2018年8月20日月曜日

【信仰者あれこれ】朝のみちしるべ

小島誠志著『朝のみちしるべ――聖句断想366日』(2011年、教文館)をとりあげます。

著者の『聖句断想』シリーズ1~5巻より、一年366日分を選んで編んだものです。『聖句断想』シリーズの一片一片は、著者が牧会する日本キリスト教団・松山番町教会の週報に連載したものです。

一日分の関連聖句+断想が文庫本サイズの1ページに収まるように編集されていて読みやすく、いずれの日も霊的に深い内容です。

以下にいくつかご紹介します。

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  愛と律法(150頁)
「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」、そのほかどんな掟があっても、「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉に要約される。(ローマ139
  律法は禁止します。「するな」「するな」と。信仰は勧めます。「愛しなさい」と。
間違いを犯さない正しさよりも、たとい傷ついても愛する行為が貴いのです。正し
いだけの神は、私たちには何のかかわりもありません。「独り子をお与えになった
ほどに」自ら傷つかれた神こそ、私たちの神であります。

  渇いた大地のように(272頁)
あなたに向かって両手を広げ/渇いた大地のようなわたしの魂を/あなたに向けます。(詩編1436
  両手を広げるのは祈る姿勢を示しています。自分を明け渡す姿勢であります。祈る者は罪深い自分をさらけ出して神に向かいます。自分の内奥を隠したままで祈ることはできません。祈りは単に嘆願ではないからです。神との出会いであります。祈る人は渇いた大地のように、ひび割れたまま天に向き合っています。

  危機の海で(301頁)
イエスは言われた。「わたしだ。恐れることはない」。そこで、彼らはイエスを舟に迎え入れようとした。すると間もなく、舟は目指す地に着いた。(ヨハネ62021
  夜、荒れた海、狼狽している弟子たちに、主イエスは声をかけられました。彼らがイエスを迎えようとした時に、舟は「目指す地に着いた」と言われています。危機の海で、そのただ中に立ちたもう主イエスの声を聞けるかどうか――そこに信仰生活の勝敗がかかっています。

  結果ではなく始まり(306頁)
ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。……」。イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」。(ヨハネ923
  なぜこうなったのか、と人間は問います。なぜこんな災難がおそったのか。なぜこんな病気になったのか。まるですべての結果がそこに現れたかのように。しかし、主イエスにあって、事態はそういうものではありません。災難も病気も、神がそこから御業を行ってくださる始まりなのです。混沌から神が光を創造されたように。

どうでしょう。どれも心に響いてきませんか。最後にもう一つ、私を含め教会に集う者にとって、とても重要な断想を紹介しておきます。
  わたしが生きているので(320頁)
わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。(ヨハネ1419
  集まっている人々が頑張って活動しているので教会が生きているのではありません。そうではなく、キリストが生きて働いているので教会は生きているのです。キリスとなしに人が頑張りすぎて、教会は死ぬこともあります。


短いながらも、このような断想とともに一日を始めたり終えることができるのは、大きな祝福だと思います。

JELA事務局長
森川 博己

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【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート11(神庭 真実子)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

今年は13名の青少年が7月25日~8月7日の日程で、ホームスティをオハイオ州で数日間行い、ペンシルベニア州インペリアルでの一週間のキャンプに参加しました。

参加者の感想文を掲載します。

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神庭 真実子・18歳(東京都)

精神的にも体力的にも非常に鍛えられた1週間で、辛いことも多く、日本に帰りたいと思った日もあったけど、毎日が新鮮で、楽しくて、一日一日が濃い1週間でした。

朝も昼も夜も、一日中神様のことを考えて過ごす1週間は初めてで、今までの人生の中で一番神様について考えて、自分と向き合い、自分の中の信仰心が強まりました。

ワークサイト初日は、クルー(*家の修繕作業を一緒にする仲間)同士の会話の速さについていけず、何を言ってるかも聞き取れず、自分の言いたいことが言葉にできず、本当に苦しかったです。

ワーシップソングのメロディーも歌詞も分からず、歌えない孤独感、クルーとのディボーション(*聖書を読んでの分かち合い・祈り)も一言も話せず、クルーが話を振ってくれたのに何も返せない苦しさ、申し訳なさでいっぱいでした。明日を迎えるのが怖くて、不安しかありませんでした。

しかし、その日の夜のプログラムで歌った賛美歌の歌詞に「the earth is filled with His glory 」というところがあり、言葉は通じなくても信じてるものは同じだということに気づき、安心して涙が出ました。

そして、日を重ねるにつれて、ディボーションも自分から発言できるようになり、クルーとも日本語を教えたり、ご飯を一緒に食べようと誘ってくれたりと、思うように喋れなくても、絆を深めていくことができ、離れたくない、帰りたくないと思うようになっていきました。

クルーもレジデント(*修繕した家の居住者)の家族も、他のクルーの友達も、本当に優しくて、別れるのが辛くなるほど、仲良くなることができました。

ワークサイトはポーチの手すり制作、壁のペンキ塗りが中心でした。泥やペンキだらけになって、仲間と協力して、助けを必要としている人のために働くことのやり甲斐と魅力を感じました。

個人的には木曜日のプログラムが印象的で、「神はあなたを間違いなく居るべき場所に置かれた」という一言で、自分の中の価値観がガラリと変わりました。今まで受け入れ難い現実や、現状に対する不満で神様から離れた時期もありましたが、神は私を今この場所に意味あって置かれているのだと考えると、辛いことも苦しいことも、神様が与えてくださった試練だと思って、乗り越えられると思いました。そして、神様を信じようという気持ちが固まりました。

多くの人と出会えたこと、自分の価値観の変わる経験ができたこと、信仰が深まったこと、すべてワーキャンに参加したからこそできた貴重な体験です。ワーキャンに参加して本当によかったです。



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【信仰書あれこれ】愛と祈りのことば

『マザー・テレサ 愛と祈りのことば』(ホセ・ルイス・ゴンザレス・バラド編、渡辺和子訳、2000年、PHP文庫457)をとりあげます。

20年近く前、初めてインドに出張し、コルカタ(昔のカルカッタ)にある「神の愛の宣教者会」本部を訪れました。日本から一緒に行ったカトリックの女性が、建物内のある場所で跪いて十字を切りました。あとで本人に確かめると、そこはマザー・テレサの遺体が保管されている場所なのでした。何も考えずに通り過ぎた自分を恥ずかしく思ったものです。

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以下に、マザーが毎日の生活で遭遇した「事件」から語った言葉をいくつか引用します。

  • ある夜のこと、一人の男性が訪ねてきて、「八人の子持ちのヒンズー教徒の家族が、このところ何も食べていません。食べるものがないのです」と告げてくれました。そこで私は、一食に十分なお米を持ってその家に行きました。そこには、目だけが飛び出している子どもたちの飢えた顔があり、その顔がすべてを物語っていました。母親は私からお米を受け取ると、それを半分に分けて、家から出て行きました。しばらくして戻って来たので、「どこへ行っていたのですか、何をしてきたのですか」と尋ねました。「彼らもお腹を空かしているのです」という答えが返って来ました。「彼ら」というのは、隣に住んでいるイスラム教徒の家族のことで、そこにも同じく八人の子どもがおり、やはり食べる物がなかったのでした。(44頁)
  • 数年前のことですが、カルカッタに砂糖不足が起きたことがあります。ある日のこと、四歳ぐらいの男の子が両親と一緒に私のところへ来ました。砂糖を入れた小さな容器をたずさえて。その入れ物を私に渡しながら男の子が言いました。「僕は、三日間お砂糖を食べるのを我慢したんだ。だから、これがそのお砂糖。マザーのところにいる子どもたちにあげてね」。この男の子は深い愛を持っていたのです。そしてその愛を、このような自分の我慢で表わしました。……この子は、大人から私のことを聞いた時に、自分のお砂糖を我慢する決心をしたのでした。(45~46頁)
  • ある日のこと、若い男女が修道院を訪れて面会を求め、私にたくさんのお金をくれました。「どこから、こんなに多額のお金を手に入れたのですか」と私は尋ねました。「二日前に結婚したばかりです。結婚する前から、私たちは結婚式を大がかりにしないこと、披露宴や新婚旅行をしないと決めていたのです。そのために使わないで済んだお金を、マザーのお仕事のために使っていただきたいのです」。このような決心をすることが、特にヒンズー教の家庭でどんなに難しいかを私は知っていました。ですから私はあえて尋ねました。「でもどうして、そんな風に考えついたのですか」。「私たちはお互い同士、深く愛し合っています。だから、私たちの愛の喜びを、マザーのもとにいる人びとと分かち合いたかったのです」。(50~51頁)


最後に、マザーの働きの核心とも言える彼女の言葉を二つ引用します。

  • 貧しい人が飢えで死んだ場合、それを神様のせいにしてはなりません。あなたや私がその人が必要としていたものを与えようとしなかったからなのです。つまり、私たちが神様の愛を伝える御手の道具になろうとせず、パンの一切れを与えることなく、寒さから守ってやる衣服を与えようとしなかった結果なのです。キリストが、寒さに凍え、飢えで死にかけた人の姿をとって再びこの世に来給うこと、淋しさに打ちひしがれた人の姿、温かい家庭を求める、さまよう子どもの姿をとって来給うことに気づかなかった結果なのです。(61頁)
  • 私たちはイエスにしているかのように貧しい人々に仕えてはいけません。彼らはイエスその方だから仕えるのです。(72頁)


どのページをあけても、このようなエピソード、言葉がぎっしりつまった本です。

JELA事務局長
森川 博己

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2018年8月17日金曜日

【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート10(久保田 咲羽)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

今年は13名の青少年が7月25日~8月7日の日程で、ホームスティをオハイオ州で数日間行い、ペンシルベニア州インペリアルでの一週間のキャンプに参加しました。

参加者の感想文を掲載します。

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久保田 咲羽・13歳(熊本県)

私のクルー(*家を修繕する6人のグループ)は、ベッドルームの壁と天井を塗る仕事を担当しました。ですが、部屋の中の会話も指示も聞き取れなくて一人突っ立っていました。そんな時、クルーの一人が分かりやすい英語で話してくれました。でも、言葉が分からないのは辛くて、ワーク2日目にホームシックになってしまいました。クルーの一人が慰めてくれて、少し気が楽になりました。私は、これは神様が私に与えた試練なんだ、と思いました。

その次の日の昼のデボーション(*一緒に聖書を読み話し合う時間)でクルーリーダーが「私はなんでも知っていた気になっていたけど、サワに出会って人生が変わった。私の人生を変えてくれてありがとう」と言ってくれました。私こそ人生が変わったと思います。日本を発つ前はどうにかなる、と思っていたけれど、全然どうにもならなくて大変で、辛くて、でも、クルーが助けてくれたり、わかりやすく喋ってくれたりして、とても嬉しかったです。

言葉がわからなくても仲良くなれるんだと思いました。私はこれは試練ではなくて贈り物だと思いました。




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【信仰書あれこれ】みことばを生きる(その2)

先日紹介した岩島忠彦著『説教集 みことばを生きる』がとてもいいので、もう一つ、別の説教もご紹介します。

とりあげるのは、「悔い改めの季節」(ルカ福音書3章1~6節)という題の、教会歴では12月の待降節第二主日の説教です。

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待降節というのはクリスマスを前にして、「信者があらためて主イエス・キリストを自分の内にお迎えし、その恵みと平和にあずかることができるように準備する季節です。そのため、私たちは少し立ちどまり、自分が巻き込まれている日々の生の営みを客観的に眺めて見る必要があります」(本書150頁)。

引用される聖書箇所の終わりの方で預言者イザヤの次の言葉が出てきます。
「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。谷はすべて埋められ、山と丘はみな低くされる。曲がった道はまっすぐに、でこぼこの道は平らになり、人は皆、神の救いを仰ぎ見る』」(新共同訳聖書ルカ3:4~6)。

さらっと読むと何も感じないような箇所かもしれませんが、著者はこの部分を次のように説明します。
  • 「谷」も「丘」も私たちの心の中にあります。……私たちが持っているさまざまな問題、悩み、くったく、ディレンマ、性格的弱さ。これらと私たちは日々やっきとなって格闘しています。私の内なる深い「谷」。(150頁)
  • 「丘」――それは私たちの持っている自負心。仕事、野心、自己開発。この世に生きている限り、何かを実現したい。どうしてもこれだけはやり遂げたい。他の人に先んじたい。ここでも、「私」がフル回転して自分が疲れ気味になってしまう日々。(150頁)
  • 「主の道を整える」とは、自分のしゃかりきになっている心の扉を主に向かって開く余裕を持つということです。そのとき、ある意味で「谷」は埋められ「丘」は平らとなり、「神の救い」をいただくことがわかるでしょう。(150~151頁)
  • 福音は「罪のゆるし」「悔い改め」の必要を説いています。……罪というと何か具体的な悪しき行為、良心のとがめ、できれば見たくない自分の歪みといったことだけを連想しがちです。でも聖書の罪とは、的はずれという意味だと言われています。自分だけの力に頼って、神様に目を向けない――生き方・心の持ちようの的はずれ。私たちがやっきになって生きようとすればするほど陥りがちな傾向。これに対する回心が折々必要なのでしょう。(151頁)
  • 私たちが少し冷静になり、神さまに希望の目を注ぐなら、慰めの霊が私たちの心を満たすことでしょう。……自分の生の営みの中で、自分自身よりもっと大切なことがある―-私にとってもっと大切なものは自分より神さまだ。これに気づいたとき、私たちは心の自由をもって自分の人生と取り組んでいくことができるでしょう。(151頁)

待降節にこんな説教を聞けるのは恵みですが、待降節だけでなく、「折々に」このような話に耳を傾け、自分の力に頼りがちな自らの姿勢をただし、神さまに目を転じることができる日々は、なんと祝福に満ちたものでしょう。本書の一つひとつのメッセージから、そのような思いが確かに伝わってきます。

JELA事務局長
森川 博己

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【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート9(森澤 涼帆)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

今年は13名の青少年が7月25日~8月7日の日程で、ホームスティをオハイオ州で数日間行い、ペンシルベニア州インペリアルでの一週間のキャンプに参加しました。

参加者の感想文を掲載します。

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森澤 涼帆・16歳(大分県)

私の家系はクリスチャンではありませんが、母がキリスト教系の職場に勤めていたことからこのワークキャンプのことを知ることができ、今回のキャンプに参加させていただきました。

私はこのキャンプに行く前、キリスト教といったら難しそうな学問だなと感じていて、参加させていただくことが決まった後は、奉仕活動や聖書の学びは何をすべきなのだろうか、どんなことをするのか、ということを考えたり、キャンプ中は現地の方と多くの行動を共にするということだったので、言語についての不安も多くありました。

いざキャンプが始まり現地の方たちと交流を重ねていく中で、多くのことを学ぶことができたのではないかと思います。たとえば、お昼ご飯の後にあったクルーデボーション(*家を一緒に修繕する仲間との聖書の学び)の時のことです。毎日テーマごとに神様についてだったり私たち自身のあり方について考えたり、分かち合いをする時間で、最初はクルーの話についていくことが精一杯だったので、神様のことを考えるといったことが出来ていなかったと思います。ですが、回数を重ねていくうちに、神様が私たちに様々なことを与えてくださっているのだなぁといった考えになっていきました。

夜は神様を崇めたり、キャンプの参加者全員で神様にお祈りするといったプログラムがありました。私は今まで神様になにかお祈りするといった機会が多くなかったため、誰かのためにお祈りをすることがとてもすごいものだと感じることが出来ました。


今回のキャンプでは、神様そのものだけでなく、自分自身のあり方についてたくさんのことを学べたのではないかと思います。今まで触れてこなかったキリスト教の考えからみた自分というものも私にとってはとても新鮮で、多くのことを学べる機会でした。キャンプ前に私が立てていた、人とコミュニケーションをとるという目標も、少しだとは思いますが、出来てきたのではないだろうかと思います。

キャンプでの学びや聖書のお話で感じたこと成長できたことは、これから私が大人になっていく中でとても大きな糧になると思います。たくさん悩んだし反省した一週間でしたが、このキャンプでの学びや考え方を生かして、これからも多くのことを学んで成長していければと思います。



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日本福音ルーテル社団(JELA)

2018年8月16日木曜日

【信仰書あれこれ】みことばを生きる

岩島忠彦『説教集 みことばを生きる』(2003年、教友社)をとりあげます。

本書は、著者を含む四人のイエズス会司祭が、聖イグナチオ教会のホームページに主日の福音の説教を三年半ほど連載した中から、著者分を一冊にまとめたものです。

著者によると、「みことばを生きる」というタイトルにしたのは、これらの説教が、福音の言葉を一つひとつ拾い上げて自分の生活の中で味わうという姿勢を貫いたものであるためです。

著者はこうも説明します。「(私が)ずっと求めていたこと。それはお仕着せでない自分の信仰を生きていくということでした。受けた信仰が自分の生活とズレを生じることがないようにと言ってもいいかもしれません。そんな自分の心の軌道のようなものがこの説教集にはよく表れています」。(201頁)

本書は三部構成で、第一部では自分の内面や生き方に向かう内容、第二部ではイエス・キリストご自身に目を向ける要素、第三部では信仰を生きる様々な断面、が扱われています

以下では、第二部に含まれた「新しい革袋を」(マルコ2:18~22)という説教をご紹介します。

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ヨハネの弟子たちやファリサイ派の人々が断食をしているのに、イエスの弟子はなぜそれをしないのかという「断食論争」の箇所です。キリストの福音の二つの特徴、「喜びと新しさ」が説かれます。

  • 福音が「喜ばしい訪れ」であるといったことはいつも聞かされていますが、私たち信者は心底そう感じ受けとめているでしょうか。そのような思いが心から突き上げてくるでしょうか。……ルターがパウロに倣ってキリスト者の自由と解放を高らかに謳ったのに、プロテスタント精神の中に違った要素が巣くいだしたことはないでしょうか。(87頁)
  • この突き上げてくるような心の平和、救いの喜び、それがあってこそ、あらゆる艱難辛苦や信心の業に意味が出てきます。それは、キリストを通しての父なる神様との確かで強い交わりにこそあるのだと思います。……自分のうちに福音の喜びが息づいているかどうか確かめてみましょう。(87頁)
  • キリストの福音は、それに触れる者だれにとっても新しいものです。「目が見もせず、耳が聞きもせず、人の心に思い浮かびもしなかったことを、神は御自分を愛する者たちに準備された」(Ⅰコリント2:9)。「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わり」(Ⅱコリント13:13)は、人が通常の生の営みで体験するどのようなものとも異なるものです。それは真実と恵みと安心に満ちています。信仰するとき、「このようなことがあったのか!」と人は驚くほどの事柄です。神様との交わりは新鮮で、日々新たです。ですからそれに接する者は、それまでの生きる姿勢を修正する必要があります。「悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:15)。「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい」(マタイ6:33)。全く新しいから、例外なくすべての人にこう語りかけられているのです。(87~8頁)
  • 今日の福音で言えば、古い革袋・古い服、それが従来の私たちであり、そのままでは福音の恵みが受けとめられないと言っているのです。……私たちも常識や自分なりの信念、やり方に固執することなく、「幼子のように」福音の新しさに身を委ねましょう。「喜び」と「新しさ」。これは、キリストの福音が示すかなり本質的な特徴です。自分の中にそんな性質が感じられる福音を確認できますか?(88頁)

本書に収められた説教では、神様のいのち、キリストの現存、その恵みといったことが繰り返し強調されています。じっくり味わうに足る説教集です。最初に引用される長い聖書箇所を除いた説教部分だけだと3ページ前後なのですが、いずれも内容的に深く、心の奥に語りかけてきます。

表紙はフラ・アンンジェリコの作品で、著者がぜひともこの本の表紙に使いたかったものだそうで、わかるような気がします。

JELA事務局長
森川 博己

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2018年8月15日水曜日

【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート8(平林 和加子)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

今年は13名の青少年が7月25日~8月7日の日程で、ホームスティをオハイオ州で数日間行い、ペンシルベニア州インペリアルでの一週間のキャンプに参加しました。

参加者の感想文を掲載します。 
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平林 和加子・16歳(東京都)

私は今回のキャンプで色々な体験をし、たくさんの刺激をうけました。

ホームステイの時は、家族の方たちが気を使ってゆっくり話してくれたり、日本人の友達も一緒にいたので、言葉や食べ物で苦労することはありませんでした。ですが、ワークキャンプに行くと、6人ずつのグループに別れて神様のことを考えたり、古くなったお家を直すお手伝いをします。もちろん、そのなかでは英語しか使えません。アメリカの学生がしゃべる英語は驚くほど速く、聞き取ることができませんでした。

初日は、グループの人たちが話している話題を聞き取れず話に入れなかったり、気をつかって日本のことを聞いてくれているのに、何度も聞き返してしまったり、大好きな讃美歌を歌えなかったり、何もできずに一日が終わってしまいました。

 二日目からは、本格的に作業が始まりました。初めて家を見たとき古さに少し驚きました。私が行ったお家は、屋根に穴があいていたのでそれをふさいだり、倉庫が黒ずんでいたのでペンキを塗ったり、雨で木のスロープが腐らないようにニスを塗ったり、日本にいたら絶対に出来なかったことを色々体験することができました。

作業中は没頭してたので、コミュニケーションなど、あまり気にせずに過ごすことができましたが、ディボーション(*聖書を介した分かち合いの時間)になると、質問は聞き取れても自分の意見を英語で言うことができず、いつも黙っていました。ですが、三日目ぐらいになると耳もだいぶ慣れて少しずつコミュニケーションも取れるようになりました。

最終日、完成した家を住んでいる人に見せると、涙を流して喜んでくれました。90歳のお祖母さんは私の手を握りながら、「わざわざ日本から来てくれてありがとう。あなたに出会えてよかったわ! あなたたちが直してくれたこの家で、残りの短い人生、楽しむわ!」とグーグル翻訳を使いながら話してくれました。私はこの時ようやく、勇気をだしてアメリカまできてよかった! と思いました。 


今回のキャンプでたくさんの人に出会い、たくさんの愛をもらいました。言語も違う、育った環境も違う私に、優しく声をかけてくれたり、私も会話に入れるようにグーグル翻訳をつかってくれたり、言葉は通じなくても大切な友達はできるんだなーと思いました。

勇気をだして参加して本当によかったです。このような、素晴らしい体験をさせてくださりありがとうございました。


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日本福音ルーテル社団(JELA)

2018年8月14日火曜日

【信仰書あれこれ】日本の皇室とキリスト教

守部喜雅著『サビエルと天皇――豊後のキリシタン歴史秘話』(2016年、いのちのことば社フォレストブックス)をとりあげます。

以下では、第二次大戦後の皇室とキリスト教の関わりについての部分をご紹介します。非常に興味深い内容です。

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終戦直後の状況

  • 終戦直後の日本で、天皇が急速にキリスト教に接近したという、信じられないような出来事が起こっています。なぜ、そのようなことが起こったのか。それは、敗戦後、人々が生きる指針を失った日本の復興のために新しい価値観を求めざるを得なかった、という状況と無関係ではありません。(3頁)
  • 終戦の翌年には、社会事業家でありキリスト教の牧師でもあった賀川豊彦が宮中に参内し、昭和天皇にキリスト教の講義をしています。やがて、皇居内では、皇族を対象とした聖書研究会が開かれました。時の皇后陛下や、昭和天皇の子女たちも毎週のように聖書を学び、賛美歌を歌っていたといいます。また、マッカーサーの要請で、アメリカの聖書配布団体は百万冊以上の新約聖書を日本に持ち込み、敗戦で打ちひしがれていた日本人の多くが、新しい価値観を提供するキリスト教会に参加するようになったのです。<参照『昭和天皇・七つの謎』加藤康男著>(本書32頁)
  • 1949年5月、東京の明治神宮外苑で、「フランシスコ・ザビエル来日400年記念式典」が、大々的に行われました。主催したのは、当時、日本を占領していたアメリカのGHQ(連合国最高司令官総司令部)です。敗戦国日本をどのように統治していくのか。この課題に、GHQは、天皇を現人神にする日本の精神的支柱に代えて、キリスト教を日本人の生き方の模範とするという政策を打ち出そうとしていました。(32頁)
  • 「私はずっと、クリスチャンは誠実な人柄の持ち主であると考えております。道徳、人格が退廃に向かう悲しい傾向に直面する時、クリスチャンが我が国の光となることを切に願うものであります」。これは、ICU創立総会の折、名誉総裁の高松宮殿下が挨拶で述べた言葉ですが、ここに、皇室がキリスト教に対し、当時、どのようなイメージを持っていたかが如実に表れています。(33頁)


皇室がキリスト教に接近した別の側面

  • それまで、天皇を権威の頂点として挙国一致を叫び、侵略戦争を続けていた日本が、敗戦となるや、その指導者が手のひらを返すようにキリスト教を持ち上げている。その背後には、天皇の戦争責任を何とか回避したいという日本政府側の政治的思惑があることを見逃すことはできません。天皇自身、キリスト教への改宗を考えていた、という説もあります。戦争責任を負う形で天皇の座を退き、なんとか皇室を存続させたいという思いから、戦勝国アメリカからもたらされたキリスト教への改宗という要請に応えざるを得ない、というところまで天皇は追い詰められていたというのです。(38頁)


終戦後すぐの皇室がもった牧師との関わり

  • 昭和天皇の三人の弟君・秩父宮、高松宮、三笠宮は、それぞれに植村環牧師についてキリスト教の学習を励み始めていました。実は、この植村環牧師の講義には、昭和天皇も三回に一回は参加していたと言います。植村牧師は一週間に一回は皇居に入っていましたから、天皇も一か月に一回は出席していたことになります。(39頁)


平成天皇夫妻が皇太子夫妻時代にもった牧師との関わり

  • 美智子妃殿下(*当時)は、カトリックの聖心女子大学を卒業、家庭がクリスチャンホームであったことから、皇太子妃としての身分が問われましたが、「洗礼を受けていないなら問題ない」との岸信介首相の提言で既婚へと導かれています。しかし、皇室に入ってから、持参した聖書をはく奪されるなど様々な障害を持っていたとも言われています。(40頁)
  • 今生天皇が皇太子時代、美智子妃殿下と共に、夏の間は避暑に軽井沢を訪れることが恒例となっていました。軽井沢プリンスホテルが滞在先で、この期間、ホテルは貸し切り状態で、一般客は泊まることはできません。ところが、軽井沢に滞在中の皇太子夫妻に、毎年、家族共々、会っていた人がいたのです。今は亡き、田中政男氏と滝元明氏の両牧師とその家族の皆さんです。(43頁)
  • 皇太子夫妻との出会いのきっかけを作ったのは田中政男牧師で、以降の、皇太子夫妻との会見には、滝元明牧師とその家族も加わり、長年にわたって親しい交わりがあったことは、筆者も滝元牧師から聞いています。田中牧師が美智子妃殿下に贈ったのは『百円玉に誘われて』という自叙伝 ですが、滝元牧師の書いた『われ土方なれど』( 以上、いのちのことば社)に対しても妃殿下は大きな感動を受けたと感想を述べられたということです。今生天皇が皇太子時代、韓国を訪問されるときには、韓国のキリスト教会とも関係があった滝元牧師に韓国事情をくわしくお聞きになっています。(45頁)


以上、あまり知られていない事実かと思います。本書の巻末に多数の参考引用文献が挙がっていて、今回の話と特に関係するのは以下の三冊です。


ちなみに、この中でもっとも詳細な記録である『天皇のロザリオ 上・下』は、キリスト教を批判する立場から記されているとのことです。

JELA事務局長
森川 博己

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【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート7(井上 水樹)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

参加者の感想文を掲載します。
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井上 水樹・18歳(京都府)

高校3年生になって初めてこのキャンプに参加しました。終わってから私が初めに思ったことは、もっと前から参加したかったということです。そのぐらい充実してました。

ホームステイ先から離れ、クルー(*一緒に家の修繕をする仲間)との初対面の日。とても緊張していました。どんな人かなとか、みんな日本人を受け入れてくれるかなとか、英語どんだけ喋れるだろうとか、いろんなことを考えてとっても不安でした。

自己紹介の時、自分の番が回ってくるのがとっても怖かったですが、いざ自分の番になって自己紹介すると、優しく受け入れてくれて嬉しかったです。クルーの中で私が一番年上の18歳だったのでみんなにびっくりされたのは、思い出しても面白いです。
 
2日目からワーク作業を開始しました。私のとこのワークは、ペンキ塗りとかではなく、電動ドライバーでネジをとめたり、プラスチックの板を家の外周にはめるといった作業でした。

初めて家の修繕みたいなことをするので、どうしたらいいかわからず戸惑いました。他のみんなは私よりも慣れた手つきでやっていて、さらに焦りも感じました。また、メジャーの使い方が、日本でセンチメートルやメートル単位で数えますが、アメリカではフィートという単位で長さを図るので、慣れない単位で苦労しました。
まだ完全にクルーと打ち解けていない状態で、お昼ご飯の時とかもずっと緊張していました。でも レジデント(*修繕する家の住人)の方やクルーの人が話しかけてくれたおかげで、徐々に打ち解けていくことができました。

私はクリスチャンではないのですが、昼のディボーションタイム(*聖書を用いての分かち合いの時間)で、神様についてや神様と自分を結びつけて考えることがあり、普段考えたこともないようなことを考え、それを英語で話すということはとても難しいことでした。後から日本語で振り返った時に、もっとこう言えばよかったなとか、この考えのほうが伝わりやすかったかなと考えました。

夜のプログラムで私が一番印象に残っているのは、自分を赦せるなら鉛筆を折るというものです。私は自分を赦すことが出来ず鉛筆を折ることができませんでした。なんで赦せないのか自分でもわかりませんが、ここで折ってしまうのは違うなと思いました。

私はこのキャンプを通じて、神様と向き合うのはもちろん、今まで人生の中で一番自分自身と向き合うことができたなと思いました。自分の心の中で思っていることを自分でちゃんと読み取り考えることができたのは、このキャンプだけだと思います。私にとって忘れられない、とてもいい経験になりました。

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日本福音ルーテル社団(JELA)

【信仰書あれこれ】教皇庁の説教師による来日講和

ラニエロ・カンタラメッサ著『聖霊とエウスカリスチア』(澤田和夫訳、2005年、サンパウロ)をとりあげます。著者はヨハネ・パウロ二世などが教皇の時代に、30年以上にわたりバチカンで教皇や枢機卿のための説教師を務めた司祭です。バチカンの説教師になる前には、ミラノ大学で教会史を教えたり宗務部長を務めたりしています。

伝統的なカトリック司祭として出発した後、カリスマ刷新を体験し、教皇庁の説教師となたった時点では、その運動を擁護する立場にありました。

本書は、著者が2005年5月上旬に来日して黙想会で語った内容とミサでの説教を編集した百ページ弱の冊子です。以下では、カリスマ刷新への自らの関わりについて触れた「聖霊の洗礼」という講和から引用します。

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カリスマ刷新の本質

  • カリスマ刷新に参加することは、教会の心臓部に入ることを意味します。何か奇妙なセクトに属するようになるのではありません。(38頁)
  • カリスマ刷新は、多くの司教や司祭が考えていることとは正反対に、表面的で感情的なものではないということが分かりました。それは、福音の真髄へと人を導くものです。つまり、イエスの十字架に導くものです。(44頁)


カリスマ刷新に関わる経緯と進展

  • その霊的な歩みに私が同伴していたご婦人が、ミラノである黙想会に参加なさって、戻って来て、「あそこで、とても変わった人たちに会いました。まったく変わった仕方でお祈りをするのです。手を上げて祈ったり、自分たちの間で奇跡が起こるなどと言ったりしています」と言うのです。賢明な霊的指導者として、私は彼女に言いました。「そこへ二度と行かないように」と。(39頁)
  • ある時、私はローマで行われていた(カリスマ的)祈りの集いに参加して、……人々は自分たちの中に司祭(=私)がいるのを見て、ゆるしの秘跡を受けに来ました。告白を聴いた時、私にとって大きなショックでした。こんな深い悔い改めを今まで見たことがなかったのです。それで初めて分かりました。「聖霊によって罪があると確信させられるとは、このようなことだ」と、……その人の魂から罪が落っこちて来るかのようで、目には涙があふれていました。「これは神のみわざだ」と認めざるを得なくなりました。(39~40頁)
  • 伝統的なカトリック司祭として、第二バチカン公会議以前の教育をしっかり受けていた者として、何か新しいものに対する恐れがありました。……それで、(カリスマ的)祈りの集いの時に、私の心の中にこんな考えがありました。「私はフランシスコ会員だ。私の霊的な父はアシジの聖フランシスコだ。美しい霊性がある。その他に何が必要か。この一般信徒たちが私に何を与えることができるのか……」という思いがずっと心にありました。その時、そのグループの一人が聖書を開いて、私のことを何も知らない人でしたが、読み出しました。洗礼者ヨハネがファリサイ派の人々に言った言葉でした。「『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな。言っておくが、神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを作り出すことがおできになる」<マタイ3:9>。主が私の異議に答えてくださったのだと分かりました。それで立ち上がって……話しました。「主よ、これからはもう決してアシジの聖フランシスコの息子などと言いません。なぜなら、私はまだ本当に聖フランシスコの息子になりきっていないからです。本当の霊的な息子になるために必要ならば、『聖霊の満たし』を受けましょう」。私は受諾しました。(42~3頁)


カリスマ刷新を経験した後の変化

  • ワシントンにあるカプチン会修道院へ戻る飛行機の中で、実際に私の中で何かが起こったことを自覚し始めました。聖務日祷を唱えるために本を開くと、祈りが全く新しい詩編のように思われました。それは、ちょうど前日に私のために書かれた詩編のように思われました。聖霊が来てくださることの最初の実りの一つは、聖書が私にとって生きた書物になるということでした。(46頁)
  • (バチカンでの奉仕の)第二年目の四旬節に、聖霊による洗礼について話すようにと、主が望んでおられることが分かりました。それで教会の心臓部において、私は「聖霊による洗礼」について話しました。……「『もう私たちは聖霊を受けた』と言い張らないように」と勧めました。「私たちはすでに司祭であり、司教であり、一般信徒の方が自分の上に手を置いて祈る必要はない」と言わないようにと。そんなことを言ったら、イエス様は答えられるでしょう。「私も、母マリアから生まれた時から、聖霊に満たされていたけれど、……信徒のヨハネから洗礼を受けました」。その説教の後で……ある枢機卿が私を引きとめて、明らかに感動しながら言いました。「きょう、この部屋で聖霊が語っているのを聞きました」。(50頁)


本書には、この講和の実践編とも言える別の講話「聖霊の洗礼に必要な回心」も収録されていて、「聖霊の洗礼」を受け、それを味わう順序として、①自分の罪を認める、②罪を悔い改める、③もう罪を犯さないという決心、④第四段階は罪を滅ぼす、⑤最後の段階は喜びと幸せです、という区分で具体的にわかりやすく説かれます。大変興味深い内容です。

JELA事務局長
森川 博己

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【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート6(玉置 千紘)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

参加者の感想文を掲載します。
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玉置 千紘・16歳(東京都) 
 
このワークキャンプで私は、高い言語の壁を知ると同時に、神様についてもっと深く考え、もっと身近に感じることができました。

私は今回、今までの人生で初めて、周りに誰も日本語を少しでもわかる人がいない状況に置かれました。他のクルー(*家屋修繕作業を一緒にする仲間)はgoogle翻訳を使ってくれたところもあったと聞きましたが、私のクルーは、ワーク中は携帯を見ずに同じクルーの人と親交を深めよう、というルールをきちんと守っていて、翻訳は使えませんでした。

ワーク初日は、何かを取ってほしいと頼まれてもその何かがわからず、わざわざ作業を止めて説明してもらったことが何度もありました。これやる? と聞かれたときにその機械を使うのが初めてで怖かったのと、嬉しかったけれどみんなの作業の邪魔になっているようで申し訳なさや不甲斐なさを感じ、やらないと言ってしまって、そこから仕事を手伝いづらくなって、みんなとのコミュニケーションもあまりできないまま終わってしまいました。

夜、プログラムのためにジムに行ったら、スクリーンにその日のテーマが大きく書いてありました。“COURAGE”(*勇気)。今の自分の状況にぴったりでした。どうにかしてみんなに、私がもっと働きたいしもっとみんなとコミュニケーションをとりたいということを伝えたいと思ったけれど、手段がわかりませんでした。そうしたら、プログラム中に、同じクルーのみんなにケアカードを書いて手渡すことになりました。これだ! と思い、みんなのケアカードの最後にその内容を書いて渡しました。

次の日からはだんだんとコミュニケーションもできるようになって、みんなのジョークにも一緒になって笑えるようになりました。不思議なことに、毎日のテーマが、その日の私の反省点にぴったりでした。神様がこれらすべてを導いてくださっているのだと感じて、辛い時があっても不思議と心の奥底に安心感がありました。

夜のプログラムでは毎日毎日テーマについてゆっくり考えました。私はたまに神様に対してお祈りをするときに、こんな感情をもっていてはいけないと思って自分の心を偽りたくなる時があるけれど、特殊な環境にいたからこそ、驚くほど素直になれました。

私にとって印象に残った出来事がもう一つあります。ワーク二日目のお昼のデボーション(*聖書を介した分かち合い)でのことです。その日は私が初めにお祈りをしなければいけませんでした。英語で準備すれば、私が何を言っているのかクルーがわかっていいのかもしれないとも思いましたが、私は自分がその時にお祈りしたいと思ったことが一番神様に伝わるためには日本語でやるべきだと思い、日本語でやることにしました。クルーのみんなはとても喜んでくれました。ありがとうと言って笑いかけてくれた時は、泣きそうになるほど心が温まりました。


その日の夜のプログラムで、その日印象に残った出来事を全員の前で話す時間に私のクルーの男の子は、私の日本語でのお祈りが嬉しかったと話してくれました。それを聞いて嬉しかったし、私のお祈りが神様にきちんと届いた気がして、神様を今までにないくらい身近に感じることができました。

キャンプでは辛いことも多かったけれど、その分多くの幸せも感じることができました。最後の日、一番お世話になったクルーリーダーが言ってくれた「言葉の通じない外国に来て自分も大変なのに、自分を後回しにして困っている他の人を助けられるあなたを尊敬しているし、あなたに会えたことで私はたくさん勇気をもらった」という言葉が忘れられません。このGRIT(*困難を乗り越える勇気。今回のキャンプのテーマ)をどんなときも忘れずに過ごし、またワークキャンプに参加したいです。

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日本福音ルーテル社団(JELA) 


2018年8月13日月曜日

【信仰書あれこれ(映画)】アーミッシュの生活と刑事サスペンスをからませた傑作


 
『刑事ジョン・ブック/目撃者』をとりあげます。監督ピーター・ウィアー、主演ハリソン・フォード1985年に作られたサスペンス映画です。
 
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アーミッシュの村を一時的に離れ、母親と都会を訪問することになった寡黙な少年サミュエルは、大きな駅での乗り換え時間に利用したトイレで殺人事件を目撃してしまいます。ハリソン・フォード扮する精悍な刑事ジョン・ブックが犯人を捜すためにこの母子を、色々いかがわしい場所に連れまわすことから、物語はスタートします。


 
母親役のケリー・マクギリスと刑事ジョン・ブックの内に秘めた愛と別れ、少年一家その他のアーミッシュの信仰をもつ人々が暮らすペンシルベニア州ランカスターの村(ここに、命を狙われ負傷したジョン・ブックが何週間も身を潜めます)の風景と暮らしぶりなど、登場人物の心理描写と生き方が丁寧に描かれています。サスペンスとユーモアを巧みに織り交ぜた構成が見事で、アカデミー賞脚本賞と編集賞を受賞しているのもうなずけます。
 
私はこの作品を三十数年前の公開当時に映画館で観て、アーミッシュの存在を初めて知りました。当時、本作に触れた多くの日本人もそうだったのではないでしょうか。現代に生活しながら電化製品を一切使わず、ダンスや歌といった娯楽を避け、移動手段は馬車。食物も自給自足でしょうし、大工仕事も自分たちでやります。村人総出で新婚夫婦のために小屋を建てるシーンでは、「よそ者」のハリソン・フォードが、にわか大工を手慣れた手つきで演じます。彼はデビュー後しばらく俳優として目が出なくて、大工仕事で身を立てることを真剣に考えていた時期があり、その時の経験が役立ったようです。
 
映画のパンフレットにウィアー監督の次の言葉が載っており、目の付け所に感心します。「300年前、米国に渡って来て、野を耕し、考えをめぐらした人々と、ほぼ同様の生活をしている人たちがこの地におり、今でも変わっていないという事実が私の興味をそそった。……アーミッシュはいわば白人の民族社会で、宗教は彼らにとって文化であり、それは日曜ごとに教会に行くといった類のものではない。……このとてつもないタイムスリップは、1985年の“メディア時代”にとって、映画にドラマにうってつけの題材と言える。以前に、それが試みられていないことに私は驚いている」。
 
本作は、ハリソン・フォードの傑作であるのみならず、アーミッシュの暮らしを丹念に描いている点で興味尽きない映画です。
 
JELA事務局長
森川 博己
 
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【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート5(梅津 幸奈)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。



参加者の感想文を掲載します。


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梅津 幸奈・16歳(東京都)

昨年に続いて二回目の参加です。ワークキャンプでの学びがきっかけで、今年の3月に堅信礼を受けました。自分の意志で信仰の道を進むと決め、その思いを持って参加しました。

今回のテーマ「Grit(障害や試練を乗り越えるための勇気・忍耐力)」を初めて考えた時、私が信仰を持ち続けるために必要な「何か」だけれど、漠然としか想像ができませんでした。とりあえず、出発前に心に決めたことは、昨年は英語があまり話せず後悔し、初めての海外で緊張することも多く仲間に助けられたので、①英語でたくさんコミュニケーションをとること、②初めて参加する仲間を少しでも助けること、でした。


事前に知人に英会話の特訓をしてもらったお陰もあり、今年はホストファミリーやクルーメンバーの言っていることがよくわかりました。英語が下手でも昨年も友達ができ充実していましたが、言葉がわかるとより一層交流が深まるので、やはり準備 は大切だと思いました。

聞くことは上達しましたが、伝える方はまだまだ力不足を感じることもありました。それでも諦めず伝えようと努力をしていると、クルーメンバー(*家を一緒に修繕する仲間)が私の思いをより深く説明してくれたり、わかりやすい言い方を教えてくれたりして、助けてくれました。「家族と離れ、慣れない言葉を使い、困った人のために働くことは勇気のいることだ」と言ってもらい、勇気が湧いて、一人で頑張るのではなく、みんなを信頼して一緒に頑張れば良いことに気付かされました。


素晴らしいクルーメンバーに恵まれ、同年代の友人とボランティアや神様のことを語り合う機会を持つことができて、デボーション(*聖書を介した分かち合い)は貴重な時間でした。


一人暮らしのお年寄りのお宅のペンキ塗りや階段作りは大変なこともありましたが、辛いとは感じませんでした。最後の日に娘さんが涙を流して喜んでいました。


最終日のデボーションで「今までとは異なるどのような方法でイエスを見て体験したか」を話し合った時、全員同じ答えがすぐに浮かびました。それは「国や言葉や文化が違っても、わかり合い、助け合い、神様の愛を伝えるために行動する仲間を通してイエスさまを感じることができた」という思いでした。私がこれから信仰の道を歩む中で苦しい時があるかもしれませんが、同じ思いを持ち、わかり合える仲間がいることを身をもって感じたこの経験は、これからの私の大きな支えになると思います。

最後になりましたが、このキャンプを支えてくださった皆様、お祈りくださった皆様に感謝します。


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日本福音ルーテル社団(JELA) 
 



2018年8月10日金曜日

【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート4(濱口 理紗子)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。



参加者の感想文を掲載します。


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 濱口 理紗子・18歳(滋賀県)

ワークキャンプに参加するのは、今回が初めてでした。アメリカに行く前は、ワークがどれくらい大変なのか分からず、不安と緊張もありましたが、その反面、アメリカの人と仲良くなれるチャンスにワクワクしていました。その頃、私は英語に少し自信があったので、会話には困らないだろうと楽観的に考えていました。

キャンプが始まると、その考えが甘かったことに気づきました。何しろ、アメリカの若者の英語は速くて、聞き取れないこともあったし、テンポが速くて会話に入れない、答えられないことが多かったです。自分がどれだけ詰め込み教育を受けてきたか実感しました。

キャンプ1日目から心が折れそうでした。クルー(*家屋修繕作業をする仲間)が盛り上がっている中、それに入れなかったり、質問されても緊張して気の利いた答えができなかったりすることに対する悔しさでいっぱいでした。そんな中、クルー最年長のリーダーは私に簡単な仕事を割り振ってくれたり、工具の使い方を教えてくれたり、ブレークメーカーの仕事(*クルー全員のランチを現地に運んだり、作業中に休憩時間を指示する役割)を手伝ってくれたりしました。また、夜のディボーション(*聖書を介した意見交換)のときに、日本から参加したみんなでその日の良かったこと、悪かったことを共有したことで、自分と同じ悩みを抱えている仲間を見つけられ、安心し、頑張ろうという気になれました。

3日目くらいからクルーとの仲が深まったと思います。きっかけは、音楽でした。クルーの1人の女の子が移動中の車内や作業中に音楽を流してくれて、みんなノリノリで歌ったり踊ったりしました。
最初は遠巻きに見ていただけだった私に、一緒に踊ろう! とさそってくれたのです。私が知ってる曲や、世界共通のディズニー映画の曲を流してくれて、私でも盛り上がれるようにしてくれたことがとても嬉しかったです。そこからは、自分からも話しかけるなどして、少しずつクルーと会話できるようになっていき、それが楽しかったです。また、今まで触ったことのない工具を使えたり、初めてペンキ塗りをしたりしたのもいい経験でした。


最終日、作っていたポーチが完成したときは、すごく達成感がありました。それと同時に、一緒に作業してきて、より友情の深まったクルーと別れる寂しさがこみ上げてきました。言葉が伝わらなくても伝えようとする意思や、理解して受け入れようとする態度があれば仲間になれることを学びました。

ワークだけでなく、夜や朝のプログラムなどでも学びは多かったです。私はキリスト教徒でもなく、教会に通っているわけでもないです。単にキリスト教の学校なので週に一回キリスト教の授業で軽く習っているくらいで、今まで神様についてこんなに真剣に考えたことはなかったです。また、自分の今日一日の出来事を振り返って、反省することも今までなかったので、デボーションを通して良い習慣が身についたと思います。

本当にいろんな意味で成長したキャンプの5日間でした。この経験を将来に活かしていきたいです。


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【関連リンク】


【米国ワークキャンプ2018】参加者レポート3(木下 智賀子)

JELAは毎年夏、アメリカの青少年向けキャンプ「グループ・ワークキャンプ」に、日本から若者を派遣しています。

参加者の感想文を掲載します。
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木下 智香子・15歳(大阪府)

初めてのアメリカで、初めてのワークキャンプを体験して、私は霊的にも言語的にも成長出来たと思います。

行く前は知り合いがひとりもおらず、こんな状態で日本語が通じない所に行って大丈夫なのかとても心配でした。でも、前泊組とは羽田空港で、他のみんなとは成田空港で会って、すぐに打ち解けて初日から充実した日を過ごすことができました。

およそ13時間もの長い時間、飛行機に乗ってアメリカに着き、何日かホームステイをした後、ワークキャンプに行きました。日曜日の夜のプログラムでクルー(*一緒に作業する仲間)と会って自己紹介をしましたが、日本人は私ひとりしかおらず、自分が話す英語は伝わっても向こうから話かけてくれる英語が分からないという状態で、それに加えて、二つのクルーが一緒に作業をするというダブルクルーで、キャンプ初日から精神的に辛くなりました。

夜のプログラムのあとに日本人ユースグループだけでデボーションがありました。次の日の朝からワークで、朝の集合時間や場所を伝えられている子も多かったのに私は何も伝えられていなくて、余計に不安が募りました。そして堪えきれず泣いてしまいました。

次の日の朝、ブレークメーカーの仕事である昼ごはんの用意をあたふたしながらもやり、朝ごはんをユースグループと食べて、不安になりながら朝のプログラムに向かいました。その後に何事もなく車でレジデンス(*修理する家)に行きました。ここからはほんとにひとりなんだと思うと心細かったけど、周りのクルーが何とか助けてくれて、違う国でも関係なく神様はいて心は通じあっているんだなと感じました。

私のグループは大掛かりなスロープを作るという仕事で、初日から深い穴を掘りました。手袋の上からシャベルを持っていたにも関わらず、その日の仕事が終わった後はとても手が痛かったです。レジデント(*修理する家の住人)の方は高齢のご兄妹で、お兄さんは毎日ワークを手伝ってくれて良い方だと思いました。


日本とは違って涼しくて乾燥しているので、暑くて大量の汗をかくようなことはなかったけど、普段よりたくさん運動したのでとても疲れました。みんなの力になれたか分からないけど、良い経験ができたと思います。

宿泊施設の中学校では、お風呂に水着で入らないといけなかったり、ご飯がおいしくないときもあったけど、神様から導かれてアメリカに来てボランティアをしていると思うと、そんなことくらいどうってことないと思いました。辛かった分友達ができたし、日本人やアメリカ人との絆も深まったと思いました。

毎日の夜のプログラムやデボーション(*聖書を介した分かち合いの時間)でその日の反省をしたり今までの辛かったことや楽しかったことを思い出したりして、一人の時間に涙がでてきたり、みんなで分かち合いの時間があってスッキリしたり、初めて聞くワーシップソングを分からないながらに歌ったりして、こんな濃い時間が過ごせるとは思っていなくて楽しかったです。

水曜日の夜のプログラムにはバラエティーショーがあり、オーディションを突破した人たちが得意な歌やダンスを披露していて、私たち日本人グループはトリにBMO(Break Makers Only)という名前でソーラン節を踊りました。みんなに期待されていて、緊張したけどその分悔いのないように踊れて、日本人ユースグループとの絆が深まったと思いました。
 
最後に、今回のワークキャンプを通して、今まで以上に神様のことをたくさん考えた二週間だったなと思います。アメリカで経験したことすべてが糧になったので、これを活かしていきたいと思います。

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日本福音ルーテル社団(JELA)