2016/04/19

【リラ・プレカリア(祈りのたて琴)】奉仕者自身が癒される経験

3月に2年間の講座を修了した金銀淑さんから便りが届きました。少し長いので、2回に分けて掲載します。

◇◆◇

金さん(左)とキャロル宣教師
物事には目に見える現象と、その現象の裏にある、目に見えない本質がありますが、日本でまだ馴染みの薄いリラ・プレカリアという奉仕活動について理解を深めるために<現象と本質>に分けてアプローチしてみたいと思います。

現象という側面から見たとき、リラ・プレカリアの最大の特徴は、ベッドサイドで単純で美しいハープのメロディーと祈りのような歌を、利用者の呼吸(息)に合わせて奏でるということです。これは、音楽そのものの美しさを追求し感動を与える、一般的なハープの演奏とは全く異なるものです。

なぜ、利用者の息に合わせるのでしょう。それは、呼吸とは命という本質をもつ現象だからです。

ハープを奏でる金さん
2年間に及ぶリラ・プレカリア研修の最終学期に、その主たるプログラムとして組み込まれた10回の実習中、私は癌や認知症の患者様をはじめ、目が見えなくなった方、終末期の方、ホームレスの方、家族から見放された方、という三重四重の苦しみの中にいる方々に出会いました。

これらの方々は、健康や財力や名誉、最後には家族まで失ってしまい、自分を飾るものを何も持っておらず、神様から創造された存在であるという尊厳以外のものは残っていない、人間そのものだけの人々のようでした。

自力で呼吸する方もいればそうではない方もいましたが、患者様の息がリラ・プレカリアのハープや歌の響きのための指揮者になって、様々な心の旅をされているようでした。

誰かが無償で、ベッドサイドで時間を共有しながら癒しの音楽を届けることによって、無言のメッセージが患者様に伝わるのではないでしょうか。全てを失ったようなあなた、でも神様から頂いた命、それだけでもあなたは大切で愛されるべき存在だということを、ハープと祈りのような歌を通して患者様に届けることが、<リラ・プレカリア>の働きだということを、現場で改めて思いました。涙が止まらなくて困りましたが、それは今思えば、自分を偽る毒を全く持っていない、裸の人間が私にもたらす解毒作用だったような気がします。

金銀淑(リラ・プレカリア5期修了生)

後半は、こちらをご覧ください。

◆◇◆