2017/04/21

【リラ・プレカリア(祈りのたて琴)】修了生からの便り 

金銀淑さんは、2016年春に2年間のリラ・プレカリア研修講座を修了なさいました。この一年間、病院やホスピスでパストラル・ハープの奉仕をなさってきましたが、その中で、金さんが忘れられない二つのエピソードについてご紹介いたします。

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愛しい人々
リラ・プレカリア5期修了生
金 銀淑
○エピソード1
昨年の秋の二日間、北海道の病院のホスピスで奉仕をする機会を頂いた時のことです。奉仕が終わった時、男性の患者さんは、「ここから出る処がないですよ」とおっしゃり、もう一人の女性の患者さんは、「寂しいです」と心の奥から出すような声で話されました。

男性の患者さんのお話は、ホスピスから出ても次に行く処はないという現実的なことを意味したのでしょうし、女性の患者さんの「寂しい」ということも、誰もがしばしば感じる感情なので、どちらも特別なことではないかもしれません。しかし、なぜか何か月間もこの二つのセリフは脳裏から離れず、繰り返し私に語りかけてきました。
ハープの前に座る筆者とフルートを手にする娘

その理由は明確です。生の崖っぷちに立たされた患者さんたちが発した二つの言葉、「次に行く処がない」と「寂しい」は、人間の究極的な問題である上に、お二人の置かれた切迫した状況から、より深刻さを増して私に迫ってきたからに違いありません。人間はどこから来てどこへ行く存在なのかという疑問と不安、そして孤独の問題は、古今東西を通じて人間の根源的な命題だからです。

クリスチャンである私は、限界的存在である私たち人間の疑問や問題は、その限界を超える存在である超越者からしか回答を得られないということを、生の最後のラインに立っていたお二人の患者さんを通して改めて認識したような気がしました。

○エピソード2
2週おきに訪問するホスピスでの出来事です。比較的若い女性の患者さんは、バッハの<主よ、人の望みの喜びよ>をリクエストされました。残念ながらその曲をハープで奏でることができなかった私は、次の訪問の時に病院側の同意のもと、フルートを持った娘と一緒に、その患者さんの部屋をノックしました。

娘がバッハを吹いている間、ベッドの患者さんは目を閉じて、曲に合わせて細い腕で終始指揮をしていましたが、そのお顔は曲の題のごとく喜びに満ちて、これ以上ないほど輝いていました! 

クリスチャンなのかどうかを聞く必要はありませんでした。今まで見たことのない喜びにあふれ、輝いているお顔を前に、私は恍惚と畏敬の念さえ抱き、涙が止まりませんでした。音楽が持つ計り知れない力を実感すると同時に、人間の魂がどこまで高揚し、スピリチュアルな旅をすることができるのかを体験した時間でした。

曲が終わると患者さんは、「この音楽を天国に持って行けますからね」と嬉しそうに言い、私たちが2週後にまた来るという話に、「それまで生きてて、ということ?」と言って笑っていました。

2週後の朝、病院に電話をしましたら、あの患者さんの状態は非常に悪く、フルートはもちろんのこと、ハープを聴くことも難しいようだということでした。医療専門家のアドバイスに従い、その日は娘を置いて一人で病院に向かいました。

病院に着くとナースステーションで音楽奉仕の希望者リストを頂くのですが、何と、あの患者さんのお名前が書かれているではありませんか! 看護師さんに聞いてみると、患者さんから「ぜひ」ということだったそうです。あの曲をもう一度聴くために、力を振りしぼって、2週間生き延びてくださったのでしょうか?

病室に入ってご挨拶をすると、患者さんは静かに目を開けられました。私は片手で<主よ、人の望みの喜びよ>のメロディーだけを弾き、続いて、いつものリラ・プレカリアの曲を奏でました。彼女はほとんど動けなく、ただ涙を流しながら聴いておられました。終わると、耳を澄ませないと聞こえないほどのお声で、“あ、り、が、と、う”と言ってくださいました。

それから2か月余りが経ち、私はあの曲を両手で弾けるようになり、患者さんたちに祈りを込めて届けています。このバッハの美しい曲は、私にとって彼女からの特別なプレゼントになりました。

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