2015年12月18日金曜日

【宣教師支援】キリストとの交わり~言葉を超えるもの

クリスマスを間近にひかえ、短期宣教師として九州学院で教えておられるディーン・ホルツさんからメッセージが届きました。ディーンさんは2014年の秋に来日しました。九州学院での英語教師としての任務は20173月までです。

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昔から言葉に強い関心を持っているものの、私の今の日本語力は限られています。熊本での2年間の任務を終える時までに、ちょっとした日本語が使えるレベルになりたいものです。決まった表現を口にしたり簡単な質問をしたりするのは大丈夫なのですが、日本人の言うことが100%わかると言うにはほど遠いです。

ディーン・ホルツさん(中央)と大江教会の信徒の方たち
日本語で話しかけられてわからないとき私は、車の前に飛び出だして驚いた鹿のような目をしてしまいます。相手の言っていることがわかったりわからなかったりの毎日が過ぎていきます。レジの店員に「袋にいれますか?」と聞かれたら、「フクロ イチマイ オネガイシマース」としっかり答えるものの、確信があって言っているわけではありません。

 こんな私ですが、一週間に一日だけ日本語がよくわかる日があります。その日には私の言葉を目の前の日本人がわかるし、私も相手の言葉が理解できるのです。それは日曜日です。ルーテル大江教会で、裂いたパンを手に持ち、信徒一人ひとりに「これはキリストのからだです」と私が語る瞬間です。信徒のかたが手を差し出して、キリストのからだであるパンをつつしんで受け取ります。そして「アーメン」と言います。たいした会話に見えないかもしれませんが、私には何にもまして心地よく、充実したひとときです。

聖餐式の様子
 「バベルの塔」のような世界に生きている私たちにとって、このイエス・キリストとの交わりの時間は、イエス様を中心に置いた人々との一体感を味わい、互いを理解し受け入れる瞬間です。この特別の機会のなかで、私は人々に理解され、私も目の前の人を理解できるのです。私の迷い、不安、あるいは自分で作りあげた恐怖感がどこかに行ってしまい、キリストが私と日本の人々との間の素晴らしい翻訳者、仲介者となってくださいます。主が語られる言葉、裂かれて受け取られるそのからだは、私たち人間が互いに理解し、確かさを味わい、認め合い、そして何よりも大切な、赦しそのものを与えてくださるのです。
 週の最初の日を、このようにキリストと共に始めることができるのは、なんという祝福でしょう。人々の間の翻訳と仲介をキリストがしてくださる限り、問題は存在しないのです。
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