わせながら、言葉を交わしたことがありませんでした……何年も。

カーマイケルの言葉を手帳に記した日の朝、バス停に向かうと彼がいたので、勇気を奮って話しかけました。にこにこした顔で返事が返ってきたではありませんか。何らかの障がいのためか、意思疎通は簡単ではないのですが、仕事場(作業所?)に行くところらしいことはわかりました。

今朝も彼に会い、この前よりも話が弾みました。バッグから飴を取り出して一つ分けてくれさえしました。「もう友達だね」ということでしょう。終点の武蔵境駅で、「おじさん仕事行くの? えらいね」とほめられたお返しに、「がんばってね」と彼にも声をかけました。以前に比べ、彼の歩く姿に明るさがましたような気がします。

カーマイケルの本を読んでなかったらこの展開が起こりえたか、私にはわかりません。しかし、今はワクワクした毎日を神に感謝しています。新しい出会いが生まれるには少しの勇気があればよいのだ、という事実を久しぶりに体験しました。その前は……三十数年前に今のワイフにプロポーズした時だったような気がします。

皆さんの新しい出会い、ワクワクする出来事についても、メールや郵便でお知らせいただけると幸いです。ご自分が使っていらっしゃるデボーションの本の感想も大歓迎です。

JELA事務局長
森川 博己

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2018年1月10日

【信仰書あれこれ】祈りへの気づき

きょうは、「とりなしの祈り」(ほかの人のための祈り)の重要性を再認識させられることになった本、『ウィリアム・ローの キリスト者の聖潔』(マービン・D・ヒンテン編、棚瀬多喜雄訳、1988年、いのちのことば社)をご紹介します。


原著『敬虔にして聖なる生活への召し』(英文題の直訳)は、18世紀にウィリアム・ローが著した13万字の大著ですが、これからご紹介する本は、編者ヒンテンが原著の精髄を2万語にまとめたものを和訳したものです。

原著は出版当時、メソジスト運動の創始者ジョン・ウェスレーと詩人サムエル・ジョンソンという高名な二人のキリスト者に多大な影響を与えたと言われています。『ナルニア国物語』で知られ、キリスト教護教家としても著名なC・S・ルイスもこの本から大きな影響を受けたようです。

以下は、今年の正月休みに、この本から私が気づかされた事柄です。

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JELAのような組織にいると、今年は寄付が多かったとか、ニュースレターホームページで情報をたくさん提供しているのに、思ったほど寄付が集まらないとか、ともすれば寄付の額に目がいきがちです。寄付は自分たちの事業活動の原資ですから、その額が気になるのは当然なのですが、問題は、それを気にするあまり、大切なことを忘れていないか、ということです。

日本や世界で困窮している人をJELAが支援するにあたって、あるいは必要とされる支援が可能となるために、どれだけ多くの方々の祈りが自分たちの背後にあるか、常にそれを意識してきただろうか――次の個所を読んでいる時、私はそんな思いにとらわれました。

「……神はみんなが同じように幸福に至ることができるように、幸せの源(神ご自身)への道を備えてくださいました。(中略)とりなしの祈りについて考えると、私たちの愛の表現としての行為そのものは、時とお金とエネルギーの点で制約があります。具体的な物による援助は、ほんのわずかな人たちに及ぼすことができるだけです。けれども祈りを通して、私たちは無限の力を持つことになります。もしできれば実行したいと願っている愛のわざを、(とりなしの祈りを通して)神は私たち自身のわざとしてくださるからです。私たちは地球上の病人全部の世話をすることはできません。貧しい人たちをみんな助けるとか、悩みの中にいる人たちを一人残らず慰めることもできません。けれども、その人たちのために祈ることはできます。そして、そのように祈る者を、良いわざを行うものとして神は認めてくださるのです。……」(同書89~90頁)

誤解しないでいただきたいのは、上のように書いてあるからと言って、祈りさえあれば寄付などいらない、ということではありません。寄付も大事なのですが、それと同時に、いやそれ以上に、JELAの活動のために、JELAの働き人のために、そして支援を受ける一人ひとりの困窮者のために、祈りを捧げてくださる人が必要だということ、その数・量・力をもっと意識すべきだと言いたいのです。

祈りに意識的に関わる、これが私の今年の目標です。この一年、形式的でない真の祈りを、つまり、神との真の交わりを、より確かなものにしたいと考える次第です。

JELA事務局長
森川 博己

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【ブラジル子ども支援】メロ牧師の日本研修だより(7)

ブラジル・サンパウロ教会のメロ牧師が2017年5月下旬から岐阜県大垣市に滞在し、日本語・日本文化を研修中です。この日本語レッスンの費用全額をJELAが支援しています。今回は12月の報告です。

*以下は、メロ牧師によるポルトガル語をJELA関係者が一部補足し、和訳したものです。
**日本研修だよりバックナンバー ⇒ (1)(2)(3)(4)(5)(6)

◇◆◇

今回の研修を可能にしてくださった、親愛なる日本の兄弟姉妹の皆様に心からのお礼を申し上げます。

来日して半年あまりが驚くほど速く過ぎました。いま私は、ブラジルへの帰国の準備を始めています。日本のルーテル教会で与えられた、そして現在なお継続して備えられている、すべての出会いと知識と経験を、サンパウロ教会の兄弟姉妹と分かち合い、牧師としての良い働きができるように、大切に宝として守っていきたいと思っています。

日本の教会で礼拝や諸集会に参加し、また歴史的な場所を訪ねたことで、日本の長い伝統を知ると同時に、この伝統が教会の中に深く浸透していることを体験できたのは大きな喜びです。
日本を満喫したメロ牧師

2月下旬にはブラジルに帰りますが、その前に、東海以外の教区を訪問して礼拝奉仕のお手伝いをしたり、東京のJELC本部、JELA、神学校にも足を運んで、ご挨拶をしたく思っています。

12月は主イエス様のお誕生を覚えるときです。世界中のキリスト教会がクリスマスをお祝いし、神様が、イエス様という最大級の贈り物を通して私たちに神様の愛を示してくださることを覚えます。5月からずっと私が所属しているルーテル大垣教会でもクリスマス礼拝と祝会がありました。洗礼式もあり、信仰の証しの場に同席する幸いを感謝しました。

クリスマス礼拝での洗礼式、ルーテル大垣教会にて
日本語の勉強も12月で終了しました。与えられた知識と学びの機会に心から感謝します。レッスンは100回を数えました。途中、博物館に行ったり大相撲を観戦する機会もあり有意義でした。このレッスン費用のすべてを負担してくださったJELAに感謝します。


◆◇◆


【関連リンク】




2018年1月5日

【信仰書あれこれ】将棋からキリストの福音を考える

新年あけましておめでとうございます!

2017年に颯爽と登場した将棋界のプリンス、藤井聡太君の活躍は今年も続くことでしょう。そこで今日は、将棋を題材にキリストの福音を語る本、『聖書将棋談議』(相沢良一著、2000年、黒潮社。*アマゾン検索では見つからない本)をとりあげます。著者は牧師で、健在なら2017年で百歳です。

全部で87の短文からなり、以下は、「捨てる」と題された一編です。引用聖書は口語訳。◆は段落の初めを示し、読みやすさの観点から表記もごく一部を変更しました。



◇◆◇


◆手がゆき詰まった時、思い切ってあの駒、この駒を捨ててみて、起死回生の妙手を発見することがよくあるものだ。駒を惜しんでいるあいだは、将棋は強くなれない。大駒を惜しげもなく捨てることができるようになったら、しめたもの。◆このことは、何も将棋に限らない。人生には「身を捨てて浮かぶ瀬もあれ」である。◆使徒パウロは“しかし、私にとって益であったこれらのものを、キリストのゆえに損と思うようになった。私は、さらに進んで、私の主キリスト・イエスを知る知識の絶大な価値のゆえに、いっさいのものを損と思っている。キリストのゆえに、私はすべてを失ったが、それらのものを、ふん土のように思っている”(ピリピ人への手紙3:7~8)と述べている。◆パウロにとって“益であったこれらのもの”とは、彼が身につけていた地位であり、名誉であり、学問であり、財産であったのである。◆パウロはキリストのゆえに、それらを損、すなわち無用の長物と思い、さらに、それらをいっさい失ったが、キリスト・イエスを知る“あまりのすばらしさ”から比べてみると、それらは、ふん土のように思われたのである。◆我々は、主イエスのために、いったい何を失い、何を捨てたのであろうか。捨てるどころか、あれも欲しい、これも得たいと、この世のことに心を奪われているのではないだろうか。◆“自分の命を救おうと思う者はそれを失い、私(=イエス)のために自分の命を失う者は、それを見出すであろう”(マタイによる福音書16:25)とある。主のために捨てるべき、わが大駒は何か。
―『聖書将棋談議』47~48頁より

上で言う「キリストを知る」というのは、形式的理解のことではなく、聖霊によってキリストに出会わせていただく、という意味です。このようにして出会った主イエスと結ばれているために、どのような自分であることが求められているのか、キリストが忌み嫌われるものは何なのか、(日々示されているようにも感じますが)年の初めにあたり改めて吟味する必要を感じている次第です。
JELA事務局長
森川博己

◆◇◆
【関連リンク】
日本福音ルーテル社団(JELA)ウェブサイト